第7話 パレート図
「えー、当ギルドの収入アップの為にも、冒険者のクエストの成功率を上げたいのですが、具体的にどのようにすればよいか各自考えて下さい」
冒険者ギルド職員の朝のミーティングで、ギルド長から出された議題が結構面倒であった。
冒険者ギルドの収入源は、冒険者から買い取った素材の転売や、成功報酬からのピンハネがメインである。
ピンハネというと聞こえが悪いな。
クエストについては、危険度やある程度の裏が無いかなどの調査が入る。
その経費は依頼者の支払いから充てられるのだ。
売店や食堂、宿も経営しているが、その利益は先の物と比較すると桁が小さい。
なので、冒険者にクエストを達成してもらう事が、冒険者ギルドにとっても重要なのだ。
「冒険者を鍛えて、死ななくすればいいだろ」
と答えたのはシルビアことメスゴリラさんだ。
逆か。
発言に知性の欠片もないのが残念だ。
「それも一つだね」
ギルド長はそう答えた。
シルビアがどや顔するが、それではギルドが冒険者を育成するのに手間と時間がかかる。
それに、鍛えるといっても、剣士と魔法使いじゃ育成方法が違う。
冒険者養成学校でもあればいいが、そんなものはないので、教育カリキュラムからとなると直ぐに効果はでないだろう。
ここでの会議で、ギルド長が望んでいる答えではない。
どうすればいいのだろうと考えていると、なんか前世でも同じ様な経験をした気がした。
どこでだったろうか?
しばらく考えていると、思い出すことができた。
そうだ、QCサークルだ。
成功率を上げたいというのではなく、失敗率を下げたいと言い換えれば、不良の低減活動と同じじゃないのかな。
だとすれば、まずは現状の把握だ。
「ギルド長、まずは現状把握を行いたいと思います」
「現状把握?」
ギルド長は俺の言ったことが理解できないので、鸚鵡返ししてきた。
現状把握とは、いわゆる三現主義って奴だな。
現場・現物・現実を見てそこで実際に起こっている問題を把握するのだ。
大抵は、現場と現物を見て現実逃避をするのだけどな。
現場の作業者だって何が悪いかわかっているのだ。
だが、中小企業の現場など、硫黄島の日本軍のようなもので、物資も人員も足りていない状況で、気合だけで乗り切ることを要求されるのだ。
上司や経営者に相談しても、「知恵を出せ」の一言で終わってしまう。
2メートルの材料しかセットできない加工機械しかないのに、5メートルの材料を加工する仕事を受注した時、新しく加工機械を導入するように提言したのに、そう言われた時は竹槍でB29と戦う気分だったな。
おっと、ついついいつものように話が逸れた。
「まずは冒険者が失敗した理由を集めます。その理由を集計して、一番多い失敗をしないようにすることで、全体の失敗数を減らすことができると思います」
俺が説明したのはQC7つ道具のパレート図の作り方だ。
パレート図とは不良内容をグラフ化し、不良内容を多い順に並べた図だ。
棒グラフと折れ線グラフの複合である。
棒グラフがそれぞれの不良の件数を表し、折れ線グラフがパーセンテージとなっているので、グラフの右に行くほど100%に近づいていく。
もっとも多い不良を可視化して改善することで、高い効果が得られるというわけだ。
誰かさんみたいに、兎に角冒険者を鍛えればいいと云うわけではない。
数値に基づいた分析を行うことで、合理的な対策が打てるのだ。
「成程、確かにそうだね。ではこれから1週間失敗した理由を確認して、データを集めてみようか」
流石にギルド長は頭の回転が速い。
俺の意図するところを判ってくれて、データ集めを了承してくれた。
メスゴリラさんがこちらを睨んでいるが気にしない。
自分の意見が通らなかったくらいで殺気をまき散らさないで欲しい。
こうして受付嬢に協力してもらいながら、失敗した冒険者からその理由を聞き取り、それを俺が層別していった。
失敗した理由も様々で、笑ってしまうものもあった。
集まった失敗理由の内訳は下記の通りだ。
・罠で仲間が戦闘不能 5件
・自分のランクでは勝てない敵に遭遇 8件
・依頼内容を勘違いしていた 2件
・痴話喧嘩が始まり、パーティー崩壊 1件
・迷宮盗賊にクエスト達成のアイテムを奪われた 1件
・途中でお腹を壊して引き返した 1件
・目的の薬草が見つからなかった 1件
・前衛が死んでしまった 6件
・後衛が死んでしまった 2件
・トレインに巻き込まれ戦線崩壊 2件
・他の希少アイテムのドロップが多く、クエスト達成アイテムを持てなかった 1件
こうしてみると死亡を含めて、パーティーの人員が欠けてしまったことでの失敗が多いな。
痴話喧嘩の対策って難しいな。
職場恋愛禁止ってわけにもいかないし。
そもそも、どうして冒険の最中に痴話喧嘩が始まったのか気になるところだ。
下衆の勘繰りじゃなくて、品質管理の立場としてだぞ。
そういえば、前世では係長のお気に入りの女性作業者が、係長が何も言えないのをいいことにやりたい放題だったな。
誰かが係長の奥さんに連絡したことで、悪事が一気に知れ渡ってしまったが。
おっと、いかんいかん。
今は集計作業に集中だ。
集まった失敗理由が30件あって、そのうち戦闘継続出来ないのが24件か。
死亡理由が罠によるものなのか、強敵と遭遇したのかで対策が分かれるところだな。
これはやはり現場を見てみないとなんとも謂えないな。
まずは集まったデータでパレート図を作成する。
なんかQCサークルを思い出すな。
あんまりいい思い出はないけど。
QCサークルというのは品質向上のための小集団活動の事である。
自発的、継続的に改善を行う事を目的としたボトムアップ活動だ。
建前だけど。
なにせ、自発的に行っているのだから残業代が支払われない。
なので、日本だけの活動となっている。
他の国ではトップダウンの品質向上活動が行われている。
金の支払われない自主的な改善と、成果を求められる仕事としての改善、どちらが効果があるかわかりますよね?
いかん、愚痴が多くなってきた。
QCサークルはさておき、その手法は使えるので使っていくのだ。
「よし、これで完成だな。表計算ソフトがないと、グラフを作るのも面倒だな。手書きのグラフなんて小学校以来だぞ」
俺は手書きのパレート図を持ってギルド長に報告するため、執務室へと向かった。
ドアをノックしたら、中から返事があったので、許可をもらって入室する。
「成程、これが失敗の理由の内訳というわけか。実際にパレート図というものを書いてみると実にわかりやすいね」
俺は作った資料を手渡す。
ギルド長はグラフに目を通した。
指でグラフをなぞる。
「一番多かった失敗原因は勝てない敵に遭遇ですが、おそらくパーティーメンバーの死亡についても、死亡原因は強い敵に遭遇したからだと思われます」
「そうか……」
これはアンケートの取り方の失敗だな。
仲間が死んだから冒険を続行できなくなって失敗なのはわかるが、どうして死んだのかという理由を掴めなかった。
しかも、無記名で記録を取ったため、あとからの聞き取り調査もできない。
それなので、冒険者に死ぬ原因を聞いたら、敵に殺されるか、罠で死ぬかなのだという。
ここの迷宮は迷宮だけあって、いつの間にか罠が仕掛けてあるというのだ。
――品質管理の経験値+250
――品質管理のレベルが3に上がりました
また頭の中に声が聞こえた。
更ににレベルが上がったぞ。
――品質管理固有スキル【作業標準書(改)】が開放されました
作業標準書(改)?
どうやらギルド長にパレート図を報告したことで経験値が獲得でき、レベルが上がったのだが、新規に取得したスキルがよくわからない。
それと、これはパレート図で要因を見えるようにしただけだ。
解決策までは至っていない。
やはりここは、三現主義で現場を見るべきだろうな。
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