第1話 始業点検
――迷宮都市ステラ
ここに地下迷宮が発見されたのは約150年前。
その地下迷宮を攻略しようと冒険者が集まり、そこに需要が生まれたので鍛冶屋や宿屋などが集まって街ができた。
冒険者を管理するのに冒険者ギルドの支部が作られ、そこに職員が派遣される。
この街の経済は冒険者を中心に成り立っている。
冒険に必要な武器防具から始まって、薬草や傷薬なんかの便利アイテム。
それに冒険者が持ち帰ってくる素材。
その素材をギルドに買い付けに来る商人たち。
一攫千金を狙う若者たちが次から次へと胸に夢を抱いてやって来ては、挫折して消えていくのを繰り返す。
もっとも、その一攫千金を狙う連中は、神に選ばれたジョブを持っているだけマシだ。
それに、冒険者の需要に応えるためのジョブを持った奴もだな。
料理人、鍛冶屋、医者、薬師、商人なんていうのはどこでも生きていける。
運搬人なんて職業も、この都市では活躍の場がある。
冒険者について迷宮に潜り、ドロップした素材を運搬するのは重要な仕事だ。
翻って、俺の品質管理って何をしたらいいんだよ。
写真家、宇宙飛行士なんてジョブよりは多少マシってレベルだぞ。
俺の生きていた21世紀じゃ、コピー技師並のレア度だ。
あっちは20世紀に消滅した職業で、俺のはまだ1000年位後にならないと出てこない職業だ。
「視線が痛いのは前世と一緒か」
品質管理なんて仕事は何も生まない。
不具合に対しての結果系の対策をする部署だ。
不具合が出なかったら仕事はない。
前世でも散々利益を生まないって言われてたんだよな。
それはこの世界でも変わらなかった。
「役立たず、無能、無駄飯食いと色々と言われたよな」
品質管理という仕事が存在しないここでは、俺のジョブがどんなものかを理解する者は居なかった。
そもそもにおいて、品質という概念が存在しない。
画一的な工業製品など存在せず、全てが職人の手作り。
武器防具も食器も家もだ。
それらを作るための規格なんてものがないのだから、俺が品質を管理する必要もない。
結果、一般生活を営む上で仕事にありつけなかった。
何をやっても神から与えられたジョブがある奴の方が上手い。
当然、俺がそんな連中よりも客から金を貰えるような事などできなかった。
最後の手段で冒険者になろうとしたが、品質管理っていうジョブでモンスターと戦う事ができなかった。
誰にもパーティーを組んで貰えず、一人でこなせる依頼もない。
ジョブが判明してからというもの、どうにも居心地が悪かった実家を飛び出したので、帰ることもできなく、このままでは野垂れ死にかと覚悟を決めた時に、ギルド長の目に止まって相談係という立場で雇ってもらえることに成ったのだ。
「今日も仕事もしないでお金を貰えるとはいい身分ね」
そう喧嘩腰で声をかけてきたのは同じ冒険者ギルドの職員であるシルビアだ。
赤い髪の毛を短く切りそろえた元冒険者である。
そして、引き締まった体を見せつけるかのようなビキニアーマーがトレードマークだ。
こうやって毎朝俺に突っかかってくるのが日課である。
止めて欲しい……
「おはようございます、シルビアさん」
と一応あいさつした。
本当は目も合わせたくないが。
「ギルド長もお人好しよね。こんな使えないジョブの奴を雇っておくなんて」
そう言いうだけ言って、スタスタと自分の職場へと向かっていった。
他の職員は見て見ぬふりだ。
まあ、口に出さないだけで、シルビアと似たり寄ったりな考えだろう。
誰か相談に来てくれたらな……
「そうは謂っても、冒険の経験が無いやつになんの相談を持ってくるってんだよ」
俺は毒づいた。
俺にこんなジョブを与えた神とやらにだ。
そう、どうやって敵を倒すのかや、武器の手入れなどの相談をされても困る。
俺はそんな経験がないので、アドバイスすることは出来ない。
相談に来る連中は初心者なのだが、そいつらも俺を頼りないと見抜き、直ぐにベテラン冒険者に聞きに行ってしまう。
今では冷やかしすら来なくなり、同じギルドの職員からも厳しい視線が飛んでくる。
毎日相談窓口の椅子に座って、冒険者ギルド内をぼーっと眺めて時間を過ごす。
これが俺の日課となっていた。
「あの、相談いいですか?」
珍しく冒険者が相談に来た。
すまんが、俺には何も答えられないよ。
そう思っても口には出来ず、一応相談を聞いてみる。
相談者は見るからに若い女の子だ。
成人して直ぐにでも冒険者になったのだろう。
装備は革の鎧にショートソードか。
如何にも初心者って感じだな。
「どうしました?」
「実は2回ほどパーティーを組んで冒険に出たのですが、立て続けに忘れ物をしてしまって」
「忘れ物ですか」
「はい。一度目はロープでした。二度目は水袋に水を入れ忘れて……」
「あー、どちらも冒険には欠かせないものですね」
「そうなんですよ。仲間から散々馬鹿にされて。どうしたら忘れ物をしなくなるでしょうか」
俺はここまで聞いて、体に電撃が走ったような気がした。
これって品質管理の知識が役立ちそうだと。
冒険っていうと品質が関係なさそうだが、これを製品に置き換えると、ロープと水を欠品した状態で出荷したって事だよな。
つまりは出荷時の確認がされていなかったわけだ。
ここで、欠品の不良を出した時のなぜなぜ分析を思い出す。
なぜなぜ分析っていうのは、不具合に繋がるなぜを5回繰り返して、その真因にたどり着く手法だ。
どこの会社の対策書を見たって、このなぜなぜ分析が必須になっている。
5回にならない事もあるが。
それと、今回は聞き取りの結果4M変化点の確認はいらないだろう。
4Mとは、人(MAN)、物(MATERIAL)、機械(MASCHINE)、方法(METHOD)であり、この4Mに変化があると不具合が出やすいとされている。
そもそも初めての冒険であれば変化点など無い。
「えっと、失礼。お名前を頂戴できますか」
「私はスターレットです」
「ありがとう、ではスターレットこれからいくつか質問をするので正直に答えてください。貴女はロープと水を冒険に持っていくのは知っていましたか?」
「馬鹿にしないで下さい。勿論知っています」
おっと、スターレットが顔を赤くして怒ってしまった。
そういえば現場の連中もそうだったな。
自分で不良を作っておきながら、現状確認をさせてもらおうとすると怒るんだよな。
不良を作って怒るとは馬鹿な連中だと思っていたが、それは異世界でも同じか。
「別に馬鹿にしているわけではありませんよ。貴女がこれを知っていたのと知らなかったのでは対策が変わってきます」
「そうなの?」
「そうです。ロープを持っていく事を知らなかったのであれば、そういう教育が足りなかったとなりますが、知っていたのであれば、確認をしなかったとなりますよね。これはなぜなぜ分析といいまして、忘れ物の対策には必要なんですよ」
なぜなぜ分析がどんなものかを簡単に説明して、聞き取りを続ける。
本格的な説明は長くなるし、スターレットに自分で対策を立てさせるわけではないので、この程度の説明で十分だろう。
別に彼女もなぜなぜ分析については聞いてはこないで、質問に答えてくれる。
「言われてみればそうですね。知っていたのに確認をしなかったんだわ」
「そうですか。では確認する仕組みがあってもしなかったのか、それとも確認する仕組みが無かったのかをお聞きします」
「確認する仕組みは無かったわね。なんとなく確認していたけど、決まりなんてどこにも無かったわ」
「なるほど」
「でも、水を入れ忘れた時は、水袋を確認したけど中までは見なかったの」
「蓋を開けて中を見るルールが無かった訳ですね」
「はい」
うん、これくらい聞き取りできれば対策が立てられるな。
今回の事で言えば、
ロープを忘れた>所持品を確認しなかった>確認するルールがなかった
となる。
まずはロープにしても、水にしても、うっかり忘れたというのがそもそもの不良の発生原因だ。
だが、うっかり忘れを防ぐというのは難しい。
うっかり忘れの対策もあるにはあるが、そういうのは大量生産をする工場のラインでの話であり、冒険者にうっかり忘れをしない対策をするのはここでは無理だろう。
なので、ロープや水袋の中を確認しなかったという流出原因の対策をしようと思う。
冒険に出る前に所持品を確認をするルールがあれば今回の事は防げた。
そう、彼女に必要なのは始業点検表だ。
始業点検表というのは、仕事を開始する前に、設備が正常かどうかを確認するチェックシートである。
忘れ物が無いか確認して、記録を残せば再発は防止できるだろう。
しかも、それは水袋の中身を確認するという細かいものでなくてはならない。
俺は彼女から冒険に必要な物を聞き取りし、それを元に始業点検表を作った。
更に、その確認方法も細かくわかりやすく書いて手渡した。
ロープを持って行くのを知らなければ、また別の対策になっていただろう。
「次の冒険に出る前に、必ずその始業点検表のチェックをしてくださいね」
「わかりました」
彼女は手を振ってギルドを出ていった。
「ああ、なんとか初めて品質管理らしい仕事をしたな」
俺はこの日一日、この世界でやっと品質管理の知識を使った仕事が出来た満足感に浸っていた。
後日、スターレットが俺の下にやって来た。
「この前はありがとうございました。お陰で三回目の冒険には忘れ物をしませんでした。あのままだったら今度はトーチを忘れるところでした」
そこには笑顔のスターレットが居た。
そうか、俺の知識が役に立ったか。
「わざわざそれを言いに来てくれたのかい?」
「はい。やっぱりお礼はしないといけないと思いまして」
「ありがとう」
俺も笑顔で返す。
こんなこと前世じゃ無かったなー。
対策なんてやることが増えるだけで面倒だって連中ばかりだったものな。
感謝されるのは嬉しいもんだな。
そこにやってくるシルビア。
「今日も仕事もしないでお金を貰えるとはいい身分ね」
今日もいつもと同じ台詞だ。
しかし、今日はその後の展開が違った。
「アルトはちゃんと仕事をしてくれました。シルビアなんていつも冒険者を呶鳴っているだけじゃない」
スターレットが俺とシルビアの間に割って入る。
俺をかばうように立って、シルビアの顔を睨む。
「ふん、新人に助言したくらいで仕事したつもりにならないでよね」
そう言うと、シルビアはどこかに行ってしまった。
「あんなの気にすることないわよ。アルトはきちんと仕事をしているんだから。あ、そろそろ冒険に行かなきゃ。またね」
スターレットもそういうと、冒険者ギルドを出て行った。
スターレットが居なくなり、再び暇になった相談窓口で、俺は満足しながらコーヒーを飲んだ。
――品質管理の経験値+50
頭の中に声が響く。
ん、経験値獲得だと!?
気が付けば視界の片隅に俺のステータスらしきものが表示されている。
「品質管理Lv1 次のレベルまであと500」
こんなものがあったのか。
ひょっとしてみんな自分のステータスが見えていたのかな?
それとも俺だけなのか。
そもそも、品質管理のレベルが上がったとしてどうなるというのだ。
よく言う『品質は現場で作るもの』っていうのは、品質管理の連中ではなく、作業者が品質を心がけるということだ。
品質管理の人間が仕事をすれば品質が良くなるというものではない。
俺のレベルが上がったとしても、対策書の書き方が上手になるくらいだろ。
「まあいいか、レベルが上がればわかるだろ」
そんなに仕事があるわけでもないので、次に経験値が入るのがいつになるのかわからないが、その時までの楽しみとして待って居ようと思い、残ったコーヒーをぐいっと飲み干した。
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