興味の持てなかった男の子が興味を持つようになるお話
水嶋 穂太郎
第1話
「怪異の頭領って知ってるか?」
「おいおい平成も終わって令和になってるってのに」
「お化けや妖怪のことでしょう? やけに古いものを持ち出してきたわね」
その他にも大声だったり小声だったり、とまあ数人の高校生が盛んに会話をしていた。
彼ら以外に生徒や教諭、警備員の姿はなく、傾いた日差しもあってか使われていない教室に不気味な雰囲気が漂う。旧校舎を利用させてもらっている秘密基地だ。
そんななかに一人。
「…………」
なんの興味もなさそうにぼんやりしている男の子がいた。いたって普通の男の子で、特にこれといって仲が悪いわけでもない。ただとにかく彼は。
「興味がない」
外部に対しても内部に対しても興味が持てなかった。
楽しそうにしている学友に悪印象を持っているわけではない。むしろその逆。どうして明るく振る舞えるのだろうと、いつも考えていた。
この国の経済状況は晴れない梅雨のように40年近く不景気が続いている。将来の展望にまったく見通しが立たないというのに、どうして生に興味が持てようか。
場を盛り上げる主役の男の子が、彼に話しかけた。
「まあまあ、無茶できるのなんてガキの特権だぜ?」
「興味がない」
「おまえも楽しもうぜ?」
「悪いが……本当に興味がないんだ」
彼は肩を落として悲しそうにつぶやいた。
彼だっていっしょに楽しめるのならとっくにそうしている。
しかし、できない……。
先の展望が真っ暗すぎて、そして死ぬまでそれが続くのが早熟な彼には見えてしまって、なにもする気が起きない。当然のことだろう。死ぬまで飼い殺しにされるのを早期に悟った若者なら人生あきらめるか、全力で勝ち組を狙いに行くしかない。それほどにこの国の経済は末期だった。
気づいているかどうかはわからないが、今を全力で楽しんでいる男の子の生き方が、彼には輝いて見えた。
活発な男の子の名は、『蒼井・陽』と言う。名は体を表すというが明るい印象だ。
それに比べてすべてにまったく興味の持てない男の子の名は『九条・葬』などという字面からして物騒。普通なら泣きたくなるところだが、興味がないので無視できた。
「まあいいさ。おまえの好きにすればいい」
陽はやさしい口調で葬に話しかけると、みんなの視線を集めるように首を左右に振って合図を送る。
「みんな! 知ってのとおり怪異の頭領がこの地区に現れているらしい!」
「怖いけど会ってみたいよねえ」
「殺されるのが怖くて小学生やってられっか」
「案外やさしい人……人? かもしれないよ?」
などなど様々な声が古教室内を飛び交う。いますぐに出てきてくれたら簡単な活動だったのに、と葬は思わなくもない。早く帰りたいだけである。
葬にとって、仲間とはありがたくもあり、また邪魔でもある。内心では非常に厄介だと思っている。さすがに完全な孤独は体裁としてごめんだし、かといって興味の持てない自分にとっては構われても何も返しようがない。
とりあえず、陽の話を聞く。
「聞いた話によると、怪異の頭領に会えた子どもは、怪異の世界で楽しく暮らせるらしい!」
それは拉致監禁というのでは。
「そりゃあいいなあ!」
「ふっ、怪異の頭領……一気に出世できること間違いなしだな」
「やったわね、こんな理不尽な社会と縁が切れるなんて」
葬は、なにも言い返すこともしなかった。
ただ漠然とそうなんだな、と思うだけ。
みんなそんなにも人間社会に見切りをつけていたのか。今の子どもは賢いとは聞くけれど、国を捨てて自分を優先する度胸があるとは思わなかった。自分とはまた違った見方だったが、しかし葬に興味が湧くことはない。
陽が続ける。
「と、いうわけで、今回の活動は怪異の頭領探しだ」
「時間とか場所はわかってんのか?」
陽は余裕を持って答える。
「時間は午前零時くらいらしい。家から脱出できたら一度ここに集まろう」
みんなは納得した表情で頷く。ドキドキしているのか、ワクワクしているのか、そういう顔だ。なんとなくその場の空気で察する葬の顔は、いつもどおり興味がなさそうに虚ろ。葬にとってはどうでもいいことだった。
集まりが怪しまれないように、時間差をつけて学友たちは学校から帰っていった……。
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