第二章 答え
第23話 生徒会長
今日の放課後、生徒会室前に集まる抑速をしている裕太と優香。その集合場所にはすでに優香の姿があった。そして、彼女がここに現れてから、一、二分が経った頃…………。
「すまん、宮間!」
「あっ、神崎…………。」
裕太が急ぎ足でやってきた。家の中ではお互い下の名前で呼び合っているが、学校ではある程度の距離を保つため名字で呼び合うと決めていたのだ。
「待ったか?」
優香の方が先に来ていたため、待たせてしまったのかと気にしている様子の裕太。
「うんん。私も今来たところ。」
その問いに対して彼女は首を振りながら否定した。優香自身もほんの少し前に来たばかりのためまったく気にしている様子はない。そのことにホッとしている裕太。
そもそも裕太と優香はクラスが違うので授業の終了時間も少し差が出てくる。だから、多少待ち時間があっても二人とも相手のことを責める気なんて一切ない。
「…………。」
「…………。」
二人とも顔を見合わせてから生徒会室のドアを無言で見つめる。二人とも身体が強張ってしまっている。つまり、緊張しているのだ。
優香は生徒会長と話したことがあるから、その人の雰囲気を知っている。優しそうな人だった。それは優香も分かっているので、そこまで緊張する必要がないのも分かっている。でも、緊張してしまうのだ。
裕太に至っては生徒会長の姿を一度も目にしたことがないという呆れて物も言えない状態である。入学式にて新入生全員がその人の姿を目にしているのにもかかわらず、裕太がその姿を知らないのには訳があった。それは、彼がちょうど生徒会長があいさつしているとき眠っていたからである。そう、ただの自業自得なのだ。
「…………。」
「…………。」
再び互いの顔を見合わせた裕太と優香は頷き合った。そして、二人で生徒会室のドアの取っ手に手をかけ、開けようとしたその時…………。
「こほん…………。生徒会室に何か用?」
突然背後から声をかけられた。
「ふぇ…………!」
「ぐはっ…………!」
突然のことだけに二人とも驚いてしまう。そんな二人は奇声を上げながら…………。
「えっと…………。」
「あっ…………。」
何故かお腹を抱えながら床に倒れ込んでしまっている裕太を見下ろす生徒会長――神無月葵衣。
「大丈夫?」
葵衣は知っていた。裕太がお腹を抱えて倒れている理由を…………。キョトンとした表情で固まっていた優香もすぐ理由に気が付いた。
「あ~~~…………。なんて言うか、ごめん…………。」
「私も一応、謝らせて…………。ごめんなさい…………。」
ただただ、謝るしかない優香。少しだけ自分にも責任があると感じた葵衣も裕太へ謝罪する。彼がこのような事態に陥るまでの過程を説明しよう。
まず初めに、葵衣が裕太と優香に声をかけたのが始まりだ。裕太は冷静なままだった一方で、優香は突然のことに驚いてしまったのだ。そして、優香は裕太よりも一瞬だけ早く後ろに振り向いた。その時、たまたま彼女の肘が彼のお腹に当たってしまったのだ。それも勢いよく…………。
それによって、裕太は痛みでうずくまることになってしまったのだ。九割以上優香のせいだが、突然背後から声をかけてしまったのも原因の一つだと思ったので、葵衣も謝ることにしたのだ。
「うっ…………。」
うめき声を上げながら、ゆっくりと立ち上がる裕太。それからも、まだ痛みが引かなかったらしく痛みをこらえるような顔をしている裕太を見かねた優香は、彼の背中を優しく撫でる。
長年連れ添った熟年夫婦のような雰囲気を醸し出して居る二人。
そんな二人を冷めた目で見つめている生徒会長。彼女の表情は見たくないものを見てしまったと言うことを物語っている。一組の男女が無意識にイチャイチャしている姿を見せられて喜べる人間などほとんどいない。いや、むしろ悔しくてたまらなくなってしまうだろう。
まさに葵衣の心境はそれだった。彼氏いない歴イコール年齢の彼女にとってその光景は毒であったことを知るものは誰もいない。意気消沈とした表情をしていた葵衣もとりあえずこの場から動くため、目の前でイチャついている(?)に声をかける。
「え~~っと、宮間さんと…………。神崎君かな?」
「「は、はい!」」
裕太の顔を見るのはこれが初めての彼女は確認した。声をかけられた二人はすぐに互いから距離を取り、葵衣の方を向く。
「そう…………。立ち話も何だし、生徒会室に入りましょうか?」
葵衣は鍵を開けてからドアを開けた。そして、三人は生徒会室に入る。
「そこの椅子に掛けて。」
入って直ぐの所に置かれていた二脚の椅子を指さしながら、彼女は裕太と優香に指示を出す。優香は左側、裕太は右側の椅子に座る。そして、生徒会長である彼女は室内の電気をつけてから二人と向かい合うように置かれている窓側の席に腰を掛けた。
「では、自己紹介から始めましょうか。知っているとは思うけど、私がこの学校で生徒会長をさせてもらっている神無月葵衣。」
自分の自己紹介を済ませた葵衣は彼女から見て右側に居た優香の方を見た。その視線に気が付いた優香は自分の自己紹介を始めた。
「一年二組の宮間優香です。」
葵衣は優香の自己紹介が終わると裕太にも視線を向けた。裕太にも自己紹介を求めているようだ。そのことに気が付いた裕太も優香と同じような簡単な自己紹介をする。
「一年三組の神崎裕太です。」
裕太の自己紹介が終わる。
「うん。ありがとう。」
すると葵衣はこくりと頷きながら、お礼を言った。優香とは一度だけではあるものの、会って話したことがある。でも、裕太とはこれが初めての対面になるので確認という意味合いも含めて自己紹介をしたのだ。
「じゃあ、ここからが本題なんだけど…………。」
早速、本題に入ることにした葵衣。それに対して、彼女の目の前に座っている裕太と優香はゆっくりと頷いた。いまだに緊張が抜け切れていないようだ。それに気が付いた葵衣は…………。
「ふふふ…………。気楽に聞いてくれていいからね…………。」
おっとりした雰囲気で柔らかい笑みを浮かべる。彼女も昔、初めてここで当時の生徒会長と対面した時のことを思い出してしまったのだ。自分と同じような子たちが今目の前にいると考えてしまい、笑ってしまったのだ。
葵衣の気遣いで少しだけ柔らかくなった空気。これには『さすが生徒会長だ』と思ってしまう裕太と優香。最近になってやっと関係が修復されたこの幼馴染たちの考えることは全く同じだ。腐れ縁の幼馴染だからか、それともほかのある理由からかは分からないが、似た者同士の二人である。
「え~~っと、二人ともすでに知っているかもしれないけど、新入生の中で主席と次席の人には必ず生徒会へ誘うのが暗黙の了解になっているの。」
話をしっかりと聞いている二人かの様に見える二人。だが…………。
「だから、ここに来てもらったのだけれど…………。」
突然言葉を切り、再び頭を抱える葵衣。その視線の先では優香と裕太が互いの足を蹴り合っていた。何故こういうことになってしまったのかと言うと…………。
きっかけは、殴られた裕太の背中を優香がさすっていたことだ。優香が裕太を殴ってしまったことによって生じた出来事なので何ら不思議に思うことはないかもしれない。だが、よく見ると二人は昔からの知り合いかのように仲が良さそうなのだ。
優香は生徒会長の話を聞く中で冷静さを取り戻していったことであることに気が付いたのだ。二人が幼馴染であることはお互いにきちんと話し合った結果、高校では誰にも話さないと決めていたのに、それが分かるような行動をしていたことを…………。
まぁ、裕太に蹴りを入れてしまったのは自身の行動が酷く恥ずかしくなってしまったのが原因なので、関係を隠す隠さないということはあまり関係ないのかもしれない。ともかく、その羞恥心を隠すため、無意識のうちに裕太の足を蹴り始めた。
これは、ただの照れ隠しと言ったほうが良いのかもしれないが、そんな優香の細かい事情を知らない裕太は一応彼女の足を蹴り返すことにしたのだ。その結果、今の様に互いの足を蹴り合うことになってしまったのだ。
その光景を目にした葵衣は…………。
「こんなところでイチャつかないで…………。」
心の叫びが小さな呟きとなって口から漏れてしまった。その呟きを聞き取った裕太と優香は固まってしう。それもそのはず。二人はただ喧嘩しているつもりだったからだ。でも、二人が抱きついていた光景を目にしていた葵衣にとってはその喧嘩もただただイチャついているようにしか見えなかった。
「ま、まぁ、ともかく。二人の返事を聞きたいのだけれどいいかしら?」
気を取り直して葵衣は二人の答えを聞いた。動揺してのし過ぎで、右往左往していた二人だが、腐っても主席と次席。すぐ正気に戻る。裕太よりも半瞬ほど早く正気に戻っていた優香が先に葵衣へ返答した。
「私は入ります。」
「うん、わかった。で、あなたはどうするの?」
迷うことなく即答する優香。彼女はここに来た時から生徒会に入るつもりだったのだ。葵衣は優香の答えを聞いて、一安心した。そして、葵衣は俯きながら考え込んでいた裕太に視線を移しながら問うた。
彼はそっと顔を上げる。ようやく、結論を出すことができたのだ。
「俺も、生徒会に入ります。」
彼は葵衣の目をしっかりと見据えつつ、自分の意思を伝えた。
「良かった…………。」
葵衣は彼がこう答えることを予想していたかのようににっこりと笑みを浮かべながら、改めて二人の意思を確認する。
「改めて確認するけど、二人とも生徒会に参加するんだね?」
「「はい。」」
今度は二人ともしっかりと返事をした。それに満足した様子の彼女。
「よし。これで二人への用事は済んだから、もう帰っていいわよ。」
葵衣は二人にそう告げた。これから何か仕事をしないといけないのかなと予想していた二人だが、その予想に反して何もなかったようだ。
「「で、では、失礼しました。」」
葵衣にお辞儀をしながら、そう言い残して二人は生徒会室から退室した。
生徒会室に一人残された葵衣はというと…………。
「何でっ…………!」
机に伏せながら、半泣き状態になっていた…………。少し落ち着いた葵衣は椅子の背もたれに体を預け、リラックスした体制になる。
「ふふふ…………。」
そして、どこか遠くを見つめながら怪しげな笑みを浮かべている葵衣は…………。
<あとがき>
第二章の開始です。これから物語は大きく進んでいきます。話は変わって第一章についてですが、【修正済み】としている話はかなり大幅な改稿をしているので物によっては九割近く変わっているかもしれません。更新までがかなり空いたこともあるので、もう一度読み返していただけるといいかもしれません。
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