素晴らしい絵になる

静木名鳥

素晴らしい絵になる

「今度描く絵はきっと素晴らしい絵になる」


彼はひとりごとのように、しかし私にしっかりと聞こえる声量で言いました。

 彼は真っ白なキャンバスに向かって恍惚とした中に安心感をたたえたような表情をしています。


 「どんな絵なんです?」


 私がそう聞くと、彼はゆっくりとこちらを向いて笑みをつくり、


 「それは秘密だよ」


 といいます。

 そこまで興味があるわけではないので「そうですか」とだけ返し、テーブルの掃除に視線を戻します。

 そんな私のつれない態度に彼も慣れてるのか、どこか満足そうな顔でキャンバスに向き直りました。


 



 それから数日後の夕飯の最中のことです。私が黙々とサラダを食べていると、同じく黙って面と向かって食事をしていた彼が突然、

 

 「……すまないが、絵のモデルになってもらえないか?」と聞いてきました。


 「……嫌です」


 少し気まずそうに聞く彼を一瞥いちべつして一言そう言い残し、今度は具材がたっぷり入ったコンソメスープを口に運びます。おいしい。


 「なかなかイメージ通りに絵が進まないんだよ、頼む」


 彼は顔の前で拝むように手を合わせ、目をぎゅっと閉じました。

 彼のその必死さに、食事の手を休めて彼を見つめます。

 

 「なんで私が絵のモデルなんか……、もっと他にいい人が見つかりますよ」


 「頼みを聞いてくれたらかわりにこちらも君の言うことを一つ聞こう。……それでどうかな?」


 閉じていた目を開け、上目遣いでこちらをうかがってくる彼。

 私は「はぁ……」と声にならないため息を一つして、


 「……一回だけですよ」と言いました。


 その時の彼の表情はスローモーションのように輝きを増していきました。

 食事が終わって片づけをし、腰を落ち着けようと椅子に座ったところで、いつの間に用意したのか、目の前にはキャンバスと少し興奮気味な彼の姿がありました。

 彼はこう言います。


 「今度の絵は素晴らしい絵になるぞ」と。


 そのキャンバスは白い輝きを失っていませんでした。


 


 

 


 



 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

素晴らしい絵になる 静木名鳥 @sizukinatori

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ