第19話 『葬儀屋』の誇り

 一方そのころ、街の高級食堂では。

 十人弱の教会兵が、クリスタルをふんだんに使った灯りの真下で食事をしている。


「百塔街でこんなふうに食事ができるなんて、なんだか夢みたいですねえ」


「どっちかっていうと悪夢だがな。まあ、味は悪くない」


 豪奢な貴族の館の広間と言ってもおかしくない食堂の中、円卓の周りに堂々と武器を置き、あるいは身に着けたままの教会兵たちは明らかに浮いている。

 そんな彼らを心配そうに見守る給仕に、背後から少し高めの声がかかった。


「ごきげんよう、エルベンさん。商売の具合はいかがですか?」


「これはこれは、ザトペックさん! はい。おかげさまで繁盛してますが――」


 給仕はほっとしたような、逆に緊張したような、複雑な面持ちで振り返る。

 食堂の手前にもうけられた狭い玄関広間には、黒外套姿のルドヴィークが微笑んでいた。彼は店の隅にある柱時計を見やってから、もの柔らかに言う。


「それは結構。こちらの料理は素材といい、調理の腕といい、実に最高ですからな。特に香辛料の使い方がいい。現れる幻影が大変に細やかだ。わたしにも『いつものもの』をお願いできますか?」


「はい、もちろん……! さ、こちらへどうぞ」


 給仕は王侯貴族にするように腰を折り、ルドヴィークを上席へと導いていった。

 食事中の教会兵たちはちらと彼を見やり、その喪章に釘付けになる。

 ルドヴィークが席に着いたのち、教会兵の中でも少しばかり階級の高そうな男が口を開いた。


「……さすが百塔街だ。外では死臭で入店を断られるであろう男が、これだけいい店の常連とは」


 ふてぶてしい彼の言葉に、教会兵たちはどっと笑い声を上げる。中でもやんちゃな数人は、ルドヴィークのほうに向かってガウガウ、と噛みつくような所作を見せた。

 周囲の客たちは居心地悪そうに息を潜め、ひたすらにナイフとフォークを動かす。

 ルドヴィーク当人はというと、あくまで鷹揚な様子で教会兵たちのテーブルを見やった。


「確かにその通りですな。ここは唯一我々を排除しない街。我々が血を流して勝ち取った、故郷です」


「ほー、故郷。なるほど、『喪の一族』のふるさとは地獄だと常々聞いていたが、本当だったとは。いやはや、勉強になった」


 調子に乗った教会兵がいい、周りも追従笑いをする。

 そんな彼らとルドヴィークの円卓の間に、給仕が銀色の配膳台を押してやってきた。台上には大皿が載せられ、円蓋形の金属の蓋がかぶせられている。

 ルドヴィークは配膳台を横目に、給仕に声をかけた。


「エルベンさん。お聞きになっていたかと思いますが、そちらのお客様たちはこの店をずいぶんと気に入ってくださったようですよ。『葬儀屋には似合わぬよい店だ』と褒めてくださっています」


「左様ですか。そのようなことを言われたのは、当店始まって以来のことです」


 もの静かに言って、給仕は配膳台の皿から蓋を取る。

 そこに載っていたのは、銃把に美しい象牙をあしらった、数丁の拳銃だった。


「――何」


 教会兵の顔からさっと笑みが消えたのとほとんど同時に、ルドヴィークの骨張った手が拳銃をつかむ。

 乾いた銃声が響き渡り、次々に教会兵の額に穴が空いていく。

 給仕もわずかに遅れて一丁を取り、生き残りの教会兵の頭にぴたりと狙いをつけた。彼は穏やかに言う。


「普段はこのようなおもてなしはしないのですが……お客様が特別な場合は、おもてなしも特別でなくてはなりませんね」


「貴様……!」


 教会兵の上官らしき男は、まだ味方が数人残っていることを確認すると、立てかけていた長銃に手を伸ばす。

 と、今度は真横から銃声が響いた。

 彼は食卓の真っ白なテーブルクロスに鮮血をぶちまけて倒れこむ。

 一体、どこから?

 生き残った二人の教会兵が、真っ青になって、眼球をきょろつかせる。

 銃口、銃口、そして剣先のきらめき。

 周囲は、いつの間にやら彼らに向けられた銃口や刃でいっぱいだ。さっきまでおとなしく食事をしていたはずの紳士淑女たちが、どこからか取り出した銃やナイフを彼らのほうへと向けているのである。


 二人の顔色が死人そのものになったのを確かめると、ルドヴィークは緩やかに立ち上がりながら給仕に声をかけた。


「エルベンさん。御厚意はありがたく受け取りますが、今日はわたしは個人的に食事に来たのです。あなたが葬儀屋への忠誠を示す義務はありませんよ」


「お気になさらないでください。これは我々の自発的な奉仕です。日頃ザトペックさんにお世話になっていることへの、感謝をこめて」


 こんなときにも慇懃な給仕の言葉に、ルドヴィークは満足そうに微笑む。

 彼は銃を構えたまま、ゆったりと生き残りの教会兵たちに歩み寄った。


「と、いうことのようです。やはり日々のご近所付き合いは大事ですな。お仲間の葬儀に関しましては、是非ともわたしたちにお任せください。なんの悔いも残らないよう、髪の毛一筋まで責任を持って処理させていただきます。――ですがその前に、個人的な質問をひとつ、よろしいですか?」


 教会兵たちは脂汗をにじませてルドヴィークの言い分を聞いていたが、ひとりが何かを吹っ切るように爆笑しはじめる。


「は……は、はははははははは! お前、この程度で俺たちが交渉に応じると思ったのか? 俺たちはただの遊戯のコマだ! 俺たちが生きようと、死のうと、ラウレンティス様がいらっしゃるかぎり、この街は陥落する。確実に我々エーアール派のものになる。そのときのために、少しでも俺たちに媚びを売っておいたほうが貴様らのためだぞ? 死体で糧を得るウジ虫め!」


 ことさら攻撃的な言葉を選びながらも、彼の指はポケットを探ろうとしていた。


「ほほう。これはまたいちいち上手いことをおっしゃる。聖典を日々勉強しているだけのことはありますな。死体で糧をえるからウジ虫とは……なるほど、なるほど。いい喩えです。アマリエ、どう思う?」


 ルドヴィークは異様なほど寛容に、うんうんとうなずきながら教会兵の話を聞き、外套の下に囁きかけている。

 いける、と教会兵は思った。

 こいつが大物ぶっているうちに、ポケットの中にある聖水をぶちまける。これはクレメンテが直接祝福した水だ。一定期間の間は呪いに対して圧倒的な威力を誇る。これさえぶちまければ、こんな怪しげな男は大打撃を受けるに違いない。

 何せこの街の住人たちは、皆呪われているか、呪いで身を守っているのだから。

 こつん、と、教会兵の指が、ポケットの中で硝子瓶を探し当てる。


「――ふむ。なるほど。それは残念」


 ルドヴィークはまだ外套の下と話しあっている。

 ……今だ。

 今のうちに、隙を突く。

 教会兵は緊張のあまり無残なくらいに顔を引きつらせ、ポケットから硝子瓶を取りだした。すぐさま投擲姿勢に入る。

 距離はすぐそば。過ちはしない。

 瓶が手から離れる。

 そのとき、指先が濡れた気がした。

 まさか、聖水が漏れたのか。

 そう思った直後、硝子瓶が足下の床へ落ちる。硝子瓶は麗しい音を立てて派手に割れ、その周囲にぼたり、ぼたりと二本の指が落ちた。


「……あ……」


 愕然として震え、首をねじ曲げて自分の手を見やる。

 見慣れた右手は親指と人差し指を根元から亡くしたいびつな形と化し、手首まで真っ赤に濡れていた。

 間を置かず、首筋に冷たいものを感じる。

 のろのろと視線を動かすと、顎にルドヴィークが抜いた仕込み杖の刃があたっているのがどうにか見えた。


「まことに、まことに残念なことでした。我が愛しのアマリエは、あなたの冗談がお気に召さなかったらしい」


 至近距離でルドヴィークがくすくす笑う。

 黒眼鏡の向こうで蛇の瞳がこちらを見ている。

 くすくす、くすくす、くすくす。笑い声が不吉な囁きみたいに頭の中をぐるぐる回り続け、男の舌は、いや、全身は、恐怖でがちがちに硬直した。


 ルドヴィークは彼にあてた刃を微動だにさせず、再度店の時計を確認。

 そののち、給仕に向かってうっすらと笑った。


「よい頃合いです。他のみんなも上手くやってくれているでしょう。

 エルベンさん、申し訳ありませんが、少しの間、店を閉めてくださいますか? それで、店の前には『深淵の使徒が仕事中』とでも書いておいていただければありがたいのですが。構いませんか? ありがとうございます。

 では、少し奥を借りますよ。この彼と大事な話がありますので」

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