第四章 三年後、覚醒 その1

 シオンが得体の知れない研究所に捕まってから、三年が経った。

 三年だ。そう、三年もの月日が流れた。

 度重なる戦闘訓練の果てに、レベルは19まで上がった。

 シオンは十三歳から、十六歳になった。

 その間に……。

 シオンは見下された。

 研究所の所長をはじめ、職員達から嘲笑された。

 意味もなく鞭で叩かれたり、首輪を使われて鞭で叩かれるより痛い思いをしたり、想像を絶する嫌がらせを受け続けた。

「アイツは王族だったんだぞ。なのに、今のあのザマを見ろよ」

 と、職員達に向かって所長にそう言われても、それでもへらへらと笑って媚びた。

 自分をいびるクズを相手に、命が惜しくてプライドを捨てているかのように振る舞って、すべて受け容れた。

 三年間、道化を演じ続けた。

 脱出の糸口を探し続けた。

 結果、この研究施設がとんでもなく高度な技術で成り立っていることを知った。

 職員達がなにやら魂について研究しているらしいということを知った。

 けど、他に大したことなんてわからなくて……。

 首輪が外れた時間は三年間で一秒たりともなく、脱出の糸口なんか掴めなくて……。

 ――生きる意味はあるのだろうか?

 ――こうまでして生きる意味は、本当にあるのだろうか?

 シオンは少しずつそう思い始めていた。

 表向きはプライドを捨てて媚びへつらう自分と、内心ではプライドを保つためにこれは仕方がないことなんだと言い聞かせる自分。

 ――どちらの自分が本当の俺なんだろうか?

 シオンは少しずつ、本当の自分がわからなくなり始めていた。

 そう思い始めたことが自分を研究している男の思惑なのだとわかっていても、わからなくなり始めていた。

 三年間、待てども待てども変化がなくて、疲れたのだ。

 シオンは疲れ始めていたのだ。

 楽になりたい。楽に生きたい。辛いのはもう嫌だ。

 シオンは救いを求め続けた。

 だが、ある日突然に――。

 シオンを取り巻く状況は一変する。それまでの三年間は何だったのだろうと思うほどに、状況は大きく一変する。


   ◇ ◇ ◇


 ある日、シオンは研究所の所長に連れられ所内を歩いていた。

 戦闘実験をさせられる時に着用する戦闘服を着せられたので、十中八九、闘技場へと向かっているのだろうとシオンは予想していた。

 実際、闘技場へと続く扉が見えてきたところで――、

「いいよなあ、お前は毎日食って寝ているだけで生きられて」

 不意に、所長が蔑むようにシオンに語りかける。

 そんなはずはない。そんなことはない。

 毎日、いびられて、変な容器に閉じ込められて、血を抜かれて、戦わされて、人体実験をされて……。

 毎日食って寝ているだけで生きているなど、そんなことは絶対にない。けど――、

「はい。所長のおかげで」

 シオンは間髪を容れずに、嫌悪感など微塵も覗かせないで愛想よく頷く。ここでは逆らうより、媚びへつらう方が楽だから。

 逆らえば首輪の効力を発動させる口実となるのだ。けど――、

「へえ」

「うあああっ!?」

 所長が小馬鹿にするように鼻を鳴らすと、シオンの首筋に激痛が走った。首輪には小さな魔法陣が浮かんでいる。

「はははっ」

 急に蹲ったシオンを見て、所長がおかしそうに笑う。

「がはっ、はあっ、はあ……」

 痛みはすぐに治まったが、シオンは顔を真っ青にして息を整える。シオンが逆らわなくとも、たまにこうやって気まぐれに首輪の効果を発動させられることがある。シオンが媚びへつらっても、それが気にくわない時があるらしい。

 けど、そんなの、いったいどうすればいいというのだ?

 いったいどうすれば……。

 そんなこと、わかるはずがない。

 いや、問題が解消される手段はたった一つ、ある。

 ――この首輪が、この首輪さえなければ……。

 それだけだ。

 研究所に連れてこられた直後のシオンだったら、呼吸を整えながら怒りを腹の内に抱えていたかもしれない。

 何か言いたそうな顔をして、男に見透かされていたかもしれない。

 けど、今のシオンは恐ろしいほどに仮面を被るのが上手くなっていた。本当の自分の表情がわからなくなってしまうほどに……。

「ははは、急に痛いですよ」

「いや、すまんすまん。間違って発動させてしまった。許してくれ」

「はい」

 シオンはへらへらと笑って、理不尽を済ませてしまう。

「お詫びというわけではないんだが、従順なお前にプレゼントがあるんだ」

 所長はそう言いながら、すぐ目と鼻の先にある闘技場への扉へと歩きだす。

「…………プレゼント、ですか?」

 そんなものが用意されたのは、この三年間で初めてのことだった。だから、シオンは少し警戒しながら、所長の背中を追って尋ねる。

「ついさっき、新入りの実験動物が来てな。いけ好かない女の研究者がお手上げだって言うんで、俺が預かることになったんだが……、顔合わせを兼ねてお前と戦わせてみることにした。まあ、中に入るといい。先に待たせてある」

 所長はそう言って、闘技場の扉に手をかざした。

 すると、扉の前に魔法陣が浮かび上がる。片方だけで重さ数トンはあろう扉が、ゴゴゴと音を立てて自動で開いていく。

 シオンは所長の後を追って闘技場へ入った。この三年間で何度、足を運んだかわからない。どれだけの魔物を殺したかわからない。

 だから、本来ならこの場所に入るのに何の感慨もないはずなのだ。なのに、何故か嫌な胸騒ぎがした。

 闘技場の中には――、

「………………」

 いつもと同じ光景があった。

 広くて、少し血なまぐさくて、閑散としている闘技場の風景。

 飽きるほどに見た。

 唯一違うのは、そこに見知らぬ少女がたたずんでいたということ。白い髪をした少女だった。

 その少女を見た瞬間――、

 ――なんだ、これは?

 どくんと、シオンの胸が高鳴る。

 既視感があった。

 ぼんやりと天井を見上げる少女のたたずまいに、強い既視感があった。

 ――俺はこの少女を知っている。

 そんな直感を抱いた。

 上を向いていて少女の顔は見えない。シオンがつけられているのと似たような首輪を、少女もつけられているのは見える。

 すると、シオン達が現れたからか、少女は顔を下げて扉へ視線を向けてきた。結果、シオンは遠目で少女と見つめ合う。

「…………モニカ?」

 シオンは大きく目を見開いて、その名を口にした。

 ――モニカだ。いや、本当にモニカなのか?

 硬直したまま、シオンは強く困惑してしまう。

 少女はシオンの顔を見ても特に表情の変化がない。無感動な瞳でシオンを視界に収めている。

 ――モニカの髪の色は紅蓮のように真っ赤だった。あそこに立っている少女の髪は白髪だ。なら、別人か? 他人のそら似なのか?

 疑念が立て続けに浮かんでくる。

 だが……。

 ――いいや、別人ではない。

 直感がすべて否定した。

 ――モニカだ。あそこに立っている女の子は、モニカだ。

 ――かつて婚約者だった自分が、

 ――この俺が、

 ――見間違えるはずがない。

 ――生きていた。モニカはやはり生きていたのだ。

 ――だが、なぜここにいる?

 などと、シオンがそう思っていると――、

「ふむ、顔を合わせても変化はないか……」

 傍に立つ所長が、シオンとモニカを観察するように見つめながら呟く。

 ――顔を合わせても変化はない?

 ――その口ぶりだと、俺とモニカの関係性を知っていて引き合わせたようではないか?

 ――いや、知っていたのだ。

 ――この男は、そしてこの男が所属する組織は、すべて知った上で俺とモニカを対面させた。

 シオンはすべてを察した。

 シオンが十一歳の時に、モニカは失踪した。

 そこから二年間、シオンが十三歳になって研究所に拉致されるまで、一切の足取りが掴めなかった。

 ――この男達は、モニカにまで手を出していたというのか?

 ぷつりと、シオンの中で何かが切れた。

 怒りという感情がこみ上げてきた。

 こみ上げてきて、こみ上げてきて、頭が真っ白になっていき――。

「は、ははは、はははははははっ」

 シオンは笑った。

 高らかに笑った。

「ん? 変化が起きたのはこちらか?」

 と、所長はシオンを見てそんなことを言う。

「そうか。そうだったのか。モニカも、モニカもお前達に攫われていたんだな」

 シオンはそう言って、キッと所長を睨んだ。

「……お前達? おいおい、なんだ、その反抗的な目つきは?」

 その言葉遣いはなんだ、その目つきはなんだと、所長が不快感を示す。が――、

「お前達が、奪って、奪って、奪って……」

 シオンは睨むのを止めない。

「許さない。俺はお前達を絶対に許さない」

 シオンは敵意を向けるのを止めない。

 何のために今日まで生きてきたのか。

 すべてはモニカを救うためだ。

 それを思い出した。

 だから、もう道化は演じない。

 今この瞬間から、理由をつけて逃げる真似はしない。

 そう誓った。そう決めた。

 その瞬間、シオンに新たな天啓が下る。そして――、

 ――発動条件の達成により、シオン・ターコイズに特殊スキル『熾天使の因子』が発動しました。

 ――管理者権限により、以降はシオン・ターコイズの記録を不干渉領域にて管理します。共有領域における情報は末梢します。

 ――管理者の意向により、シオン・ターコイズに管理者権限の一部をスキルとして譲渡します。スキル『魔眼・魔導王の眼』は『神眼・熾天使の眼』へと変更。

 ――『神眼・熾天使の眼』の獲得に伴い、既存のスキルにも変更が発生します。スキル『魔眼・魔導王の眼』の効果の一部をスキル『魔の祝福』へと移譲。スキル『魔の祝福』はランクが上昇し、スキル『魔の寵愛』へと変更。

 ――スキル『神眼・熾天使の眼』とスキル『魔の寵愛』の獲得に伴い、スキル『魔の隷属』が発現。

 ――以上、報告を終了します。

 シオンは変貌する。

 変貌していく。

 眼に浮かぶ文様が魔眼の魔法陣から変化していく。

 濃い群青だった髪の色も、色素が抜けて白に変わっていく。

 そんな中で――、

「くひっ、くひひひっ。やった! やったぞ! やはり貴様には熾天使の因子が宿っていたんだな! あの女ではない! 私が引き当てたんだ! これで私の席次も上がる!」

 所長がシオンを見て、歓喜している。それはもう嬉しそうに、思わずガッツポーズを取っている。

 なぜそんなに嬉しそうな顔をするのか、シオンにはわからない。わかっているのは一つだけ。目の前にいる男は決して許すことはできないということ。

 だから――、

「ふざけるなよ?」

 シオンは怒りを向ける。ただただ静かに、マグマが膨れ上がるように怒る。その瞳には三対六枚翼の文様が浮かんでいた。


================

【名前】シオン・ターコイズ

【種族】ヒューマン

【年齢】16歳

【性別】男

【レベル】19

【ランク】1

【基礎パラメーター】

・膂力:E(87/100)

・敏捷:E(87/100)

・耐久:E(87/100)

・魔力:B(44/100)

【特殊パラメーター】

・神眼:EX

・魔法:S

・魔法分解:SSS

・魔力吸収:S

・魔法陣書換:S

【スキル】

・神眼・熾天使の眼

 特殊パラメーターに『神眼EX』の項目を追加。神眼発動時に管理者権限の一部『万能鑑定(情報閲覧・解析理解)』が行使可能になる。『世界記録』へアクセスして鑑定対象に関する情報を取捨選択してすくい取る。

・魔の寵愛

 特殊パラメーターに『魔法S』の項目を追加。基礎パラメーター『魔力』の等級を二つ上昇させる。レベルの上昇に伴う基礎パラメーター『魔力』の上昇値に特大補正。神眼の発動の有無にかかわらず、魔法陣構築速度の特大上昇、魔力消費量の特大軽減、六級魔法までの詠唱破棄などの恩恵を受ける。

・魔の隷属

 神眼を発動させている間、解析したあらゆる魔法を習得できるようになる。また、特殊パラメーターに『魔法分解SSS』『魔力吸収S』『魔法陣書換S』の項目を追加。神眼を発動させている間は魔法や魔法陣に対する干渉・支配が可能になる(解析した魔法の事象化を解除して無害な魔力へと分解・吸収できるようになり、解析した魔法陣の書き換えができるようになる)。ただし、魔力変換によって発生した闘気などのエネルギーを無害な魔力に分解することはできない。

・熾天使の因子

 効果不明。

================

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る