@JustBeh59

 この壁に囲まれている町に名前などない、必要もない。空も天井に囲まれ、一部の窓となるところ以外は空を見ることができない。壁の外の世界は存在しないと等しい。住民にとってはそれが当たり前なのだ。ここに住む人々には感情という言葉も存在しない。400年前この壁が建てられた時に誰かが必要ないと判断したからなのだろうか、しかしそれを問うものもいない。そしてこの町に色はない。


 住民は生活には困らない。食料や水は規則正しく一定量生産される上に完璧な人口管理により不足になることがない。学業も与えられた役職を最低限こなせるだけを教育を行い、向上心は持たせない。故に争いは起こらないように計算されている。住民らの先祖はユートピアの設立に成功を果たした。


 不必要なものがない世界では学校、もちろん仕事も短時間で済んでしまうのだ。1日たったの5時間で済み、残りは自由時間だ。さぁ、この自由時間を過ごす二人の青年の様子を見てみよう。青年らの名前はKとY、他の住民と同じように髪や眉毛は剃られていて、見た目の区別は目の色ぐらいでしか難しい。二人はいつも同じ壁沿いでボール遊びをしている友人なのだ。ここの壁は特徴的でヒビが入っていた、それをたまたま目にしたYが気に入ってから友人のKを連れて来るようになったのも一昔前のことだ。二人がここで遊ぶのはいつも同じ遊びである。それはヒビに向かってゴム製のボールを投げるというもの。とはいえそういうルールがあるからではなくなんとなしにそこに目掛けている。無論、ヒビに当てたら勝ちなどの勝敗もなく二人は永遠とボールを投げている。


 黙々とボールを投げているだけではない、友人であるからこそ互いにたくさん言葉を交わす。今日の天井窓の景色のこと、学校での進歩のこと、前日に与えられた食事に何が入っていたか。そう、全てを話し合えるのだ。会話以外に二人に暗黙の了解が決まっている。相手の投げたボールがヒビに当たったときに声を高めて「当たりましたねー」と言うことだ。これには思わずニヤついてしまう二人である。1日少なくとも10回はこれでニヤつくことになる、これが二人のお決まりだ。


 そして今日もまた二人で集まっている時にYが話す。


 「学校ももう少しで終わりだな。10年ってこんな感じなのか」


自分の番が終わりボールを渡してくる無言のKの代わりにYは続けた。


 「お前は水道係としてすぐ根付けると思うか?僕は一週間後自分が靴生産係になっているなんてしっくりこないんだ」


 「残りの授業を受けたらしっくりと来るようになるんじゃないか?」


Kは淡々と答え、自分の番となるボールを受け取るために手を差し出した。そのまま自分の番に入るKに続けてYは話す。


 「自分が医療係としてあの時選ばれていたらしっくりきていたものなのかな?」


 「医療係は何かと忙しいらしいから靴生産係で良かったんじゃないか」


 「けど人の命を直接助けるのであればきっとその価値はあるんだろう、少し興味を持つよ」


 「なんだよ今更、それにどの係も価値はあるだろ。一つでも欠けたらここは崩れてしまうと教わったろ」


 「わかっているけど・・医療係だったらしっくりきていた可能性はあるのかな」


 「なんでそんなに医療係にこだわっているんだ?お前はやっぱ変なやつだなあ。いつも質問ばかりだ。ちゃんと提供されている薬お前も飲んでいるのか?」


 「ちゃんと飲んでるさ!それに別に医療係にこだわっているわけじゃないよ・・ただの仮定であって・・」


この時には番が回っていたYがボールを投げながら説明していたらKが言った。


 「当たりましたねー」


そして二人はニヤつき、この会話は終わったのだ。


 あの会話から数日が経ち、学業が終わる前日の朝になっていた。それでもYは明後日からの生活が腑に落ちない。それでもこのようなことを話せるのもKぐらいだ、あっさりとした返事しかないがそれでも彼はまともに聞いてくれる方である。だが腹にある小さな重みが消えるわけではない。Yはこの重みを2年ほど前から抱えるようになったが、それを表す言葉は存在せず、「黒」としか説明ができなかったが故に誰に相談しても皆Yが何を言いたいのか分からぬままだった。医療係の所に行っても異常はないと言われるだけであって、その度に重みが少し増すように感じる。


 Yはいつも通りに支度を済まし自分の部屋を出ようとした時、扉からノックの音が響いた。今までこんなことはなかったがこのノックの音はまたあの重みを加える。扉を開けると伝達係が立っており、彼も淡々とYに話しかける。


 「あなたがCブロックのY・01111ですね。あなたの配属パートナーのK・72813は昨晩階段から転倒してしまいました。医療係まで運ばれましたが命は救われませんでした」


今まで抱えていた重みの何倍のものがYの体全身にのしかかると同時に宙に浮いているようだった。そんな中伝達係は続ける。


 「新たな配属パートナーの空きが出来次第またご報告します。では良い1日を」


そして去っていった。それを聞いたときは重みが燃えるようだった。しかしこれが当たり前なのだ、Yだってわかっている。珍しいことではあるが大したことではないのだ。


 しかしながらYは納得できなかった。Kの死を否定しているわけでもなく、伝達係が間違っていると思う訳でもないが納得はできない。他の住民のように何故自分は今何事もなかったようにできないのか、自分はやはりおかしいという思いで重みが増すだけでなく、全てを疑問に思い始めた。掟通りに朝食ポストには向かわずにヒビの壁へと走り向かいながら「もし・・もし・・」と考えが止まない。


 自分がもし医療係だったらKを救えたかもしれない、昨日いつもより長くボールで遊んでいたらこけることなどなかったかもしれない。Yの悪い癖である、全ての可能性を思いついてしまう。そして黒が何事もなかったかのように過ごすことを許さない。何も悪くない伝達係の言葉も許さない。最終的には全てを疑い始めた頃に辿り着いた。そしてヒビの入った壁に向かい口をポカーンと開いたままヒビを眺めていた。その頃にはYの頭の中には疑問は残っていない、何も考えていない。そしてどこからか聞こえる、Kの高い声が


 「当たりましたねー」


Yは赤児以来初めて大声を出した。そして一度崩れ倒れ、そばにあった拳ほどの石を掴んで立ち上がりヒビに目掛けて今までにない力で投げたら直撃した。壁のヒビは崩れ向こう側が初めて見えた。Yは囁く


 「同じ黒・・」


そのまま穴へ向かい黒の中へ入っていった。

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