9 魔王より名を授かること、これ至上の喜びなり
「これはっ、なんと大きな!?」
「……? ? ?」
従魔とスライムが驚いたのは、そのサイズか。
瞬く間に黒い魔力から生み出されたのは、馬よりも大きなもの。
太い鈍色のフレームが剥き出しになった四輪車両だ。
「ふ。出たな、バギータイプか!」
俺は一目で理解する。
森の中に突如として現れたのは、自動車の一種であるバギー。
車にしてはかなり小型で、簡素なタイプだ。一つしかない運転席がロールバーで囲われているだけで、扉もなければ屋根もない。
後部に収められた鋼の心臓――エンジンも、剥き出しの有様だ。
そのエンジンの真上にはバケットシートが一つ、後ろ向きで追加されていた。
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■BUGGY(MAO8)
座席数:2
重量:660kg
最高時速:90km/h
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「魔王さま? こちらはいったい?」
オズの胸元に、バギーの簡単な性能が表示される。
時速90km/hということは、それほど速く走れる車両ではないか……ということが俺にはわかる。スキルFPSのおかげだな。
だが、四隅に踏ん張るタイヤはごつく頼もしい。大抵の悪路なら走破できるだろう。
「悪くないな」
速度は出せなくても、これなら森の中でも走っていける。
もっともオズやスライムはまったく理解できずに、お互い顔を見合わせていたが。
そうだな。簡単に説明するなら……。
「これは、さしずめ俺の愛馬というところだ。素材で馬車が手に入ったからな。似たようなものに変換できないか試してみたのだ」
「そうでしたか! さすがです!」
「最初にパラシュートが生成できたからな、銃以外のものも作れると思っていた。どれ」
問題は動かせるか、だが……俺は運転席に乗り込んだ。
おっと。腰の後ろのmicroRONIがつかえたため、シート脇に挟み込む。
いざとなれば拾い上げて、運転しながらでも撃てるか? microRONIは
しかし――当たるかどうかは別だ。走る車から標的を狙うのは至難の業だろう。
できるだけ安定した走りをさせれば、命中率も少しは上がるだろうが……。そんなことを思いながら、俺は円いステアリングに初めて触れる。
これが左右の操舵。足元のペダルがアクセルとブレーキか。シート脇に生えたレバーは
……ふ。扱い方が自然とわかる。やはり銃と同じだ。
そしてステアリングの脇に【START】と書かれたボタンがあった。
「始動は、プッシュスタート式か」
――ブルン!
押せば後ろでエンジンが目覚め、大きく震えた。
「きゃああ!」
オズがおののき、スライムもたじろぐ。
「ふ」
心配ないと俺が嗤えば、両者とも落ち着いたが――確かに奇妙な代物だ。魔法ではなく、火の力で動く鋼の箱とはな。
もっとも、俺にも詳しい仕組みはわからない。燃料とやらが必要なのは理解しているが……たぶん銃の弾薬のように、俺の魔力が転じて機能しているのだろう。
確かにバギーの生成にはかなりの魔力を消耗したようだ。軽い倦怠感がある。
新しい銃も補充したいところだったが、回復するまで後回しだな。ともかく――。
「行くぞ。乗れ」
「はい!」
命じればオズがさっそく、後部のバケットシートに手をかけた。
が、背の低い彼女では這い上がるのに一苦労な高さだ。
「……何をしているのですか、あなた? 手を貸しなさいな」
じろりとオズは、立ち尽くすスライムを見る。
「よもやここに残る気なのですか? 魔王さまが誘っておられるというのに!」
「? ? ?」
青いスライムは無数の【?】を髪で作った。
自分まで含まれているとは思わなかったのか。水晶色の瞳が戸惑いに揺れている。
「あのですねえ、確かにこのばぎーとかいう代物に座席は二つしかありませんが、わたくしは見ての通り小柄です。あなたがここに、一緒に座ることくらいはできるでしょう」
「……! ……!!」
「何を躊躇うことがあるのです。あなたは従魔であるわたくしを除けば、復活したばかりの魔王さまのもとに、一番に集いし魔族なのですよ?」
「!!」
「たとえ力の弱いスライム種であっても、誇り高き魔族の一員。ならば、あなたのやるべきことは一つだけです」
「然り。それに魔王である俺のなすべきことも一つ」
俺は運転席でステアリングを握り直した。
「これから、囚われの魔族たちを救いに向かう」
「さすがです、魔王さま!」
「故に、貴様は俺を案内せよ。今の地下廃城のことは、逃げてきた貴様が一番知っているだろう」
「……!」
スライムの表情が変わった。
彼女から伝わる魔力の波動にも、強い決意が感じられる。
「覚悟は決まったようですね。さあ、ではさっさとわたくしを……きゃあっ!?」
スライムが動く。ぬるりと青い体を這わせて、長い髪でオズを押し上げ、一緒になって後ろ向きのバケットシートによじ登った。
そのまま彼女はシートと一体化するように、オズを抱いて座り込む。
やわらかいスライムの巨乳に、小柄なオズが埋まるような格好だ。
「そ、それでよいのです! この体勢には今一つ、納得できませんけれどー!」
「? ……?」
「ふ。座れていれば気にしなくていい。そのまましっかり掴まっていろ」
シフトレバーを
バギーがそろりと動き出す。
どれ? アクセルを踏めば――ブオオオオオオン!
「きゃああーーーっ!? 魔王さまあ!」
「!! ! !?」
エンジンが吠えてバギーが一気に加速した。地面の凹凸をタイヤが拾い、車体が撥ねる。後ろでオズとスライムが慌てふためくが、問題ない。
俺は冷静にステアリングを操り、森の木々を避けてバギーをうまく走らせた。
「ふはははははは! いいではないか、車というものは!」
「さ、さすがです魔王さま! このような暴れ馬であっても、楽しんでしまわれるとは~~~~~!」
「~~~! ~~~~!」
オズとスライムは、後ろの席にしがみついているだけで精一杯だったが。
§
空が茜色に染まってきた頃、バギーは深き石森を抜けた。
徒歩では何日もかかっただろう距離を、わずか半日で駆け抜けたことになる。
ふ。小型でもさすがは自動車だな。
だが俺はここでバギーのブレーキを踏み、土煙を上げて停車させた。
「……ま、魔王さま?」
「オズ」
「はい、地図を出しますね。すぐに!」
スライムとともに後部座席でぐったりとしていたオズが、慌てて飛び降りてくる。はだけた胸元に表示させたのは、地下廃城周辺を拡大した地図だ。
深き石森の先に広がるのは、赤く染まっていく灰色の荒野――。
地図上で確認すると、ここを突っ切れば地下廃城まで辿り着ける。
だが見晴らしがよく、障害物がない。
「山を回るか」
俺は地図を見て、大回りのルートに決めた。
地下廃城の横を大きな川が流れている。すぐ側にある山岳地帯を抜けてくるものだ。
バギーの姿を見られずに近づくには、ここを利用するのがいいだろう。
「こちら側なら地形が険しいぶん、冒険者どもの姿もないはずだ」
「……! !」
こくこくとバギーの後部座席で頷くのはスライムだ。
そうか――地下廃城よりスライムが逃げてきた記憶を俺は思い出す。
夜の闇に紛れながら、彼女が最初に向かったのは……。
「貴様も山岳地帯を通って逃げたのだったな」
「! ……!」
「では、ひとまず真っ直ぐに北上でしょうか。魔王さま」
地図を映す自分の平らな胸を、オズが指でゆっくりなぞった。
方角はそれでいいが――。
「今日はもういい。オズ」
「はい、魔王さまのステータスですね? どうぞ」
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【魔王 アハト】
魔族/Lv99
HP:66/66
MP:1261/6666
所持金:664694C
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……やはりか。俺は切り替わった表示の、MPに注目する。
半日経ってようやく1/5の回復量といったところだ。
バギーにはヘッドライトもついているため夜間でも走れるが、もう少し回復しておきたい。地下廃城では必ずや、多くの冒険者どもと戦うことになるからな。
俺はヒトをけっして舐めない――ヤツらは侮れない相手だから。
スキルFPSを最大限に利用するためにも、常に備える必要がある。
「ここで休息に専念する。出発は夜が明けてからでいいだろう」
「承知しました!」
要は、眠るということ。寝床としてはいささか窮屈だが、俺はバギーの運転席に深く座り直した。
代わりにオズがバギーのボンネットによじ登る。従魔として、休眠中の主を守るため周囲を警戒しているのだ。
後部座席にいるスライムもそれに倣ってか、立ち上がるようにやわらかな身をくねらせる。が、うまく立てなくてシートの端からずり落ちた。
「どうした?」
「……? ……?」
「オズ」
「はい。今度はスライムのステータスですね」
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【スライム】
魔族/Lv1
HP:5/15
MP:8/8
所持金:6C
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なるほど。オズの胸元に出たHPの値を見て得心する。
スライムはまだ、冒険者にやられたときのダメージが回復してないのだ。
しょせん下級魔族だな。
「貴様もちゃんと休んでおけ、スライム」
「……! ……!」
「そう言えば今更だが、貴様……名はないのだな」
スライムはあくまで種族名。有象無象の下級魔族の一体でしかないため、個別の名前も持たないのだろう。
しかし彼女は、俺の新生魔王軍に下った、最初の一体だ。
「ならばこの俺が戯れにつけてやろう。貴様の名は、そう……スライムの、イムだ」
「!!」
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【スライム イム】
魔族/Lv1
HP:5/15
MP:8/8
所持金:6C
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適当につけたが、すぐにステータスに反映された。
スライムのイムは嬉しそうに瞳を輝かせ、青い巨乳を弾ませる。どうやら気に入ったようだ。
「身に余る光栄ですね、イム! 魔王さま直々に名を賜るとは。まあわたくしは最初から、オズという誰よりも素晴らしき名前をいただいておりますが」
サイドにまとめた金色の髪を掻き上げて、オズが誇らしげに告げた。
また変に対抗心を燃やしているが……然りだ。確かに従魔のオズという名は、初代の魔王がつけたはず。なにをもとに名付けたのかは、今は思い出せないが……。
そう言えば地下廃城は、先代魔王セプテムが英雄に倒された場所だ。
『グギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』
魔竜の「我」が上げた、断末魔の叫びだけは――今もはっきり覚えていた。
あの後、魔竜セプテムを倒した女騎士は、魔王のEXPを得て「英雄」となったはず。
……あれからどれほどの時が流れたかは知らないが、英雄と化した者は、ヒトの限界を超えた力を手にする。
大抵が不老長寿の肉体を得て、魔族の支配領域を奪い、勝手に統治し始めるのがお決まりだ。その程度の欲望しか持たないのがヒト、ということだが……ならば地下廃城を統べるのは、あのときの女騎士か?
その顔は思い出せずにいるが、あの女騎士を倒せば、奪われたEXPを取り戻せるだろうか。
然り。英雄をキルし、俺の記憶を奪い返せばきっと、思い出せることも多くなるはず。
「ふ」
成り行きで決めた地下廃城行きだが、悪くない。むしろ僥倖か。
これもイムと出会えたおかげだな。彼女は名をもらえた嬉しさをまだ噛みしめているようだ。バギーの後部座席で半透明の体をぐねぐねとくねらせていた。
その長い足に、曇りが残っていることに俺は気付く。
「イム? 貴様、その足……そうか。木に挟まれていたときの傷だな」
「……? ……!」
イムが慌てて髪を伸ばし、足を隠した。……まだ治せていないのを恥じたか。
「まあいい。これを試してみろ」
【アイテム
俺は手のひらサイズのパッケージを生成した。
ほう。やはり、こういうのも造れたか。
「魔王さま、そちらは……?」
「ヒトの薬草のような、回復用アイテムだ。どこまで魔族の体を治せるかは知らないが」
俺はパッケージを破る。
中に入っていたのはくるくると巻かれた白い布、「包帯」だ。
「傷口に巻けばいいという代物だ。イム、足を出してみろ」
「……!?」
運転席から立ち上がった俺に命じられれば、下級魔族はおずおずと足を差し出すしかなかった。透き通る青い左足が、足首にあたる部分でひどく曇っている。
だからそこに包帯を巻き付けてやった。
「! ! !?」
「どれ、回復具合は?」
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【スライム イム】
魔族/Lv1
HP:7/15
MP:8/8
所持金:6C
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「こちらです、魔王さま」
「2ポイントの回復か。少しは効いているというところだな」
巻き続けておけば徐々にだが、もう少し回復していくだろうか。
しかし大したアイテムではない。実際に俺が使うことになれば、もっとまともなものを造り出そう――。
「イム、調子に乗ってはいけませんよ。これは魔王さまが、御身の新たなるスキルを試しただけに過ぎないのですからね」
真相を従魔のオズがばらした。
「ですよね、魔王さま! さすがです。このような些末ごとも抜け目なく利用するとは」
余計なことを――と思ったが、イムはまったく気にしていない。
「! ! !!」
恐縮に長い髪を震わせて、大事そうに包帯の巻いた足を撫でていた。
魔王からの褒美なのだ。満足しないわけがない。
俺は、嬉しげにだらしない表情を見せるイムから目を離し、運転席に座り直した。
いい女が喜んでいるのは、いいことだ。目を閉じてすうっと深い眠りに就く。
――今度は夢も見ずに。
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