今度こそ俺は英雄になりたい。
錨 凪
プロローグ
プロローグ:俺は英雄になりたかった。
俺には物心ついたときから強烈な英雄願望があった。かっこいい変身ヒーローになって怪人を倒したかった。勇者になって囚われの姫を助けたかった。巨大なロボットと共に悪の軍団に立ち向かいたかった。スパイになって悪の企業の秘密を探りたかった。とにかく人のためになって、人から感謝されたかった。
そんな願い、目標、夢と言ってもいい、それを打ち砕かれてからもう10年になる。俺の親父は警察官だった。
俺にとって一番身近な正義のヒーローだと思っていた。
親父は汚職で逮捕された。多額の資金を横領してギャンブルにつぎ込んでいたんだそうだ。家ではそんな素振りも見せたことがなかったのに。それを境に俺の全てが狂ったんだと思う。普段から正義のヒーローになると、親父のような正義のヒーローになるんだと公言していた俺の境遇は想像に難くないだろう。
俺と親父は違うと、いくらいっても周囲は耳を傾けなかった。俺は世間一般で言うところの悪人の息子だからだ。母親に連れられて逃げるように母親の地元へと引っ越したが境遇はそう変わるものではなかった。それでも俺は真っ直ぐであろうと思った。でも引っ越した先は、正しさよりも権力が物を言う場所だった。
どんなに黒くても偉いやつが白だといえば白になる。そんな場所だった。でもここでも俺の居場所はなくなってしまった。偉いやつの息子に楯突いたからだ。唯一の味方だと思っていた母親は、居場所がなくなったと俺を叩いた。俺は家から追い出された。
行く先々でいろいろといざこざを起こして、そのたびに親戚の家を転々として、結局俺は父方の叔父に引き取られた。時々問題を起こす俺に叔父さんは「お前の気持ちはわからんが、せめて強く生きろ」と言って俺に武術を教えてくれた。まずは自分を守れるようになれ、次に誰かを守れるようになれ、と教えられた。
そんな叔父さんも去年亡くなった。病死だった。病名は難しくて覚えていないが、今の医療ではどうすることもできなかったらしい。
俺に残ったのはわずかばかりの遺産と小さな家と、少なくとも自分だけは守れるだけの力と、未だ残っている小さな、それでいて確かな英雄願望だった。
「叔父さん、行ってきます。」
俺は毎朝仏壇の遺影に手を合わせてから家を出る。朝は早起きだ。俺の小さな英雄願望は、困っている人がいたら手を差し伸べたいという抗いがたい衝動を抑えることができない。それが正しいことなら、動かなければならない。だから迷子の面倒を見たりお年寄りの荷物を運んだりして遅刻しないように十分に時間に猶予を持たせるようにしている。
今日も学校までの道を歩いていると横断歩道を渡ろうとしているおじいさんに気がついた。早朝で車通りは少ないものの、足が悪いのか杖をついているおじいさんには片側2車線の横断歩道は辛い道のりかもしれない。俺は迷うことなく声をかけた。
「向こうまで手伝いましょうか?」
小柄なおじいさんは俺の方を向くと驚いたような顔をしていた。
「私のことかね?いや、悪いよ。君も学校だろう。こんな老いぼれのことなんか気にしなさるな。」
「俺がやりたいんです!やらせてください!」
「悪いね、じゃあ、お言葉に甘えようかな。」
謙遜するおじいさんに強引に手助けを名乗り出るとおじいさんは柔和な笑みを浮かべ、半ば呆れた様子も混じってそれに答えてくれた。俺が折れることはなさそうだ、と思ったのかもしれない。俺はおじいさんをおんぶすると青に変わった横断歩道を渡り始めた。
「重くないかね?」
「大丈夫です。鍛えてますから!」
横断歩道も残り4分の3に差し掛かったところで、エンジン音が耳に入ってきた。そちらを見ると居眠り運転かわからないが車が猛スピードでこちらに突っ込んできている。俺は咄嗟に走り出そうとするも足を捻ってしまい体制を崩してしまう。
(せめておじいさんだけでも!ごめんなさい!)
俺は最後の力を振り絞り、おじいさんを歩道に向けて投げ出した。エンジン音が直ぐ側まで迫り、覚悟を決めた次の瞬間。
◆
俺は真っ白な空間に立っていた。
「あれ?俺はいったい……」
格好はもとの制服のままだった。体を見回してみるが、特に傷もないようだ。しかし最期に見た光景、迫る車のフロントグリルとエンジン音ははっきりと覚えている。さっきまでのが夢なのか、今もまだ夢を見ているのか、はっきりとはわからない。試しに頬をつねってみたが、そんなものでわかるものなのだろうか。インターネットか何かで見た、明晰夢を試す方法とやらを試してみたが、特に空を飛べたりするわけでも普段できもしない行動ができるわけなかった。
「君にはすまないことをした。」
俺がいろいろ試していると背後から声がかかった。振り返るとそこにいたのは先程のおじいさんだった。もしかしたら、やはりここは死後の世界でおじいさんは結局助けられなかったのだろうか。俺の中に抑えきれない悔しさがこみ上げてきて、俺は強く拳を握りしめた。
「悔しいか、そうだろうな。しかし、君は最期まで自分の正義を貫いたんだ。それは誇っていい。迷惑をかけたお詫びに、君にもう一度人生をあげようじゃないか。君のその正義感を忘れない限り、きみはきっと英雄になれるさ……」
おじいさんに肩を叩かれたような気がした。すると俺の意識は闇の中へと落ちていった。
◆
「よくやった!エルザ!元気な男の子だぞ!」
「頑張ったわねぇ、エルザ。さ、だっこしなさいな。」
なにか眩しいが、よく見えない。周りでなにか言ってるような気がするが、よくわからない。体に力が入らない。俺はどうなったんだ?
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