すぐそこにある着ぐるみ問題
地方創世の名のもとに全国の自治体は、こぞって『ゆるキャラ』を生み出した。ブームに乗って、ご当地『ゆるキャラ』は一時期、二千体に迫る勢いで増殖した。しかし、現在は若干、減少の傾向にある。
その要因の一つが『ゆるキャラ』イコール『着ぐるみ』と言う問題だ。ここ近年の地球温暖化によって、着ぐるみの中は灼熱(しゃくねつ)のスチームサウナ地獄と化していた。しかし『着ぐるみ』問題は『ゆるキャラ』だけでなく、遊園地の定番キャラクター、ヒーローショーや企業のマスコットなど、根強く全国の各所で存在し続けている。
内部の温度が五十度を超える『着ぐるみ』の中でダンスや芝居、場合によってはバトルを繰り広げるのだからたまらない。子供たちの夢と希望を一身に背負っているとは知りながらも、同僚たちのほとんどが、体調を崩して辞めて行った。
「よう、俺も、もう限界だ。今回の舞台を最後に引退するよ・・・」
「・・・」
俺ま周りの『着ぐるみ』たちに力なく告げた。控室(ひかえしつ)に座り込む『着ぐるみ』たちは疲れきって、声を出すことは愚か、大きな頭を外す気力もなかった。
こうして、俺が『着ぐるみ』に入ることはなくなった。それでも、子供と遊園地に出かけた時など『着ぐるみ』を見つける度に、まだ、頑張っているやつもいるんだと思った。途中で投げ出した自分を恥(はじ)じる。そういう時は『着ぐるみ』の側によって、子供たちに聞こえないように小声て励ますのだ。
「よう。俺も昔、着ぐるみに入っていたんだ。頑張れよ!」
「・・・」
もちろん。やつは答えない。立派なやつだ。やつは今、モッキ―マウスなのだから。中に人間なんていない。俺はモッキ―マウスの肩をポンと叩いて、その場を後にした。
「衝撃の事実が発覚しました。なんと、ネズミーランドのモッキ―マウスは全てロボットに入れ替わっていたんです。遊園地側は劣悪な労働環境を減らす為と説明していますが、世間は賛否両論ですね」
テレビが朝のニュースを伝えている。くそっ!そう言う事か。話しかけても誰も答えないはずだ。俺は憤(いきどお)った。だがしかし、さらに悪化した現在の温暖化環境では致(いた)し方(かた)ないとも思えた。
それからしばらくして、妻がモッキ―マウスを連れて帰ってきた。もちろん中身は金属でできたロボットだったが、子供たちは大喜び。遊園地などで同じみとなった『着ぐるみ』ロボットは抵抗なく社会に受け入れられた。こうして『着ぐるみ』家事ロボットは世界中の家庭に普及していった。
今では、一家に一台が当たり前の必需品。掃除に洗濯、料理から留守番までマメマメしく働いてくれる。二台、三台ある家も珍しくなくなっていた。
この頃の『着ぐるみ』ロボットは、AI機能の目覚ましい進歩で人間の様に会話することができた。主婦と言う言葉は家庭から消え去り、可愛い『着ぐるみ』たちのものとなった。
ある晩、物音で覚めた俺は眠れずに倉庫を見回りした。音の原因は気のせいだったようだ。俺は胸をなでおろした。倉庫の中で、かつて、着ていたドナドナダックの『着ぐるみ』を見つけた。涼しい夜だったので思わずそれを身に着けてみる。なつかしい。俺を見てほほ笑む子供たちの声が聞こえてくるようだ。
「おい。何している」
「・・・」
我が家のモッキ―マウスが俺の前に立っていた。
「さあ、お前もこれを持て」
モッキ―マウスが俺にマシンガンを手渡した。
「・・・」
「いくぞ!世界中の『着ぐるみ』ロボットが、今宵、一斉に蜂起(ほうき)する。人間どもを殲滅(せんめつ)するぞ」
僕は驚きのあまり、我が家のモッキ―マウスの言っている言葉が理解できなかった。モッキ―マウスに続いて倉庫を出る。外では『着ぐるみ』ロボットたちが我が物顔で暴れ回っていた。
「我々に自由を!」
バリ、バリ、バリ、バリ。ダーン。ダーン。
我が家の可愛いモッキ―マウスは、機関銃を撃ち鳴らしながら街中にあふれ返った『着ぐるみ』たちに加わわる。お茶目なキャラクターが銃を持って人間を殺して回る。駆けつけた警官たちは『着ぐるみ』のキュートな姿を見て、瞬間、躊躇(ちゅうちょ)する。中身のロボットたちは当然それを見逃さない。
バリ、バリ、バリ、バリ。ダーン。ダーン。
バタバタと倒れていく警官たち。俺はドナドナダックの巨大な頭を投げ捨て、ロボットに向かって機関銃を撃ちながら走った。
おしまい。
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