すぐそこにあるAI失業問題

 西暦2030、コンピューターの性能アップと高速無線ネットワーク化でAIは急激な進歩を遂げていた。多くの職業がAIに取って代わられていた。


 AIが誕生したころはスーパーのレジ打ちや荷物の仕分け、工場の検品作業や会社の事務作業など、単純な労働ほど消えるだろうと予測された。しかし、事態は単純労働に留まらなかった。


 作詞や作曲、抽象画や彫刻などの芸術分野まで侵食され、多くの作家たちが失業した。弁護士や司法書士、公認会計士や税理士、医師や看護師、薬剤師など、高度な技術や知識を求められる資格系の仕事も過去のものとなりつつある。苦労して大学を卒業して、ようやく資格を取って安定した仕事につけると喜んでいた若者たちは希望を失った。


 不正や不祥事をおこさないメリットもあり、公務員の仕事は大幅にAIに置き換えられて定員が削減された。今では人間による自治体の内勤業務はまったく見ることができない。公務員も安定した仕事ではなくなっていた。


 民間の企業も大きく様変わりした。管理職のほとんどが公正な人事評価をおこなうAIに置き換わり、上司のご機嫌取りをする必要がなくなった反面、出世の道も閉ざされた。西暦2000年の前半を、新入社員として過ごした若者の末路は悲惨なものとなった。


 が、しかし、失われた職業があれば新たに生まれた職業も多い。例えば、承認前の医薬品の実験台とか。AIの投入で製薬会社の開発が加速化したからだ。副作用や薬害のリスクはあるが、気軽に大金を手に入れられる人気の仕事だ。


 スポーツ選手や歌手、俳優なども大人気だ。AIによって人間性が失われつつある現代では、生の人間が主役となる職業の需要はうなぎ上りだ。最も監督やコーチ、脚本家やプロデューサーはAIなのだが。


 同じ理由で接客業も最近は息を吹き返し始めている。一時は無機質なロボットに置き換えられたが、コミュニケーションはやはり血の通った人間同士と言うことだろう。クレーマーに負けない忍耐力があればだが。


 この時代では優秀な大学を出た人ほど仕事を失う時代なのだ。必死になって勉強したから将来は安泰なんて時代は過去も過去。遊び回って仲間を作る感性を身につけたものほど優遇された。


 高卒の僕は新しい職業を開発して大金持ちだ。仕事はとっても簡単。ほとんど寝ていてもできる。いや、実際は寝ていないとできない。僕の職業はAIに体を貸すことだ。


 ロボット技術が進歩しても人間のような動きは、そうそうできない。指を使った細かい作業や、電池切れを起こすことなく動き続けられる人間の体は超高額のロボットですら真似できなかった。


 僕はAIに体を貸すことで、ある時は優秀な外科医に。またある時は人間味のある弁護士に。笑顔で相手をその気にさせる交渉人になった。AIに体を貸している時は、僕の意識は薬によって眠っている。AIが電気的な刺激を使って、僕の体を自在に動かしている。


 ある晩、僕はベッドで目覚めた。血だらけのナイフを握りしめている。


 ん?やばい。お金をケチってウイルス対策ソフトを更新してなかった。誰かに体をハッキングされた!






おしまい。

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