第9話

 サブロ館の表玄関から入って左にある開かずの間、そこは応接室である。

 応接セットの他に多少の装飾品が飾られただけの部屋だが、他のどの部屋とも異なり、いくらか時代をさかのぼったような懐古色に彩られているのが特徴だ。

 床板や梁や柱、高い腰壁からドアに至るまで、木材の黒みがかった飴色は艶やかで、中央に配置された応接用のテーブルと苔色の天鷲絨ベルベットが張られた長椅子は、わざわざ西欧から取り寄せた代物なのだそうだ。壁際のガラス張りキャビネットに飾られた高級陶磁器やガラス工芸品、マントルピースの上部に掛けられた情景画、窓を覆うジャガード織のカーテンなど、いい塩梅で和洋折衷が交じりあっている。

 実はこの応接室、サブロ探偵事務所の設立者である権頭弥曽介の嗜好が唯一反映された部屋であるという。

 かつてはこの探偵事務所に救いを求める依頼者のために、と用意された部屋なのだが、諸々の事情から今では滅多に使われることがなく、久方ぶりに解錠してみればどこもかしこも塵と埃にまみれて空気は淀み、旧き良き時代を想わせる懐古色はいつしか寥々とした枯れ色に変貌している始末。

 ゆえに慌てて掃除と換気を施し、何とか目に映る範囲だけは体裁を取り繕ったのだが、果たして、この客の目は誤魔化せるであろうか――


「――不躾ながら、早朝の急なお呼び立てにも快く応じて下さり、感謝しております」

 佐武朗の低い声に案内されて、一人の男性が室内に歩を進める。黒い中折れ帽子を脱ぎ、品のある物腰で勧められるまま苔色の長椅子に腰を下ろした紳士は、皮肉にもこの部屋の雰囲気にピタリとあつらえたようだ。

「私が快く応じたとおっしゃいますか。ずいぶんと他人の機微にうといお方だ」

 紳士の口調に憤りはなく、どこか面白がっている感がある。佐武朗は眉根ひとつ動かさず、自身も向かい合わせに座った。

「疎いというより、持ち合わせていないのですよ。朋永さん」

 居丈高な語気にも、客人は穏やかに微笑して佐武朗を見返すのみ。そんな二人に若干の気おくれを見せながら、鴨志田が佐武朗の隣に腰を下ろす。

 偕正法律事務所の稼ぎ頭であり、不二生薬品の企業法務全般を取り仕切る朋永弁護士は、老成した面に仄かな笑みを浮かべたまま静かに言った。

「……要件を伺いましょう」


「では」と、お馴染みの革手帳を開いたのは鴨志田である。

「――では本題に入る前に、まずは我々がどこまで調べ上げたかを知っていただかなければなりません。時間が限られておりますので、単刀直入な物言いをお許しください」

 先攻を担う鴨志田は、いつになく厳しい眼差しを目の前の紳士に向けた。

「……今から十四年前、藤緒徳馬氏は、正琳堂病院の内科医であった牛久間医師に、天宮陽乃子さんの死亡診断書を捏造させましたね?」

 問われた朋永弁護士の表情は、一切の変化を見せなかった。

 シルバーグレーの頭髪に温容な印象を与えるやや面長の顔立ち。ほんのりと笑みを帯びる表情は、見る人によってはどこか人工的な仮面めいていて薄気味悪く感じるだろう。彼は否定も肯定もせず、ただ静かに「どういうことですかな」と言う。

 鴨志田は厳しい視線をゆるめることなく、手帳に目を落として口を開いた。

「――十四年前、天宮淳平さんの自宅が放火され、火事現場から救出された当時五歳の少女は最寄りの救急指定病院へ運び込まれました。しかし、意識不明の重体にもかかわらず正琳堂病院へ転院。その翌日、少女は死亡したと記録されています。ですがそれは大きな欺瞞でした。一命をとりとめたにもかかわらず死亡と偽ったのは、藤緒徳馬氏の指示ですか?」

 微笑を湛えた朋永弁護士の目は、鴨志田の顔に固定されたまま微動だにしない。

「正琳堂病院は医療法人不二生会の傘下です。不二生会の親元、不二生薬品現社長である藤緒徳馬氏の手の内といっても過言ではありません。牛久間医師はたまたまその場に居合わせたのか、あるいは意図的に選ばれたのか……いずれにしても丸め込むには打ってつけの、実に都合のよい従順な人間だったようですね。それ相応の地位と口止め料は要したでしょうが、十四年もの間、秘密を他人に漏らすことも強請ゆすってくることもなかった……――彼が飲酒運転で人身事故を起こすまでは」

 そこで鴨志田は相対する弁護士を注視する。弁護士はやはり少しの変化も見せない。

「私の顔色をうかがう必要はありませんよ。続けてください」

 朋永弁護士は笑みを深め、鴨志田の眉根が少し寄った。

「半年ほど前、飲酒運転により人身事故を起こした牛久間医師は、正琳堂病院を解雇され、医業停止処分を受けてしまいます。藤緒徳馬社長がその気になれば事故そのものを揉み消せそうな気もしますが……そうしなかったのは、何か理由でも?」

 問いかけに、わずかな間をおいて朋永は穏やかに答えた。

「ちょうどその時期、社長も私も、長期間にわたって国外へ出ていたのですよ。事故の報告を受けた時にはすでに、起訴目前でした」

「なるほど。とにかく不起訴に持ち込むのが精一杯だった……と。しかし、実刑は免れたというのに医業停止処分が下されるとは、いささか過分だと思うのですが」

「同感です」

 しれりと頷く敏腕弁護士。眉間にしわを寄せたまま黙って聞いていた佐武朗が、そこで初めて口を開いた。

「どうやら、牛久間医師の出世を快く思わぬ同僚医師の数名が医道審議会に密告し、正琳堂病院から解雇処分が出されるよう水面下で動いていたようです。政府お抱えの不二生薬品といえども、その傘下組織は一枚岩とはいかないようですな」

「牛久間医師の、為人ひととなりの問題だと思いますよ」

 弁護士は佐武朗に向けて楽し気に目を細めた。皮肉は一切通じない。佐武朗の眉間のしわがぐっと深まり、鴨志田が小さく咳払いした。

「牛久間充雄は絶望したことでしょう。これまで、たった一つの秘密を大事に抱えているだけで、金も地位も名誉も簡単に与えられていたのに、飲酒運転という愚行をしでかしたばかりに順風満帆であった彼の人生は脆くも崩れ去ってしまった……、医業停止期間を耐え忍んだとしても、解雇されてしまった病院には戻れません。たとえ他の病院に復職できたとしても、人としての信頼を失った以上、出世はおろか惨めな扱いしかされないでしょう。今まで何の苦労もせず、与えられることに慣れてしまった人間にとって、それは途轍もない苦行となります。……何とかしてくれと、泣きつかれたのではありませんか?」

「……医業停止期間が明けるまで待つようにと、再三言い渡したのですがね」

 朋永弁護士が静かに答えて、鴨志田は大きく頷き返す。

「直接本社に押しかけてくるほどですからね、よほど追い詰められていたのでしょう。……ところがです。彼は、この絶望的事態を打破するとっておきの切り札を見つけてしまいます。たまたま偶然の発見なのか、自ら動いて捜し当てたのか……もはや知る由もありませんが」

 鴨志田はその顔に悲痛な表情を浮かべた。

「天宮陽乃子さん……藤緒家の血を引く藤緒徳馬氏の実孫でありながら、十四年前に戸籍を消され、中原陽乃子と改名させられた少女です。その少女は、藤緒徳馬氏の保護のもと、どこかでひっそりと暮らしていました。おそらくこの十四年間、厳重な隠匿体制が敷かれていたのでしょう。けれど牛久間はその居場所を知ってしまった……結果、彼に脅迫されたのではないですか?」

 これには答えず、朋永は先を促すようにゆっくりと瞬く。

 鴨志田は一度手帳を閉じて、朋永弁護士を見据えた。

「これはあくまでも私の推測ですが……牛久間充雄という男、もともと凡庸で小胆な人間だったのではないでしょうか。人並みに立身出世を夢見ながらも、悪事に手を染めてまで上りつめる野心はなく、逆に悪事を真っ向から糾弾する正義もない……どこにでもいる小心者だったのだと思いますよ。だからこそ、恵まれた生活から放り出されることに恐怖を抱いてしまったのだと思うんです。彼はただただ、藁をも掴む思いで、陽乃子さんの素性を暴露されたくなければ、どうにかしてもとの正琳堂病院に復職させてくれ、もとの役職に戻してくれ、藤緒社長ならそれができるはずだ――そう、懇願したのではないでしょうか」

 弁護士は、静かに目を伏せた。

「彼は……亡くなったと聞きました」

「はい。貴方の仰る通り、医業停止期間が明けるまで大人しくしていれば良かったんです。貴方がたのことですから、その後の処遇も決して悪いようにはしないつもりだったのでしょう。ですが彼は焦るあまり、彼自身が葬られる道に足を踏み入れてしまった……、――貴方がたにとっても想定外のことだったのではないでしょうか――牛久間は、藤緒貴祐副社長と接触してしまいます。そして牛久間から事情を聞き出した副社長は、天宮陽乃子さんの生存を知ってしまったんです」

 鴨志田はそこで言葉を切った。朋永を鋭く注視する佐武朗。

 シャンデリアの柔らかな色光の下で、黙する老獪な弁護士は何を想うのか。

 しばしのあと、鴨志田が小さく息を吐いてゆるゆると首を振った。

「……牛久間と貴祐氏の間で、どのようなやり取りが行われたのかはわかりません。おそらく、貴祐氏は父親の孫……すなわち、自身の姪にあたる少女が存在していることを知り、その少女を自分のもとに連れてくるよう、牛久間に命じたのだと思います。連れて来れば、父である藤緒社長に代わり、私が君を正琳堂病院に復職させてあげよう……とでも持ち掛けたのではないでしょうか。当然、牛久間は何が何でも従うはずです」

 言いながら、鴨志田は再び手帳を開いて紙面を指でなぞった。

「果たして、牛久間充雄は陽乃子さんを連れ出すことに成功しました。奇しくも陽乃子さんの卒業式の日です。そして、不二生薬品本社のあるこの街に入ってきた矢先、ドラッグ常用者による暴走車事故に巻き込まれてしまった」

 少し声を落とした鴨志田は、ハの字眉のまま顔を上げる。

「当時、現場は大混乱だったそうです。牛久間も軽傷を負ったようですね。ほんのわずかな時間、騒動に気を取られ目を離した隙に陽乃子さんは忽然と消えてしまいます。彼は必死で捜したことでしょう。一方で、陽乃子さんが何者かに連れ去られたと報告を受けた貴方がたも、すぐに陽乃子さんの捜索に当たります。藤緒社長は秘密裏に動かせる優秀な配下をお持ちだと察しますが……それとも、偕正法律事務所のシニアパートナーである貴方の部下でしょうか?」

「どちらも、優秀ですよ」

「でしょうね。貴方がたはすぐに陽乃子さんを発見しました。けれど、彼女の傍らには居てほしくない人物がいた……十四年前、貴方がたが放火殺人罪の濡れ衣を着せた、天宮晃平さんです」

 鴨志田はそこで、天宮晃平が昌華学園女子高等科で陽乃子を発見したところから、彼女を連れ出した牛久間を追ってこの街にやって来たところまでをかいつまんで説明した。

 黙って聞いていた弁護士は小さな声で「因果なものですね」と発するも、その眼はどこか遠くを見るように空で止まっている。


「天宮晃平さんが陽乃子さんの生存を知ってしまったことは厄介です。十四年前の天宮家放火殺人の容疑者に仕立て上げられた彼にとって、陽乃子さんは真相を解き明かす重要な鍵なんです。いつ何時、彼女を突破口として真実に辿りついてしまうかわかりません。そしてもし、その真実が世間に明かされてしまったら……警察はどうにかなるとしても、近年は画像や情報が光の速さで拡散される時代ですからね。マスコミに嗅ぎつかれでもすれば大騒ぎになります」

 鴨志田は革の手帳のページをめくった。

「加えて不二生薬品は近々、とある海外の製薬会社と重要な交渉が控えており、陽乃子さんの新たな秘匿場所を確保する時間的余裕がなかった。急ごしらえの場を設けても、牛久間はさて置き、副社長の目を誤魔化すのは容易ではありません。一時も早く天宮晃平を納得させたうえで陽乃子さんから引き離し、彼女を安全かつ緘口可能な場所へ保護しなければならない……切羽詰まった貴方がたは、我々サブロ探偵事務所に目をつけたんです」

 そこで鴨志田は、隣の佐武朗へ引き継ぐように頷いて見せた。無遠慮に腕を組み、長椅子に深く身を預けていた佐武朗は、泰然と身を起こして朋永弁護士を見据える。

「実のところ貴方はかなり以前から、うちの事務所に関心を抱かれていたようですな。日頃から調査員には、派手な振舞いは控えるようにと言い聞かせているのですが、自己主張だけは一丁前の青二才ばかりでして」

 胸の内ポケットから煙草の箱を出して、「吸っても?」と問う。朋永弁護士はどうぞと身振りで示して微笑んだ。

「ご謙遜を。私のアソシエイトに欲しいくらいです」

「六法全書を踏み台や枕に使うような奴らですよ」

 鴨志田がマントルピースの上から、鮮やかに彩色された陶器の灰皿を持ってくると、佐武朗はハイブランドのロゴが刻まれたライターで煙草に火を点ける。顔を背けて大きく紫煙を吐き出したあと、弁護士に対して射るような視線を向けた。

「貴方は、『スズヒサ時計』の一人息子が秘密裏にうちへ預けられていることを知っていた。あの笠藤が血眼になって捜しても居場所が判明しなかったほどです。一時的に、一人の少女を秘匿するにはうってつけの場所だとお考えになった。うちの顧客層が他と少々異なっているところも決め手の一つだったのでしょう。金さえ積めば犯罪に関わる依頼でも受けてもらえる、とでも? 残念ながら大きな認識違いです」

 弁護士は笑みを湛えたまま、静かに佐武朗を見返す。

「私は、自分の認識が誤っていたとは思いません。現に貴方は引き受けて下さった」

「まさか所在調査を依頼された少女が、故意に戸籍を消された人物だとは知らなかったものでね。それからまさかその少女が、であることも、です」

 不機嫌さを剥き出しにした佐武朗が言う。

 彼が身内以外の人間にここまで感情をあらわにすることは珍しい。これまでの経緯でよっぽど腹に据えかねているのか、あるいは。

「まさかまさかの連続ですよ。私は生来、偶然を邪推し奇跡をあざけ性質たちでしてね。まったく今回の件については未だに理解がついていきません。――まさか、貴方の計画が始動する直前に、たまたま偶然、うちの調査員と天宮陽乃子が接触してしまうとはね」

 苛立たし気に紫煙を吐き出して、佐武朗は煙草を灰皿で押しつぶす。

「あの娘には監視をつけてあったのでしょう。監視者から報告を受けた貴方はさぞや驚いたのではありませんか? たまたまぶつかってしまったという二人組が、これから利用しようと目論んでいたサブロ探偵事務所の調査員だったのですから」

 佐武朗は二本目を抜き出して遠慮なく火を点けた。

「それでも貴方は偶然を好機ととらえました。想定外の鉢合わせではあるが、今後計画を円滑に進める潤滑剤になるのではないか、くらいのお気持ちだったのでしょう。早速の翌日、計画通りに私を呼び出し、“中原陽乃子” の所在調査を依頼した。――ずいぶん回りくどいやり方を選ばれましたな。なぜここで所在調査と偽り、わざわざ我々に彼女を捜させようとしたのですか?」

 くゆる紫煙越しに鋭い視線が老弁護士を捕える。朋永は目を細めた。

「人は存外、成り行きというものに逆らえない生き物ですから」

 グッと眉根を寄せた佐武朗の横で、鴨志田が「たしかに」と考え込む。

「たしかに……直接、この少女をしばらく預かってくれという依頼なら、所長は十中八九、探偵の仕事にあらずと断りますよね……けれど、先んじて陽乃子さんの身柄をうちに確保させたうえで、そのまましばらく預かってくれと半ば強引に押し付ける……実際は少し異なった経緯を辿りましたが、結果的に陽乃子さんは成り行きという自然な流れでうちに預けられることとなりました……所長の性格からして “急がば回れ” は実に確実で有効な戦略だと――」

 ぎろりと睨む上司に鴨志田は慌てて口を噤み、何度か咳払いをした。

 佐武朗は灰皿の上で大きく灰を弾く。

「――それで? あの日すぐに私は貴方へ連絡しました。お捜しの対象者がうちの事務所内で体調不良を引き起こし、最寄りの診療所で診察を受けています、とね。その時も貴方はまったく動揺の気配がありませんでしたが、それも想定内だったのですか?」

 朋永は笑んだまま、いいえと否定した。

「それこそ “まさか” です。ただ、張っていた者から尾行は失敗したと連絡を受けた時に、と、思ったのですよ」

 すべてが、朋永弁護士……ひいては藤緒徳馬社長の思う通りに転がっていった様相だ。佐武朗はそれが面白くない。

 ついには只ならぬ怒気を漂わせ始めた上司に代わり、鴨志田が口を開いた。

「陽乃子さんの身柄の一時秘匿に成功した貴方は、その一方で、陽乃子さんを捜している牛久間充雄の対処にも余念がなかった。貴方は天宮晃平さんを利用しました。朋永さん……貴方ご自身が晃平さんに直接会って話をしていますよね」

「彼はここへ?」

「はい。多くの重要な証言をしていただきました」


 陽乃子とはぐれた晃平の前に現れたという “ある男” ――仕立ての良いスーツに中折れ帽子を被ったその初老の男性は、朋永弁護士であった。

「天宮晃平さんですね」と声をかけられた時、晃平はとっさに警察関係者、あるいは藤緒の関係者を疑い逃げようとしたのだが、男は「逃げることはありません、私は貴方の味方です」と言って引き止めたそうだ。

 ――「天宮陽乃子さんの身柄は安全な場所に確保しています。警察に知れることはありません。しかしながら、彼女の身に危険が迫っている現状は否めません。そこで、貴方に協力してほしいことがあります。ひいてはそれが貴方の無実を証明し、十四年前の真実を明かすことにつながるかもしれません」

 陽乃子のことを “天宮陽乃子” と呼び、 “十四年前” と発したこの男は、晃平の知らない何かを知っていると見て間違いない。それでも警戒する晃平を、男は「こちらへ」と先導し、連れて行かれたのは伍番街の裏路地にある小さなバー。そこで男は厚みのある封筒を晃平に手渡し「貴方にご協力願いたいことは、牛久間充雄の尾行と監視です」と言った。封筒の中には決して少なくない金額の札束と新しい携帯端末。金は調査費用として好きなように使って構わない、必要があれば必要なだけ追加する、と言い、調査の報告は携帯端末に入っている “田中” の番号へショートメールを送ってほしい、と言った。

 男は名乗らず、陽乃子の居場所も教えてはくれなかった。晃平の警戒を解くにはあまりにも乏しい条件である。

 しかし、結果として晃平は彼に従うしかなかった。断れば陽乃子との繋がりは完全に断たれ、二度と会うことは叶わないだろう。それはつまり、晃平の身の潔白を証明する道が断たれることを意味する。静かに穏やかに話を進める謎の男は、晃平が断れない状況にあることを十分知っていたのだ。


「疑心暗鬼を抱えたまま、晃平さんは貴方の指示に従うことにしました。十四年前の真実を明かすことは晃平さんの悲願でしたからね。けれど皮肉にもそれが、晃平さんをおとしめる足掛かりとなってしまったんです」

 鴨志田は手帳をめくって紙面を指先でなぞった。

「陽乃子さんが事故現場から忽然と消えたあと、牛久間は毎日のように壱番街周辺を訪れ、陽乃子さんの行方を捜していたようです。そんな彼の尾行と監視を数週間ほど続けていたある日、晃平さんは牛久間が死亡したことを知ります。驚いた晃平さんはすぐに携帯端末の “田中氏” へ連絡を入れますが、彼からは、次の指示までそのまま待機、と送られてきたのみ。晃平さんは落ち着かないまま待つしかありませんでした。しかし数日後、当初、拳銃自殺とみられていた牛久間の死因が他殺だと断定され、あろうことか自分が容疑者として挙げられていた……牛久間を尾行していた姿が防犯カメラに映っていたという理由だけで。その時点ですでに “田中氏” から渡された携帯端末はどこにもつながらなくなっており……晃平さんの絶望は計り知れません」

 鴨志田は悲し気な目で朋永弁護士を見据える。

「牛久間充雄を殺害したのは……

 黙ったままの弁護士。鴨志田は重く息を吐く。

「もちろん、副社長が直接手を下したとは言いませんが」

「……牛久間医師が殺害された理由は、何だとお考えですか」

 ふと思いついたように、朋永弁護士が問うた。それに答えたのは佐武朗だ。

です」

 容赦ない声音で言い放ち、佐武朗は灰皿に吸殻を押しつぶした。

「牛久間は、毎日毎日愚直に陽乃子さんを捜していたようです。けれど、ひと月経っても見つけることができなかった……彼を尾行し監視していた天宮晃平氏によると、素人以下とも言える下手な捜し方だったそうですよ。一方で副社長は、直属の配下の者――専属運転手兼SPの者にも陽乃子さん探索を命じていました。しかし彼らも捕らえることができず、副社長は相当苛立っておられたでしょう。そんな時、副社長はと出会います。探偵事務所を営んでいるというその男は――私もよく知る男なのですが――、、報酬金額次第でどんな依頼でも引き受ける、極めて狡猾で打算的な男です。もしかしたら副社長は、己とどこか共通したその男の暗層部分に惹かれたのかもしれません。使えない牛久間よりその男に任せた方が得策だと考えた副社長は、牛久間を見限り、その探偵に依頼することにしたのでしょう。牛久間は不要になったんです」

 弁護士はただ静かに「なるほど」と頷いた。

「否定なさらないんですか」

「ありそうなことです」

 微笑したまま朋永は言う。佐武朗は苛立たしそうに三本目を引き抜いた。

「牛久間殺害の容疑は天宮晃平氏にかかりました。貴方はいずれ牛久間が殺害されることを想定していた。だから彼に牛久間を尾行させた――十四年前と同じく濡れ衣を着せるために」

 答えぬ弁護士。鴨志田が焦れたように声を張り上げる。

「また、貴祐氏を庇うのですか? 十四年前のように」

 鴨志田の握った拳が我慢ならぬように震えている。

「貴祐氏は十四年前、天宮淳平さんをひき逃げしましたね。そして天宮家を放火したのも彼です。貴方がたは、彼の犯行を知りながらその罪を隠蔽したんです。仮にも弁護士である貴方がなぜそんなことを……不二生薬品の体裁に関わるからですか。を何が何でも隠したかったからですか」

 語気強く断じる鴨志田に、朋永弁護士の表情がほんのわずか動いた。こちらに向けた顔からは、いつの間にか笑みが消えている。

 鴨志田は胸内から携帯端末を取り出した。

「私は昨日、『桂風苑』という老人養護施設にお伺いしてきました。藤緒徳馬社長の奥様である藤緒加惠さんが入居しておられる、不二生会傘下の介護医療施設です」

 指先で画面を操作し、テーブルの上へ置いた。

「奥様は重度の認知症を患っておられるそうですね。昨日お伺いしてご挨拶したのですが、心ここにあらずといった風でお話することもできませんでした。そこで、加惠さんを担当している介護士の方にお話を伺ったんです。加惠さんが桂風苑に入所したのは八年前、それ以前からずいぶん鬱病に悩まされていたそうですね。入所後、ご主人は月に数度必ず面会にいらっしゃるようですが、それに反し、息子の貴祐氏はまったく顔を見せないとか。そんな話を、車椅子に座った奥様の傍でしていたんですが……」 

 鴨志田が端末画面をタップすると、くぐもった音声が流れてくる。――と、突然、

『――魔女だわっ! ああぁ……汚らわしい……! あの女……魔女っ!』

 老いた女性の金切り声。重ねて別の女性の声。

『加惠さん? どうしたの加惠さん――、落ち着いて……!』

『あの女が来るわ……おぉ貴祐……貴祐……可哀そうに……魔女に……あの女にりつかれ……』

『加惠さん、この方は違いますよ、加惠さん……っ、……すみません、今日はもうお引き取り下さい……加惠さん……っ』

 鴨志田は音声を切った。

「それまで、私の存在を認識しているのかどうかも疑わしかった奥様が、貴祐氏の話になった途端、突然発作を起こしたように取り乱したんです。私のことを貴祐氏と思い違いされたのでしょうか、私を見て『可哀そうに』と繰り返しておられました。加惠さんは昔から一人息子である貴祐氏をひどく溺愛していたそうです。なのに貴祐氏は一度も面会に来ず……介護士の方もその辺りの事情は分からない、と仰っていました」

 朋永を見据えたまま、鴨志田は端末を胸元にしまう。

 紫煙を吐き出した佐武朗が「私からも一つ」と言って、灰を弾いた。

「正琳堂病院には、業務提携している特定の葬儀社がありますね」

 弁護士は佐武朗に視線を移して、わずかに首を傾げる。

「業務提携とは少し違いますね。単なる仲介です。どの病院でも、お身内を亡くされて途方に暮れるご遺族のために、一つや二つ紹介できる葬儀社は持っているものです」

「その葬儀社を調べさせていただきました。十四年前、火葬炉のトラブルとか何とかで、火葬を一日遅らせた遺体があったのですが、ご存知ですか? 乳がんで亡くなった二十代後半の女性です」

「……それが、何か」

「その火葬は、のですよ。その意味を、今ここで詳しく説明した方がいいですかな」

 佐武朗も、鋭く弁護士を見据える。

 目の前の二人から糾弾の眼差しを受けて、無表情だった弁護士はニコリと笑った。人の好い老紳士にしか見えないところがかえってそら恐ろしく感じる。

「なるほど……この短期間でよく調べ上げましたね。さすがです。サブロ探偵事務所の調査員は実に優秀ですな」

「褒めていただくには及びません。所詮、うちの調査員も私も、貴方の手の平の上で踊る駒に過ぎなかったわけですから」

 吸いつけた煙草を灰皿の上で揉み消し、佐武朗は紫煙を吐き出しながら朋永弁護士を見据えた。

「藤緒社長と貴方は、重大な犯罪を揉み消したばかりでなく、罪のない人間の人生を狂わせました。あまりにも独善的な暴挙だと言わざるを得ません。天宮陽乃子の存在を消したのは、これ以上貴祐氏に罪を犯させないためですか。そうまでして、不二生薬品の次期社長を守りたかったのですか」

 問われて、笑んだままの朋永弁護士はおもむろにゆっくりと立ち上がった。

 何も答えぬまま、彼はゆったりとした足取りで壁際のガラス張りキャビネットに向かい、少し腰をかがめていくつか飾ってある焼き物やガラス細工を興味深げに眺める。

「これはまた、素晴らしい品ばかりですな。目にするものが上質であるほど、人の感性は豊かになると聞きます」

 目を細めて一つ一つの工芸品を鑑賞しながら、朋永は穏やかに語る。

「社長は彼女に出来る限りのものをお与えになりました。住まいも教育も、陽乃子さんに必要なものはすべて、より上質なものを。この先もずっと与え続けるおつもりでした。おそらく社長なりに責任を感じていらっしゃったのでしょう。しかし、状況は得てして変わるものです」

 顔を上げて振り向き、朋永弁護士は言う。

「変わらないのは、藤緒家あっての不二生薬品であり、不二生薬品あっての社長だという事実のみ。藤緒家をおいて他を優先させることは、社長の立場からして本末転倒なのですよ」

「藤緒家のために、陽乃子さんがどうなってもいいと仰られるのですか」

「何者も、不二生薬品と藤緒家の連環を断ち切ることはできません」


 ――と、激しい音を立てて勢いよく応接室のドアが開いた。

「――ふざけんじゃないよっ!」

 怒号とともになだれ込んできたのはタマコ。

「ママさんっ……ダメだよ!」

 すぐあとに亮が慌てて駆け込んでくる。

 慌てて腰を浮かした鴨志田の隣で、佐武朗が苦虫を噛みつぶしたような顔になった。

 しかしタマコは――むくんだ顔にいつも以上の厚化粧を施したタマコは、佐武朗たちには目もくれず、真っ向弁護士に向かって怒鳴り散らした。

「すべてを与えただって? 冗談じゃない! あんたらはあの子から奪っただけだ! ナンにも与えちゃいない!」

 背後から亮と鴨志田に抑えられて、タマコは唾を飛ばして叫ぶ。

「あの子がいい暮らしをしていたのはすぐにわかったさ。けど、ホントにあの子は幸せだったのかい? 親を亡くしたあの子のそばにいて、あの子を抱きしめてやる手はあったのかい? 豊かな暮らしだけを与えて、あの子を独りぼっちにしていたんじゃないのかいっ?」

 朋永は黙って、タマコを見つめている。

「だからあの子は笑いも泣きもしない、人形みたいな子になっちまったんじゃないのかいっ? それがどんなに罪作りなことか、あんたらにはわからないのかいっ?」

 猛り狂うタマコを抑えている亮が、珍しく厳しい顔で朋永に向く。

「僭越ながら、僕からも言わせていただきます。陽乃子ちゃんはここへ来た時、肋骨を骨折していました。骨にズレがなく内臓を傷つけることもなかったので大事には至りませんでしたが、痛みは相当にあったはずです。けれどあの子は痛いと訴えなかった……痛みを痛いと口に出せないことは非常に危険なことなんです。そういう環境で、暮らしてきたからなのではないですか?」

 老紳士は微笑を浮かべたまま「さて」と首を傾げる。

「私は、藤緒社長のご意向に従ったまでです。それが私の役目なのですよ」

「法に触れても……いえ、人の尊厳を奪ってでもですか」

「そう、とっていただいて構いません」

「あんた……っ!」

 再び咆哮を上げるタマコを亮と鴨志田が抑えて、佐武朗が「やめろ」と低声で止めた。

 佐武朗も長椅子から立ち上がり、キャビネットの前に立つ朋永弁護士に、おかけくださいと身振りで示す。

「ご存じの通り、我々も常に法を遵守しているわけではありませんからね。貴方を責めるつもりでここへお呼びしたのではありません。前置きが長くなりましたが、ここからが本題です。この際、法も倫理も無視した上で、貴方と取引がしたい」

「取引」

 小さく呟いた弁護士は、再び戻って長椅子に腰かけた。

 佐武朗も倣って腰を下ろし、軽く前傾姿勢となる。

「こちらの要求は二つ。一つ目は、二十年ほど前、中原真梨子が住んでいた物件の住所を教えていただきたい。そこに天宮陽乃子が囚われていると我々は踏んでおります。貴方ならご存じのはずだ」

 そう言って佐武朗は、とある山間部にある避暑地の町名を上げた。朋永の顔は再び無表情となっている。

「天宮晃平氏の証言から、中原真梨子が結婚前に暮らしていたと思われる町です。詳しい住所まではどう調べてもわかりませんでしたが、その町へ降りる最寄りのインターチェンジに設置された監視カメラで、の通過を確認しました。です」

「……陽乃子さんを連れ去ったあの日、副社長の車はちょうど車検に出していたため使えなかった……だから彼らは――名はたしか宇辺野と牟田、でしたか――社用車を使ったのでしょう」

 鴨志田が補足すると、朋永はゆるゆると首を振って深く息を吐いた。

「副社長は社長の推薦者を退け、ご自分で専属の運転手を選ばれました。いい人選だったとは言えませんね。……二つ目を伺いましょう」

「副社長は社長より一足早く、米国を発ったとの情報を手に入れました。すでに日本へ到着し、天宮陽乃子に接触していると考えられます」

 佐武朗は手の指を組んで朋永を見据えた。

「貴方の力で、彼を一時的に本社へ呼び戻していただきたい。いわゆる、時間稼ぎです」

「その間に、こちらの調査員がたが陽乃子さんを救出するという算段ですか。……なかなかの難題ですな」

 と、少し考え込んだ弁護士は、

「先ほど取引と仰いましたね。私がそちらの要望に応じた場合、そちらは何を提示されますかな」

 穏和そうな双眸が抜け目なく光る。佐武朗は動じた風も見せずそれに答えた。

「一つ目。貴方がたの犯罪を見なかったことにします」

「所長! それは――、」

 思わず鴨志田が声を上げるが、佐武朗は片手を上げてそれを制した。

「副社長の殺人罪と死体損壊罪、未成年略取誘拐罪、そして、藤緒社長と貴方の文書偽造教唆罪、偽証罪、犯人蔵匿および証拠隠滅罪……他にもあるかもしれませんが、それら一切に関して、我々は三猿となることをお約束します。それから」

 佐武朗はほんの一瞬だけ、タマコの方へ視線を向けた。

「二つ目。これは天宮陽乃子が無事に救出されることが大前提、かつ貴方がたが望むならば、ですが……彼女の身柄を当分の間、こちらでお預かりしましょう」

「――サブちゃん……!」

 叫んだタマコの声は歓喜のものだ。亮がなだめるようにタマコの背を叩く。

「貴方がたにとっても、悪くない条件だと思いますよ。本当の意味で、と、私は思いますがね」

 佐武朗は眉間のしわを一層深くして、真っ直ぐ朋永弁護士を見つめた。

「正直に申し上げます。この交渉が、我々にとって “最後の手段” なのですよ。職業柄、警察にも多少のコネがあるのですが、そちらは完全に失敗でしてね。十四年前のひき逃げ事件、放火事件について、当時の捜査記録を手に入れることができませんでした。なぜなら、そもそもからです。貴祐氏の犯行を立証し、それを取引の材料として使うつもりでしたがその手は完全に断たれました。ゆえに我々は、貴方に直談判するしか、もはや手立てがないということです。これが失敗に終われば、我々に天宮陽乃子を救いだす手段は残されておりません」

 そう言って、佐武朗は自身の腕時計に目を落とした。

「そろそろ、うちの調査員が例のインターチェンジに到着する頃です。それまでにその先の道筋を示してやらなければなりません。藤緒社長に確認する時間はありません。ここは貴方の独断で決めていただきたい」

 そうして、息詰まるような沈黙が訪れた。

 誰も何も言わず、食い入るように朋永弁護士を見据える。

 ――と、老弁護士の口から微かな吐息が漏れて、彼は再び微笑んだ。

「やはり、私の採択に誤りはなかったようです」

 目を上げた弁護士の顔に、負の感情は一つも見られなかった。

「――わかりました。取引に応じましょう」



  * * *



 車内の上部モニターでは、朋永弁護士が一軒の住所を告げている。助手席の信孝が嬉々としてパソコンを操作した。

「けっこう山奥だね。到着予定時刻は約四十五分後」

「よっしゃ、三十分で行ってやる」

 柾紀が豪語し、車は高速道路の本線を離れて大きくカーブする分流車線に入った。

 まさにジャストタイミング、 “落としの神” と “人を喰う鬼” は、最後の手段を成功させたのである。モニターの中の朋永弁護士は、ご丁寧に藤緒貴祐のプライベート用携帯端末番号まで教えているではないか。

 信孝が勢い込んでパソコンのキーボードに打ち込み始めた。

「でも、ママが出てくるなんてビックリ。アタシ、ちょっと感動したわ」

 リリコがグスと鼻を啜っている。前から柾紀が野太い声を上げた。

「応接室のモニタリング方法、ママさんに教えたのか」

「俺が亮に教えた」

 幸夜が返すと「なるほど」と返ってくる。

 天宮晃平は難しい顔でモニターを凝視していた。自分を罠にめた男の正体を知ってずいぶん衝撃を受けていたようだが、同時に不可解さも増したのだろう。

 ちなみに幸夜が抱いた老弁護士の印象は、胡散臭いどころの話ではない。あれは、得体の知れない怪物だ。

「GPS反応、出たよ! ドンピシャ、犯人は目的地にいる!」

 ノートパソコンを乱打していた信孝が叫んだ。一般道に下りて信号待ち。柾紀が隣に座る信孝のパソコンを覗き込む。

「そのうち動くぞ。すれ違うかもな」

「ヒノちゃんを連れて行かないかしら」

「ないな、たぶん」

 気怠く答えた幸夜を、リリコと天宮晃平が同時に振り返った。


 ――『藤緒貴祐を本社へ呼び戻す。その隙を狙って天宮陽乃子を連れ出せ』

 佐武朗はそう言った。一時的に離れるだけなら、藤緒貴祐は陽乃子を連れ出さないと踏んだからだ。その点は幸夜も同意見である。

 今やパズルの全体像ははっきりと目に浮かんでいた。藤緒貴祐の禍々しい狂気もおぞましい目的も想像がつく。なぜ、辺鄙な山奥に陽乃子を監禁しているのかも。

 しかし幸夜は、簡単に陽乃子を奪還できるとは思っていなかった。

 藤緒貴祐には二名の護衛がいる。それはおそらく、牛久間充雄を拳銃で殺害した輩だ。藤緒貴祐が本社へ戻るとしても、護衛の一人は監視のために置いていくはずで、陽乃子を救いだすには、拳銃持ちの監視者と対峙しなければならない。

 強大な権力に守られているというおごりを持つ人間は、人を殺すことに躊躇しないものだ。


 モニターの画像が切れた。佐武朗か鴨志田が、応接室のマントルピースに設置された隠しカメラの電源を切ったのだろう。

 救出作戦の算段をあれやこれやと論じている三人。険しい顔で考え込んでいる天宮晃平。幸夜の目はぼんやりと、山間の県道沿いにコンビニエンスストアを捜す。

 ポツと水滴が窓を叩いた。見る見るうちに雨足は強くなり、山林の集落は灰白く煙る。まるでこの土地一帯が、幸夜たち一行の来訪を拒絶しているようだ。

 幸夜は小さく息を吐いて目を閉じた。

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