雨、チョコ、キューピットを騙った天使

浮立 つばめ

出会い

 ふと空を見上げる。それが今にも降り出しそうな雨雲のかかった夕方のものだと、マリのことを思い出す。

 最後に僕がマリにかけた言葉は「また帰ってきてくれ、マリ」であったし、マリは今の今までそれに応えてくれていない。その言葉を聞いたマリは「ごめんね」という口の動きを見せた後に、「じゃあね」とだけ喋って行った。

 流れる月日というのはあっという間であり、マリが僕といてくれた時間に対してマリと別れた日から現在までの方がとても長い。それなのに、マリといた時間の方が長く、振り返るとまるでそのときだけ時間がゆっくりと流れていたかのように感じる。

 今の僕には結局何もできず、今日も思わずチョコレートを買って帰路に着く。


 あのときの僕もどんよりした空を見ていた。


 帰り道、駅から自宅へと帰る途中、駅の屋根がなくなっていたところで、商店街のアーケードの手前を通っているときだった。頭に雨粒が落ちた感触がしたので空を見上げた。傘を持っていないので雨が降ると困るな、と思った。見上げた空は厚い雲に覆われていて今にも強く雨が降り出しそうであった。

「おっと」

 僕は空を見上げたまま歩いたせいで人にぶつかり、そこから声が上がった。反射的に軽く頭を下げすぐに謝る。

「すみません」

「あ、大丈夫……じゃない。見失っちゃった。ああもう、どうしてくれるんですか」

 とぶつかった女性に怒られる。背丈は少し低く、少しやせていて、そして少し童顔で、不機嫌な顔は少女のような表情。

「ごめんなさい、よそ見してて」

「もう、仕事にならなかったじゃない。はあ、明日また、ここに来るしかないわね」

 彼女はそう言って困った表情を浮かべていた。

「本当に邪魔してすみません」

「悪いと思っているなら明日この場所にこの時間の30分前にゴディバのチョコレート、持ってきてくれる。私のお気に入りなの」

「あ、はい」

「じゃあ、ほかにやることもあるから私は行くね。よろしく」

 と言って去ってしまったのだった。少し偉そうな態度に対し幼く見えるその女性は、ダークブラウンの肩までかかった髪を翻し去って行った。

 仕事だとか言っていたがスーツではなく、かなりカジュアルな格好をしていたのだったから、本当に仕事なのかなと思う。しかしスーツや作業着でなくともできる仕事などいくらでもあるし、そもそもその女性はかなり困っているように見えた。

 無視してもよかったのだけれど、僕はもう一度電車に乗って街に出ることにする。


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