第15話 エンプーサ


「いや~今日は楽しかったケロ~。また皆で遊びに来てもいいケロ?」

「勿論だよ、いつでも来てくださいな」

「ガハハ、そんな事言ったら明日もきちゃうわよ、ガハハハ」

「ははは、じゃあ、また食材を買い込んでおきますね」


ヴォジャノーイ君とルサールカさんはニコニコ笑顔で川に帰っていった。

人間も妖精も関係なく、やっぱり笑顔っていいなぁ。

僕は人間の友達が少ないけど、妖精さんたちの笑顔にいつも癒され、そして慰められている。

彼らの屈託のない、素直な笑顔を曇らせることが無いような生活を心がけようと強く思う。


さて、みんなウトウトしだしたから寝る準備でもしようかな。

あ、スプリガン君。悪いんだけど、ゲームはヘッドホンを付けてやってね。


「あ、あの…ユー君…!ちょっとええかな?」


僕の服の袖を誰かが引っ張る。

この声はエンプーサさんかな?


「ん?どうしたんだい?」

「あんな…ウチ、実は今日、お夜食作ってきてんけど…」


彼女の名前はエンプーサさん。夢魔で妖精とはちょっと違う存在なのだが、僕にとっては妖精さんとそう変わらない存在だ。

ギリシャ神話に登場するサキュバスの一種で、その名前はメスのカマキリを意味するらしい。

姿を自在に変えることが出来るそうで、今は蝙蝠の翼をした女性の姿になっている。

淡い水色のワンピースを着ており、その上にカーディガンを羽織っている。翼はどうやって服から出しているのだろうか。

前髪が眉毛のすぐ下くらいで切りそろえられており、眼鏡をしている。

本来なら男性を誘惑して交わった後に食い殺してしまったりする恐ろしい子なんだそうだ。


でも彼女は…


「あ…あのな、メロウ君がおるから家で魚が食べれへんって言ってたやんか?だから、ウチな、カレイの煮つけってやつ、作ってみたんやけど…」

「うわぁ、本当?嬉しいな!僕、魚料理が好きなんだ」

「食べてくれるん?…ウチ、嬉しいわぁ。また何かリクエストあったら言うてや。ウチ、ユー君の為に頑張って作るから」


男性と交わった事が無いらしく、しかも非常に照れ屋さんだ。今も顔が真っ赤になっている。

男性経験が無いからってバカにされ続けていたところ、ヨーロッパ旅行中の僕を見つけてくっついて来たそうだ。


「ウチな、ほんまに嬉しかってん。経験が無い事を馬鹿にするどころか、自分を大事にしてきたって証拠やろ?ってユー君が言ってくれた事」


家で初めてエンプーサさんに出会ったとき、彼女は不安そうな、そして怯えた顔をしていた。

だから理由を聞いて、励ましたんだ。

…僕が、そういう…アレの経験が無いから親近感がわいた、とかそういう事ではない。

うん、決して違う。違うはずだ。


それ以来、夜になると起きて来て僕の為に夜食を作ったりしてくれる。

最初は料理が出来なかったけど、レッドキャップ君に弟子入りして最近ではその腕前が上達してきた。

お魚料理に関してはレッドキャップ君と同じくらいの腕前ではないだろうか。

あと夜食で魚料理を出してくれるのは素直にうれしい。


「そうそう、ユー君。この前貸してくれた本な、めっちゃ良かったわぁ。ウチもああいう恋がしてみたいなぁ」


この前、何となく恋愛小説を貸してみたらそれにドはまりしてしまったらしい。

新刊をネット注文で頼んだり、別の本を探したりしているみたいだ。


その本の影響か、最近ではよく僕の事を熱っぽい瞳で見てくる。

気持ちは嬉しいのだが…


「エンプーサさん、また変身が解けてるよ?」

「あ!いややわ、ウチったらもう…恥ずかしいやん…」


どうも僕の前で気を緩めると変身が解けてしまうらしく、本来の姿になってしまうらしい。

片方の足が青銅で出来ており、もう片方の足がロバの足というキメラみたいな姿だ。


どんな姿だろうと僕は気にしないのに、エンプーサさんはどうやらこの足を見られるのが嫌みたいですぐに隠れてしまう。


「うぅ…恥ずかしい。嫌やわぁ…せっかく今日こそはって思っとったのに…」

「あはは、恥ずかしがらなくてもいいのに。僕はエンプーサさんがどんな姿でも気にしないよ」

「そう言ってくれるのは嬉しいねんけどな?やっぱりほら…ちょっとでも良く見られたいやんか…」

「そういうものかな?」

「そういうもんなんやで。ユー君は優しいけど、もっと乙女心を感じ取って欲しいわぁ」


う~ん、難しいなぁ。

乙女心ほど、難解で複雑なものは無いと思う。本気で。


「乙女心を知る為にやな…ウチと一緒に、れ、れ、恋愛のべ、べ、勉強をやな…」


あ、エンプーサさん…鼻血が。


「……もう嫌や~見んといてぇ~!!」


あ~…エンプーサさん、走って逃げて行ってしまったぞ。

せっかく、この間見たいって言ってた恋愛ドラマ、録画しておいたのを一緒に見ようと思っていたのに。

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