異世界ほのぼの人外同居モノ

桃雪とう

Scene 1

神仏が天を治め、剣と魔法が人を治める国、げん


私、彼灯かとう美夜みよは日本からそんな異世界に来た、ごく普通の女子高生だった。


今はもう、普通ではないのかもしれないけれど。


契約を交わした私の運命は、もう私のものとは限らない。


「美夜、ちゃんと話聞いてる?」


「ごめん……。


ちょっと考えごとしてた」


私を呼んだ唇はほのかに濡れて。


赤の唇を包む白の肌を、また滑らかに包んで栗色に流れる髪。


この子の名前はミュペ。私が住まわせてもらっている家の主であり、私の仕える主人。


見た目は十三〜十四歳の小さな女の子。


その正体は何百年も生きる魔女で、この世界に来てすぐ恐ろしい妖怪に襲われていた私を助けてくれた。


私は彼女の家に住まわせてもらう代わりに、ミュペの召使いになった。


「注意が散漫だね。


そんなことじゃ、私の護衛はつとまらないよ」


そういって先ほどと同じように隣から私に地図を見せてくる。


ほとんど表情を変えずにそう言うから、からかっているのか、怒っているのか、分からない。


ミュペは本当に人とは違う生き物という感じがした。


ただ、その手の滑らかな動き、地図を差し出す時の上半身の息づかいが、まるで一枚の絵を見ているかのように美しい。


「……どうかしたの?」


じっと見ている私に気がついて、ミュペはまた怪訝そうに覗き込む。それで私は少しパニックになるけれど、何気ない風を装って、


「ううん、ただ、ちょっと見惚れてた……ミュペに」


「私はキミのことが心配になってきたよ」


ミュペは微かに困った表情をする。


そんなミュペが可愛くて、とんがり帽子をかぶった細い身体をぎゅっと抱きしめた。


「何してるの」


抑揚のない声が返ってくる。けれど腕は抵抗して、それでも私を傷つけないようにして、手は擦り寄る頭をそっと静止して。


「あーめっちゃ柔らかい」


「怒るよ?」


暴力的ことを言われるまで力いっぱい抱きしめても、私はいつまでも離れないでいた。


ミュペが手に持っていた地図が、先ほどまでそれが広がっていた低い机の上に落ちる。


ミュペは私の腕をすり抜けて――本当に子供が狭い隙間を抜けるように、ぎゅっと組んだはずの私の腕をすり抜けて――落ちた地図を拾った。


「さ、そろそろ行くよ。


もう時間がないんだから」


目を離すと、いつの間にか部屋の出口に立っている。


追う目から逃げたように。


私は、待って、と言いながら、彼女の方へと向かう。自然と笑みが溢れた。


ミュペが地図を拾う時に、少し照れて笑ったのが見えたから。

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