前哨戦

 屋敷の屋上にて、エヴァは一人静かに目を閉じて佇み、“その時”が来るのを待っていた。

 ふと、耳を澄ませてみれば、聞こえてくるのは銃声や金属音、そしてヴァンパイア達の断末魔――今も両陣営による戦いは続いている。それでもエヴァはその場から一歩も動く事なく、ただひたすらに待ち続けていた。

 その時、屋内へと続く両開きの鉄扉がゆっくりと開いた。そこから、ソフィアとシルビアが登場する。

 エヴァはゆっくりと目を開けて、ニヤリと笑った。

「遅かったわね」

「あんたの配下に邪魔されてね。これでも急いだ方よ」

 シルビアは溜め息混じりにそう答えた矢先、祓魔銃を構えて臨戦態勢に入り、例の言葉についての尋問を始めた。

「さて、早速教えて貰いましょうか。闇の扉ってのは、一体何の話?」

「あら、どうしてそれを?」

「気になるかしら? でもまぁ、情報源は伏せておくとするわ」

「ふふ……そう。とはいえ、大方察しはつくわ。フランが口を滑らしちゃったといった所でしょう」

「……さぁね」

「まぁ良いわ。今更知った所で、もう止める事は出来ないのよ。後は扉が開くのを待つだけ……」

 不敵な笑みを浮かべるエヴァに、シルビアは嘲笑を返す。

「止める事はできないですって? 闇の扉とやらが一体何なのかはわからなくても、それを目論んでいるあんたを今ここで黙らせてしまえば問題無いでしょう」

「黙らせる……ね。随分簡単に言ってくれるじゃない」

 不敵な笑みを浮かべるエヴァ。その瞬間、彼女の気配が一気に強まる。

「扉を開けるのにはもう少し時間が掛かりそうだから、それまで遊んであげるわ。精々足掻いて見せて頂戴」

「……上等よ」

 シルビアは引き金を引いて先制攻撃を仕掛け、エヴァとの戦闘を開始した。それに倣い、隣に居るソフィアも光剣を生成して身構える。

「上手く使いこなせているみたいね。流石は私の娘だわ」

「……え?」

 エヴァの声は背後から聞こえてきた。ソフィアは慌てて振り返る。

 エヴァはシルビアの銃弾を避けた後、ソフィアが光剣を生成した際に一瞬だけ目を逸らしたその隙に、彼女の背後に移動していた。

「でも、まだ戦闘そのものに対する経験が浅いみたいね。そんなんじゃ、いの一番に殺されてしまうわよ……こんな風にね……」

 ソフィアの首に両手を伸ばすエヴァ。動揺しているソフィアには、反撃はおろか回避をする余裕も無い。

 しかし、その危機にシルビアが動いた。彼女は素早く踏み込み、エヴァの横顔を目掛けて突き刺すような蹴りを放つ。

「そんな攻撃が通じると思ってるの?」

 エヴァはその横槍を知っていたかのように、蹴りを片手で受け止めた。そしてそのままもう片方の手でシルビアの肩を掴み、ソフィアに向かって投げ飛ばす。

 接近戦闘には自信を持っているシルビアも、流石に片足を掴まれた状態で投げられては受け身を取れず、エヴァの思うがままにソフィアと激突した。結果、シルビアがソフィアの上に覆い被さるような形で、二人は地面に倒されてしまう。

「ちっ……油断したわ……」

「シ、シルビア……重いよ……」

「――失礼な冗談ね。撤回しなさい」

「いいから早くどいてよ……」

「……」

 シルビアは反論の言葉を飲み込んで立ち上がり、重いと言われて思わずムキになってしまった事に対する気恥ずかしい思いを誤魔化すように乱れた服装を整えた。

 そんな彼女の失態を見て、エヴァは上機嫌に笑い出す。

「どうしたのよ。一月前より動きが鈍くなってるみたいね」

「……うるさいわね。少し油断しただけよ」

 その言い訳も、普段シャルロットに口うるさく油断するなと言っている手前、自分自身の発言で羞恥に輪をかける事になってしまう。

 シルビアは湧き上がってきたもどかしい気持ちを振り切るように、突然銃を構えてエヴァに発砲した。

 エヴァはその場から動かずに首だけを傾けて簡単に避け、再び嘲笑する。

「あなたも人間味がある一面を見せる事があるのね。良いものを見せて貰ったわ」

「黙りなさい。それ以上、下らない話を続けたら容赦しないわよ」

「それは怖いわね。謝っておこうかしら?」

「……」

 ひきつった笑みを浮かべ、怒りを必死に抑えながら祓魔銃の弾倉を交換するシルビア。

「ソフィア」

「な、なに……?」

「何か言いたい事は?」

「べ、別になにも……無いけど……」

 視線はエヴァを捉えたままの会話であったが、ソフィアが半笑いであるという事は声でわかった。

 シルビアはわざとらしく咳払いをして、気持ちを改める。

「――そろそろ真面目にやるわよ」

「うん……わかった」

「……笑わない」

「笑ってないよ……?」

「……そう」

 これ以上話を続けても羞恥は治まるばかりか更に酷くなるだけだと諦め、シルビアは口を閉じて戦闘を再開した。


 それからしばらくの間、三人の間に会話は一切生まれず、ひたすらに攻防戦が繰り広げられた。

 しかし、シルビアが何発撃っても、ソフィアが何本光剣を飛ばしても、それらが彼女を捉える事は一度たりとも無く、やがて遠距離攻撃の類いは通用しないと踏んだシルビアが接近して蹴り技を仕掛け始めたが、その攻撃でも特にダメージを与える事はできなかった。

 それほどまでに、エヴァの回避能力は非の打ち所のないものであった。

「全然当たらない……どうなってるの……?」

 ソフィアが魔力の許容量の半分程を使い切った所で、一度攻撃の手を止めてそう嘆いた。

「奴の素早さには苦戦した記憶があるわ。並の攻撃じゃ捕らえる事は不可能よ」

「じゃあどうするの?」

「そうね……奴の方から接近してきた時に、上手く反撃する事ができれば楽なんだけど」

 シルビアはそう言ってから、“それが出来れば苦労しない”と言わんばかりに深い溜め息を漏らす。

 その時、シルビアが恐れていたセリフを、ついにエヴァが発した。

「サービスタイムはそろそろ終わりにしましょう。次は私の番よ」

「――ソフィア、警戒しておきなさい」

 表情を引き締め、エヴァの攻撃に備えるシルビア。それを受け、ソフィアは自分の周囲に八本の光剣を生成する。

「(これなら近付けないハズ……)」

「そんな事は無いわ」

 ソフィアの表情から彼女の心中を悟り、エヴァはそう言い放った。直後、彼女はソフィアの目の前に現れ、光剣が敵を察知して攻撃を始めるよりも早く、ソフィアの腹部に強烈な殴打を叩き込む。

 目の前に現れてから一秒も経たない内に仕掛けられた攻撃――ソフィアには反応する事など不可能であった。

「ソフィア……!」

 殴り飛ばされたソフィアの元に駆け寄ろうとするシルビアであったが、今度は彼女の目の前にエヴァが現れる。

「よそ見しちゃダメよ?」

 エヴァはニヤリと口元を歪めると、先程ソフィアを沈めた際と同じ攻撃を仕掛けた。

 しかし、その後の展開はソフィアの時とは異なった。シルビアはその拳を片手で受け流し、後ろ回し蹴りを返す。

 エヴァは難無く蹴りを受け止めようとしたが、シルビアにとってはさっきの今。同じ轍は二度踏まぬよう、エヴァが手を構えたのを見て寸前で足を止めて引っ込めた。そして間髪入れずに、腹部を狙った二の矢に当たる蹴撃を仕掛ける。

「残念。甘いわよ」

 それすらも、エヴァは受け止めてしまった。

「甘いのはあんたの方よ」

 しかし、シルビアは受け止められた直後に、エヴァの眉間に祓魔銃を突き付けた。そして彼女が動く前に、発砲する。

「ッ――!」

 引き金が引かれ、銃弾が銃口から射出される寸前、エヴァは身体を傾けて回避を試みる。

 結果、直撃には至らなかったものの、銃弾は避け損ねたエヴァの右耳を撃ち落とした。

「……やってくれたわね」

 耳が無くなったという事を手で触れて確かめ、苦笑を浮かべるエヴァ。

「悪いけど、耳一つくらいじゃ満足しないわよ。欲しいのはあんたの命なんでね」

「怖い怖い……。流石に命を取られるワケにはいかないから、少し汚い手を使わせて貰おうかしら」

「……汚い手?」

 眉をひそめるシルビア。エヴァは視線をすーっと動かし、未だ倒れたままであるソフィアを捉えた。その事に気付いたシルビアは、やらせはしまいとエヴァに接近する。

 しかし、速さの勝負に勝ち目は無く、先にソフィアの元に到着したのはやはりエヴァであった。シルビアは足を止め、祓魔銃を向けて牽制する。

「ちっ……実の娘を人質に取ろうっていうのかしら? 親として問題がある行為だと思うわよ」

「厳しいお言葉ね。でも、説教されたぐらいで改心する程、真面目じゃないのよ」

「――そんなの言われなくたって知ってるわよ」

 シルビアは鼻で笑ってみせる。

 口先はいつも通りに強気なままであるが、それは虚勢を張っているだけであり、心中では打つ手が無い事に焦燥していた。

 そこで、エヴァが更に混乱を招く要求を投げてくる。

「とりあえず銃を置いてみたらどう? そうすれば、ひとまずソフィアには手を出さないでいてあげるかもよ?」

「……かも?」

「ふふ……どうする?」

「……」

 信用ならぬ相手と取引をする気など更々無い。かといって、有効な手立ても無い。

「(どうしたものか……)」

 銃を構えたまま次の展開を頭の中で模索していた、その時だった。

 気を失っていると思っていたソフィアが突然光剣を生成し、素早くエヴァの足を斬り付けた。完全に意識がシルビアに向いていたエヴァは、斬り付けられた痛みではなくその驚きによって怯み、隙を晒す。

 その好機をシルビアが見逃すハズもなく、彼女はずっと狙いを合わせて構えていた祓魔銃の引き金を絞る。一瞬の連携に対しエヴァは反応ができず、回避する事はできなかった。

 しかし、彼女は咄嗟に両腕を挙げ、急所を守ってみせた。銃弾は右腕に命中し、更に貫通して胴体まで届いたものの、その時には既に推進力を失っており、結果皮膚に浅く喰い込む程度で止まってしまった。

「危ない危ない……中々良い奇襲ではあったわよ、ソフィア。でも残念ながら――」

「まだ終わってないよ……!」

 ソフィアはそう言うと同時に、五本の光剣を生成した。そしてそれをエヴァに向かって射出する。――先程の動揺した状態のエヴァであったなら、或いは当たったかもしれないが、彼女は既にその状態には無かった。

「こうして見てみると、宝石のようで中々綺麗ね」

 状況にそぐわぬ、緊張感に欠ける感想。エヴァは光剣が飛ばされた方向には既に居らず、それどころか光剣の一本を手に取り、見定めるようにまじまじと観察していた。

 本命の攻撃すらも通用しなかったものの、ソフィアは先程と同じ失敗はしまいと動揺せずにすぐに立ち上がって次の展開に備える。

 すると、エヴァは視線こそソフィアに向けたままであったが、攻撃は背後に居るシルビアに対して仕掛けた。手に持っていた光剣を見向きもしないままに投げ付ける。

「ッ――!」

 シルビアの身体に刺さるような事は無かったが、光剣は彼女の祓魔銃を捉えた。甲高い金属音が鳴り渡り、衝撃に耐えかねたシルビアの手から祓魔銃が手放される。

 強力な武器を無効化した事により、エヴァは思う存分に攻撃を仕掛ける事が可能となる。始めにソフィア、続けてシルビアにそれぞれ胸部目掛けて掌底を打つ。

 ソフィアは避け損ねて直撃してしまったものの、シルビアは何とか両手で受け止める事ができた。そのまま反撃を入れようとするが、エヴァはその隙を与えずに追撃を入れていく。シルビアは防戦一方となってしまう。

 先程のように祓魔銃を使った奇襲は行えず、それでも何とか切り返そうと様々な方法を試したが、形勢が覆る事は無かった。

 そして試行錯誤の末にシルビアが思い付いたのは、エヴァの攻撃を一発耐えて、一撃だけでもくれてやろうという捨て身とも言える方法であった。

 蹴り技等の重い攻撃は受け流していき、耐えられるであろう軽い攻撃をひたすら待つ。

「(ここね……!)」

 エヴァが腹部を狙った殴打を放ってきた所で、シルビアはぐっと力を入れた。

 決して軽いと言える衝撃では無かったが、シルビアの目論見通りに、彼女が放つ攻撃の中では弱めの威力であった。何とか耐え抜く事に成功し、間髪入れずに右手を振りかぶる。

 しかしその時、打ち付けられた際とは比べものにならぬ程の衝撃が、突然腹部に打ち込まれた。

「ッ――!?」

 内臓を抉るような衝撃に思わず身体を曲げてしまい、反撃どころでは無くなるシルビア。呼吸もままならなくなり、ついには立膝をついてしまう。

「あんた……一体何を……」

「ふふ……何か企んでそうだったから、あえて乗ってあげたのよ」

 エヴァが行ったのは、打ち付けていた拳に急速に力を込め、シルビアの腹部を押し出すように殴り付けるという攻撃。

 既に耐え抜いたと思い込んでいたシルビアの意識は完全に攻撃へと移っていた為、腹筋に込められていた力は抜けていた。よって、シルビアへのダメージは多大なるものになっていた。

「さて、そろそろ時間かしら。もうちょっと遊んであげたい気持ちはあったんだけど……これでお別れよ」

 エヴァはそう言って、動く事ができないシルビアの胸部を勢いよく蹴りつける。そして、倒れた彼女の首を片手で掴んで持ち上げた。

「やめて……!」

 背後から聞こえてきたその声に、エヴァはシルビアを持ち上げたままゆっくりと振り返る。

「――中々しぶといじゃない。今度こそは気絶してくれたものだと思っていたわ」

 ソフィアは深紅に変わった瞳でエヴァを睨み付けていた。

「シルビアを……離してよ……!」

 光剣を生成し、エヴァの元へと歩いていくソフィア。

「……まぁ、確かに血の力があれば、その生命力にも納得がいくわね」

 エヴァはソフィアの目を見て、不敵な笑みを浮かべる。それから、シルビアの首を締め上げている手に更に力を込めてソフィアに言う。

「今度はあなたを脅迫するとしようかしら。シルビアを助けたかったら――わかってるわね?」

「ッ……」

 エヴァの言葉、そしてシルビアの声にならない呻き声に、ソフィアは思わず足を止める。

 光剣を投げた所で、回避もしくはシルビアを盾にされるという事はわかり切っている。かといって飛び込んだ所で、斬りかかる前にシルビアの首を握り潰されてしまうだろう――ソフィアに打つ手は無い。彼女は苦渋の思いで光剣を手放す事を決断する。

 しかしその時、どこかから一発の銃声が聞こえてきた。同時にシルビアを持ち上げていたエヴァの腕が銃弾に貫かれる。

「――やっと来たわね、遅かったじゃない」

 エヴァはそう言って、銃弾が飛んできた方向を睨み付けるように横目で見遣る。

 視線の先には、エマから借りたライフル銃を構えているルイズが立っていた。

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