サクラを探して

 合計で四十体程撃破した所で、襲撃はぴたりと止まった。

「やれやれ……やっぱり雑魚でも数を集められたら厄介なものね……」

 銃をホルスターにしまい、嘆息を漏らすシルビア。他の一同もそれに倣って臨戦態勢を解き、倉庫へと戻っていく。

「連中が囮だったとはね。ボク達はまんまと躍らされてたわけだ」

 十字架が保管されていた箱を見て、ノアが呟いた。

「にしても随分と無用心ね。例の十字架を保管していた箱にしては、簡単に壊されてるじゃない」

「一応、魔法で封印はしてあったんだけど……銀の銃弾が持つ祓魔の力で破られたんだと思う」

 シルビアの言葉に、アリスが申し訳なさそうにそう答えた。

「アリス様の責任じゃありません。気に病む必要はありませんよ」

 すかさずノアがフォローを入れる。それから彼女は、シルビアを睨み付けながら言った。

「おい、アリス様を責めるな。次に嫌味の一つでも言おうものならその口を引き裂いてやる」

 シルビアは鼻で笑って答える。

「そんなつもりじゃないわよ。気になったから訊いただけじゃない」

「それなら良いけど、お前の口調はただでさえ煽っているように聞こえるんだ。誤解を招くような発言は控える事だな」

「はいはい……気を付けるわ……」

 普段は飄々としているが、主の事となるとがらりと厳格になるノア。それを知っているシルビアは“これ以上悪戯に刺激する事もあるまい”と、素直に引き下がる。

 それから、話を本題へと戻した。

「あんた達、連中が行きそうな場所に心当たりは無いの?」

 ノアと双子を順に見ながら、シルビアが訊く。

「ボク達に訊かれてもね……」

 苦笑を浮かべるノア。双子もきょとんとしてお互いの顔を見合わせているだけ。シルビアは眉をひそめる。

「同じヴァンパイアでしょう?」

「あんな奴等と一緒にしないでくれ。ヴァンパイアだから皆同じってワケじゃないからな」

「あっそう……」

「――キミはどうなんだ?」

 ノアはソフィアに視線を移した。

「あのルイズとやらは、キミの姉なんだろう? それなら何か知っていそうなものだけど」

「確かに姉妹ではあるけど……」

 そこまで言って、ソフィアは口ごもってしまう。その様子を見てソフィアとルイズの仲を察したノアは、それ以上の追求はしなかった。

「結局手掛かり無しで探す事になったみたいね……」

 煙草を咥えながら嘆くシルビア。

「そういうあなたには、何か情報源は無いの?」

 リナが煙草を口元からもぎとるように没収しながらそう訊いた。シルビアは取り出しかけていたライターを不満そうな表情でしまい、答える。

「――無いワケではないけど、信用に値するかは疑わしい所でね」

「というと?」

「そいつらは寄せ集めの傭兵連中なのよ。ヴァンパイアに対する知識も戦闘経験も無いようなね」

「もしかして、最近でてきたユーティアスの自警団とやらの事?」

「そうよ。各々やる気はあるみたいだけど、気合いだけで乗り切れるような話でもないし」

「――人間は健気な生き物。三百年前の主がそう言ってた」

「……まぁ、否定はしないわ」

 シルビアはリナから煙草を取り返し、それを箱に戻しながら鼻で笑ってみせた。

 それから彼女は、倉庫の出口へと歩き出す。

「行くわよ、ソフィア。ここでぼーっとしていたって仕方ないわ」

「行くってどこへ?」

「ユーティアスよ。信用に値するかは疑わしい連中でも、何か手掛かりは得たかもしれないわ。望み薄ではあるけど、念の為訊いてみましょう」

「わかった」

 二人が倉庫を後にしようとすると、

「待って」

 アリスがそれを呼び止めた。二人は足を止め、振り返る。

「今回の件、サクラは知ってるの?」

「サクラ……?」

 初めて聞いたその名前に、ソフィアは眉をひそめて訊き返した。

「いいえ、まだ知らないハズよ」

 シルビアが答える。それを受け、アリスは「それなら――」と切り出す。

 しかしすぐに、シルビアが遮った。

「残念だけど、何処に居るのかもわからないのよ。一月前の騒動以降、私は一度も会ってないわ」

「……それなら仕方ないか」

 アリスは小さく溜め息をついた。

 やり取りを聞いていたソフィアが“サクラとは誰なのか”という事を聞こうとした所で、先にノアが口を開いた。

「山道を下った途中にある、姉様あねさまのカフェに行ってみると良い。時々、奴が現れるという話を聞いた」

「――誰から?」

「知るか、風の噂だ。だけど、あんな服装の奴はこの島に一人しか居ないだろう。その目撃情報は確かなものだと思うね」

 ノアの話を聞き、シルビアは小さく頷いた。

「なるほど。そういうワケなら、ちょっと顔を出してみようかしら」

「ねぇ、シルビア。サクラって誰なの?」

 タイミングを捕らえたソフィアがここぞとばかりに訊く。シルビアは少し考える素振りを見せてから答えた。

「……知人よ。ただの知り合い」

「知り合い?」

「まぁ、詳細は今から会いに行くから、その時に。一から説明するのは面倒臭いわ」

「ふーん……」

 シルビアの様子を怪訝に思いながらも、ソフィアはそれ以上は聞かずに歩き出した彼女についていく。

「それじゃ、私達は行くわ。あんた達も気を付ける事ね」

 倉庫を出ていく際に、シルビアが振り返ってアリス達を見遣る。

「こっちもこっちで動いてみるよ。何かわかったら報告に行くね」

「よろしく」

 シルビアが先に出ていき、ソフィアも続く。

「――それじゃ、また」

「うん。またね、ソフィア」

 人懐こい笑顔で応えるアリス。ソフィアも顔を綻ばせ、彼女は小さく頷いてから倉庫を出ていった。


 屋敷を出た二人は、暗闇が支配する夜の山道を下り始める。明かりはシルビアが持っているハンドライトのみであり、月明かりも木々に遮られ二人の元には届かない。

「ねぇ、何処に行くの?」

 暗闇に怯え、シルビアにぴったりとくっつきながら歩いているソフィアが訊く。

「近くにカフェがあるの。そこに行くわ」

「カフェ?」

「えぇ。残念だけど、のんびりお茶を飲みましょうってワケじゃないわよ。件のサクラって女に会いに行くの」

「サクラ――あまり聞き慣れない名前だね……」

「……それも会えばわかるわ」

 一向に詳細を話そうとしないシルビア。ソフィアの中で、サクラという人物がますます謎に満ち溢れていった。


 しばらく歩いた所で、正面に建物の影がぼんやりと浮かんで見えてきた。

「こんな山奥に、カフェなんてあったんだ……」

「知らなかった?」

「うん。――そもそも、こんな所までお客さんが来るのかな……?」

「そうね、私とシャル以外の客が入ってるのは見た事が無いわ」

「やっぱり……?」

「でもまぁ、コーヒーの味は悪くないわよ。それに、私は客が少ない方が静かで落ち着くわ」

「ふーん……」

 二人はその小さな木造の小屋へと歩いていく。

 時刻は既に十時を回っており、カフェが経営しているような時間では無い。にもかかわらず、遠くから見た時にはわからなかったが、窓のカーテンから僅かに照明の光が漏れていた。

「カフェ……なんだよね?」

 ソフィアは思わず、シルビアに確認する。シルビアは火の点いた煙草を咥えたまま頷く。

「えぇ、そうよ」

「こんな時間まで営業してるの?」

「いいえ。店自体は日暮れ頃には終わるわよ」

「じゃあ――」

「何で電気が点いてるのかって? 入ればわかるわ」

 シルビアはそう言って、閉店を示す看板が掛けられた木製の扉を軽くノックする。

 しばらくすると、扉の向こうから聞き覚えのある少女の声が聞こえてきた。

「どちら様ですか?」

 その声はソフィアの記憶にも新しく、数時間前にユーティアスで聞いたばかりのものであった。

「私よ。ちょっと用事があってね」

「シルビアさん……?」

 扉が開けられそこから姿を現したのは、怪訝そうな表情をしている寝間着姿のマリエルであった。

「こんな時間に悪いわね。――グロリアは居ないの?」

 入口から店内を見渡し、この店の主であるグロリアという女性の姿が見当たらない事に気付くシルビア。

「グロリアさんなら今、本土の方に居ますよ。昔のお友達に会うとかで」

「そうだったの。あんた一人で大変じゃない」

「いえ、ここの所は誰も来ませんし、寧ろ暇してましたよ。――それより、何かあったんですか?」

 マリエルはそう訊いてから、シルビアの隣にソフィアが居る事にも気付き、より一層困惑を強める。

「ソフィア……? 何かあったの?」

「あんたこそ……ここで何してるの……?」

「私はここに住み込みでアルバイトをしてるの。今から寝ようかと思ってた所なんだけど……」

「えーと……私達はね……」

 ソフィアは説明をシルビアに託し、彼女に目配せをする。マリエルも説明を求め、同じようにシルビアに視線を移した。

「あんた達、知り合いだったの?」

 意外そうな顔で二人を交互に見遣るシルビア。

「私とソフィアは、リュミエール学園の同級生なんです」

 マリエルが答えた。

「そうだったの。それは初耳だわ」

「そういえば、前にシャルロットさんから聞いたんですけど、お二人もリュミエール学園の出身だとか」

「一応ね。――あまり良い思い出は無いけど」

「と言いますと?」

「あの学園、敷地内での喫煙には滅法厳しいでしょう? バレて退学寸前まで話が進んだ事が四回程あってね。他にも――まぁ色々あったのよ」

「その頃からのお付き合いなんですね……」

 マリエルはシルビアの右手でくすぶっている白いものを見つめながら、苦笑混じりにそう言った。


 その後、二人はマリエルに招き入れられ、店内にて話の続きをする事に。現状の説明、そしてサクラという女性を探しているというむねを、シルビアが話す。

「――そういう事でしたか。サクラさんなら確かにウチによくいらっしゃいますけど、ここ最近はお見えになってませんね……」

「ここ最近って、どのくらいの事?」

「三日とか……それぐらいですね」

「そう……」

 “それは参った”と言わんばかりの苦々しい表情で、シルビアは煙草を灰皿に押し付ける。それから今度は“どうしたものか”と深い溜め息をつき、そのまま黙り込んでしまった。

「ねぇ、マリエル」

 シルビアに代わり、ソフィアが口を開く。

「気になってたんだけどさ、あんたってシルビアとはどういう関係なの?」

「え? まだ聞いてなかったの? 一月前の事」

「一月前の事って……例の騒動の話?」

「うん。えーと、アリスにはもう会った? 金髪の女の子」

「フォートリエの当主でしょ? さっき会ってきたけど」

「そっか。あの子は私の妹なんだよ」

「へぇ、姉妹だったんだ」

 と言って一度視線を落としてから、ソフィアは慌てた様子でマリエルの顔を二度見した。

「姉妹!? あんたと、あの子が……?」

「そうだよ。私の下の名前、知らなかったっけ?」

「聞いた事あったような……無かったような……」

「あはは……まぁ、あまりお互いの身の上の話はした事なかったもんね。私もフォートリエの人間なんだ」

「――ちょっと待って。って事は、あんたも……」

 ヴァンパイアなのか――その言葉は驚愕のあまり、喉元に貼り付いてしまったかのように出てきはしない。

 しかしマリエルは発せられる事の無かったその言葉を察し、どこか気恥ずかしそうな笑みを浮かべながら言った。

「一応、そうみたい。尤も、私には戦えるような力なんて無いんだけどね」

「どういう事?」

「この手の話に詳しい人が居てね。サクラさんって言うんだけど、その人が“ヴァンパイアとしての力を発揮するなら、その血を覚醒させる必要がある”って言ってたんだ」

 再びその名前が出てきた事に、ソフィアは眉をひそめる。

「ねぇ、マリエル。サクラってどんな人なの?」

「えーと……サクラさんは――」

 ソフィアの質問にマリエルが答えようとしたその時、出入り口の扉がゆっくりと開いた。そして、そこから一人の女性が現れる。

「優しくて、強くて、美人で、おまけにスタイルも良い素敵な女性――ですよ。ソフィア・メルセンヌさん」

 ソフィアは振り返る。視界に映ったのは、不思議な恰好をした長い黒髪の女性であった。その女性はソフィアを見て、にこにこと愉快そうに笑っている。

 ソフィアはその不思議な恰好に、思わず眉をひそめた。白い小袖に赤い袴――この近辺では見慣れない服装であった。腰に携えられた細剣のような武器も、ソフィアが知っているそれらのものとは少し違うように見える。

 また、ソフィアは見ず知らずの彼女がどうして自分の名前を知っているのかという事も不思議に思った。それを訊こうと口を開きかけたが、シルビアの声の方が僅かに早かった。

「そっちから現れてくれるとはね。手間が省けて助かったわ。――それよか、あんた一月前の騒動以降は何をしていたの? 噂すらも聞かなかったけど」

「別に何も。あちこちを見回っていましたよ。ただ、最近はマーズ地方に居る事が多かったですね」

「……変わった奴ね。あんな山しかないようなつまらない地方、居たって仕方がないでしょう」

「ふふ……実は温泉を見つけましてね。こちらではあまり見掛けないものでしょう?」

「温泉……? ――まぁ、あんたが好きそうな話ではありそうね……」

「わたくしにも望郷の念というものがあるようですから。――閑話休題として、わたくしに何か用が?」

「手を貸してほしいのよ。またヴァンパイア共が騒ぎを起こしていてね」

 シルビアの言葉に、黒髪の女性はいたずらっぽく笑いながらこう返す。

「ふふ……どうしてわたくしに? 連中の対処はあなた方ヴァンパイアハンターのお仕事では?」

「つまらない皮肉は結構よ。他に頼れる奴が居ないから、あんたに頼んでんのよ」

「シャルロットさんは?」

「……ワケあって、今は敵よ」

「まぁ……」

「とにかく、詳しい話は“コイツ”から聞いて頂戴。私はユーティアスに用事があるから、これで行くわ」

 シルビアはソフィアの頭をぽんぽんと軽く叩き、椅子から立ち上がる。

「ちょ、ちょっと……!」

 ソフィアは慌てて立ち上がり、出口に向かって歩き出したシルビアを止めた。

「私はどうすれば良いの……?」

「そうね、ひとまずここで休んでなさい」

「え?」

「手掛かりが無い状況で動いたって仕方が無いでしょう。――私は一旦ヴェロニクの元に行ってみるわ。何か情報が入ってるかもしれないから」

「だからそれまで休んでろ――って事?」

 ソフィアは不服そうな視線をシルビアにぶつける。

 すると、シルビアは何かを思いついたような表情になって、黒髪の女性に視線を移した。

「そうだ。折角だし、サクラに剣術の稽古でもつけて貰えば?」

「稽古?」

「えぇ。奴の使ってる武器は普通の剣とは少し違うみたいだけど、剣は剣――大方は同じでしょう。私やシャルには教えられない事を教えてくれるハズよ」

「いやでも、今はそんな時間――」

「まぁ好きにしなさい。ここでぼけっとコーヒー啜ってるも良し、奴に稽古をつけて貰うも良し。とにかく待ってなさい。良いわね?」

 シルビアは話を一方的に打ち切って、店を出て行ってしまった。

「もう……なんなの……?」

 残されたソフィアは呆れた様子で溜め息を一つ漏らす。

「大変ですね。アルベール姉妹のお二方に振り回されているとお見受けしますが」

 背後から聞こえたその声に、ソフィアは振り返る。

「改めまして、わたくしはサクラという者です。以後お見知りおきを」

 不思議な恰好をしている謎の女性――サクラは、にこにこと愛想よく笑いながら、ソフィアに御辞儀をして見せた。

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