Violet Contrast

白川脩

プロローグ

殺し合う双子

 その日は雨が降っていた。海は荒れ狂い、木々は強風に煽られ今にも折れてしまいそうな程に乱舞している。

 そんな悪天候の最中さなか、海波が幾度となく打ち付けられている断崖の上で、二人の少女が肩で息をしながら睨み合っていた。

 全く同じすみれ色の頭髪に、瓜二つの顔。一見でわかる違いは、服装と手にしている得物であった。

「中々しぶといな、ソフィア」

 黒いロングコートに身を包み、刃渡り七十センチ程の両刃の剣を左手に持っている方の少女が言う。

 それを受け、地面に膝をついていたもう一人の少女――ソフィアが立ち上がる。

 こちらは雰囲気にそぐわぬ学生服を着ており、左手の中指に紫色の宝石がついている小さな指輪を嵌めていた。

「ルイズ、もう終わりにしよう」

 ソフィアがそう言ったのと同時に、指輪の宝石が紫色の光を放ち始める。その光は徐々に大きくなって剣の形となり、実体化して彼女の右手に握られた。

 その紫色の光剣を見て、ルイズはコートの内側に隠すように着けているホルスターから拳銃を取り出し、ソフィアに向けて三回発砲する。

 ソフィアは指輪の力で盾を生成し、飛んできた三発の銃弾を弾いてから、新たに小さな光剣を二つ生成してルイズに飛ばす。それと同時に自分も走り出し、右手に持っている光剣でルイズに斬りかかった。

 ルイズは飛んできた光剣を銃で撃ち落としてから、ソフィアの剣擊を容易く左手の剣で弾き返し、拳銃を至近距離から発砲する。射出された銃弾はソフィアの腹部を射抜いた。

 銃弾の衝撃を受け、倒れそうになるソフィア。ルイズは更に、彼女の身体に剣を突き刺す。

「無駄だ。魔法に頼らなければ戦えないような奴に私は殺せない」

 冷酷にそう言い放ち、剣を更に深く差し込む。その動作と連動するかのようにソフィアの口から血が吐き出され、手から光剣がするりと抜け落ちた。地面に落ちた光剣は形を無くして光に戻り、そのまま消えていく。

 決着がついたと判断したルイズは、突き刺している剣を引き抜こうとする。その時、ソフィアの指輪が再び光り始めた。

「――ばーか」

 顔を俯けたまま嘲笑を浮かべ、ソフィアは一瞬の間に生成した剣をルイズの腹部に突き刺す。

「ッ――!」

 突然の奇襲に反応できず、紫色の光剣はルイズの身体を貫通し、鮮血に染まってその身の色を赤に変えた。

「ちっとも変わらないね。いつも自分が一番だと思って人を見下す、その傲慢な態度」

 左手でルイズの身体を引き寄せ、先程自分がやられたように、更に剣を奥深く突き刺す。

 今度はルイズが血を吐き出したが、彼女は負けじとソフィアを睨み付ける。

「ちっ、生意気な……まだ動ける余力が残っていたか……」

 しばらく身体を剣に貫かれたまま、二人は睨み合う。

 人間ならば、とっくに死んでいる傷。彼女達がまだ息をしているのは、二人の身体に特別な力を宿す血が流れているからであった。

 不意に、ルイズがソフィアの身体を蹴り飛ばし、同時に剣を引き抜く。

 ソフィアは転倒し、ルイズはその場に膝をついて苦悶の表情を浮かべながら、光剣を引き抜き、地面に投げ捨てる。光剣はガラスのように碎け散り、先程と同じように光と化して消えていく。

 二人は傷だらけになりながらも、残った力を振り絞って立ち上がり、再び対峙した。

「――どうしても、やめるつもりは無いの?」

 腹部の傷を手で抑えながら、ソフィアが訊く。

れ言を。私の邪魔をするのなら、誰であろうと抹殺する」

 ルイズはそう答え、ソフィアに向かってゆっくりと歩き出す。それを見て、ソフィアは再び光剣を生成しようとする。

 しかし、指輪の宝石は先程までとは異なり、光を放たなかった。

「(もう……魔力が……)」

 満身創痍であるソフィアの身体には、もう光剣を生成するに足る魔力が残っていなかった。ソフィアは覚悟を決め、素手のまま身構える。

 しかし、勝ち目が無いという事は、ソフィア自身が誰よりもわかっていた。

 魔法の力で戦うソフィア。対してルイズは、銃と剣、そして己の身体を駆使して戦う。ソフィアが今までルイズと渡り合えていたのは、魔法の力があってこその話。

 そして、その結果はすぐに判明した。ソフィアが何かをするよりも早く、彼女の身体にルイズの剣が突き刺された。

「憐れだな、ソフィア。お前は魔法が無ければ何もできない」

 今度は奇襲される事も無く、ルイズは勝ち誇った様子で言う。

 ソフィアは左手をルイズの肩に置き、雨音にかき消されてしまいそうな弱々しい声でこう言った。

「考え……直してよ……」

「……黙れ」

 不機嫌そうに目を細め、ルイズは剣を刺したまま崖の端まで歩いていく。

「――死ぬが良い、反逆者よ」

 最後に吐き捨てるようにそう言って、ルイズは崖の上からソフィアを荒れ狂う海の中に蹴り落とした。

 荒波に呑まれ、あっという間に姿を消すソフィア。

 ルイズはその様子をつまらなさそうに下目で見届けた後、雨に濡れて額に張り付いている前髪を忌々しそうにかき上げる。それから、きびすを返してその場を離れていった。


 ――海に落とされたソフィアは、薄れ行く意識の中、必死にその名前を心の中で呼び続ける。

「(ルイ……ズ……)」

 意識が途絶える最後の瞬間まで、彼女の顔が頭の中から消える事は無かった。

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