恋愛しこう中
十 九十九(つなし つくも)
恋愛しこう中
私は恋というものを知らない。
漫画やアニメの中で見た内容も、友達から聞く話も、いまいち釈然としない。それは無垢とか、そういうわけでもない。交際中の男女がおおよそどんなことをして、どこに向かうのかも知識としてはあって……。
だけど、いざ私が付き合ってみたところで実感が得られなかった。
「なぁ、ひとみ。聞いてんのか?」
怪訝な顔で私を見つめてくるのは、
「ごめん、考え事してた。なんの話だったっけ?」
「今度の週末、どこ行くかって話だよ。ひとみってどこか抜けてるとこあるよなぁ。まぁそれがひとみらしいと言えばらしいけど」
「ふーん、そういう風に思ってるんだ」
他者からみて、私は抜けている人間という風に見えるらしい。別に嫌ではないが、いまいちしっくりこない。
「んー、どこでもいいかなぁ。晃くんが行きたいとこに連れってってくれれば」
「またそれじゃんか、毎回毎回、飽きないのか?」
「うーん、よくわかんない」
「わかんないって、お前さぁ」
晃くんがため息をついた。
告白されたのが二ヶ月前、よくあることかは知らないけど、「どうして私なの?」って聞いてみた。
晃くんは少しだけ気恥ずかしそうな感じで、
「わかんないけど強いて言うなら、顔、かなぁ」と言った。
そうか、と思った。
私は少なくともこの人から好意を抱かれる程度の顔をしているのだ。
そして、そんな安い理由で恋は成立しうるものなのだ、と思った。
むしろ大それた理由でカッコつけられても対応に困るし、顔がいいと言われて悪い気はしなかった。
だから私は付き合うことにした。
恋というものを知るために付き合う、というのは晃くんに失礼になるのかもしれない。だけど、振ったら振ったで相手は少なからず傷つくと思う。なら、どっちを選んでも大差無いように思った。
私達はお互いに寄生しているような、そんな関係なのだと思う。
「ねぇー、晃くん。私が晃くんのこともし好きじゃないって言ったらどうするの?」
「なんだよ、急にそんな質問」
晃くんはデートコースでも検索しているのか、スマホをいじってばかりで全然が興味無いようだ。
「いいから、答えて」
多分晃くんには、今の私が「めんどくさい女」として映っているのだろう。
すると晃くんはスマホを置いて、私の方を向いた。
「もし、じゃないだろ。ひとみは最初から俺のことなんてちっとも見てない、そんな感じがする」
「えっ!?」
「まぁ、そこも俺の頑張りどころなのかもしれないけど」
予想外の返答に、さすがに私もたじろぐ。
なんだろう、この煮え切らない感情は。胸の真ん中で何か得体の知れない感情がわだかまっている。
「じゃ、じゃあさ、なんで私と付き合ってるわけ?」
「なんでって、言われてもな。お前もおんなじようなもんじゃないのか?」
まさか、自分から告白するような人が「恋を知りたいから」なんて理由で付き合ってるとは思えない。
「顔がいいだけ、ってことはないよね?」
「んー、それが半分くらい、はあるような」
「んじゃ、もう半分はエッチしたい、とか?」
「俺とお前はセフレなのかよ……」
また、晃くんがため息をついた。
「最初は顔がいいなって思う。んで惹かれてく。だけど、付き合ってみると見えてなかった部分が沢山見えてくる。そして、さらに惹かれていく。そんなもんじゃないのか?」
「そんなもんなの?」
「少なくとも俺はそんなもんだよ」
なら私はどうなんだろう。ちゃんと晃くんの「知らない」を「知っている」にできているのだろうか。
「知っている」が「惹かれていく」になっているのだろうか。
「なら、相手を知っていく中で、見たくないとこまで見えちゃったら、どうすればいいの?」
「んー、受け入れるしかないよ。どうしても受け入れられないなら別れる。そんなもんじゃないのか?」
「そんなもんなの?」
「少なくとも俺はそんなもんだよ。それに、お前の顔みてると、大抵のことは許そうって気になる」
「そっか」
晃くんは私の顔がよほどお気に入りらしい。
だけど、こんな考え方ができる晃くんは少し羨ましい。憧れる。これが「惹かれる」ってことなのかは分からないけど。
「ねぇ、さっき言ってた残り半分ってなんなの?」
「そ、それは、内緒だ」
晃くんはそっぽを向いてしまった。
やっぱり、恋は難しいみたいだ。
「あのさ」
「なんだ、今度は」
「海、私、海行ってみたい」
晃くんが目を丸くした。それから、瞬きを数回繰り返した。
「ダメかな?」
「いや、ちょっと驚いただけ。分かった、行こう。ちゃんと週末開けとけよ」
何が正解かは分からない。
恋というものがなにかは知らない。
でも、間違ってないと思う。私はこれからきっと多くの「知らない」を知っていくのだ。
恋愛しこう中 十 九十九(つなし つくも) @tunashi99
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます