獣石飼い
bee泥
第1話 覚醒
――獣石飼い――
この街ではそんな呼び方をされる人達がいる。その獣石飼いは異能の力を身に纏い、怪物と戦うことが出来る。そんな伝説を聞いたのはこの街にやってきて少し経った頃だ。しかしこの街に暮らす殆どの人間が獣石飼いとなっているらしく、今どき珍しいものでも無いらしい。最初にそんなことを聞いたときは怖くて物騒で、今すぐにでも引っ越したい衝動にかられたが、親の仕事の都合ということでは仕方がない。幸いなことに、僕、時坂優一(ときさか ゆういち)はまだその怪物に遭遇したことは無い。できればこのまま会いたくはないのだが。
そんな思いを馳せながら僕はいつものように学校の準備をする。この街に引っ越してきて約一ヶ月。まだ分からないことも多いが多少はこの街の、
この学校には転校ではなく普通に入学という形で入っているが、やはり知り合いは皆無で最初は心細い思いをしていたが、何とか友達も作ることができた。そいつの名前は藤村隼(ふじむら はやと)。隼は本当に同い年なのかと疑いたくなるほどに良く出来た奴だ。まだ定期テストはしていないが普段の授業の様子から、相当頭が良いと伺える。体育の授業でもその肉体美を発揮しているらしく、遠くから女子のちょっと濁った黄色い歓声が雪崩のように押し寄せる。おまけに能力の腕もいいときた。勿論僕は能力なんぞ持っていないから比較しようもない。他の要素で比べても到底かなう相手では無かった。
どうしてそんな完璧と言っても差し支えないアイツが、僕の友達という枠になっているのか理解しがたい。当然、隼には他にも友達が沢山いる。しかし最近は僕と一緒にいることが多いように感じる。僕がこの街に慣れていないから、気にかけてくれているだけかもしれない。もう少し経ったら、自然と僕から離れていくだろう。そんな証拠はどこにもないが、確信めいたものがあった。
その日はごく普通の、一種の退屈のような生活をし下校の時間となった。運が悪いことに、この日は僕が掃除当番だった。掃除当番は二人いるはずなのだが、もう一人は今日休んでしまっている。最初は隼が手伝ってくれたが、程なくすると部活の先輩らしき人物にさらわれてしまった。というわけでかなり時間を食ってしまった。下駄箱から外に出る頃にはもう空は暗くなり始めていた。
「母さん心配してるよな」
右腕に巻かれた腕時計をちらりと見てそんなことをつぶやく。この腕時計は父さんが進学祝いということで僕にくれた物だ。家計は苦しいらしいが、これだけは譲れないと無理して買った代物らしい。母さんに掃除当番がある事は前もって知らせておいたがまさかここまで時間がかかるとは予想もしていなかった。親に余計な心配をかけたくない、と思い歩行の速度をあげる。暗闇に佇む通学路は僕の心を恐怖で支配していった。
――ガサッ
周りには誰もいない、ように見える。しかし今しがたしっかりと音だけが聞こえた。風も吹いていないから物が落ちるということもないだろう。他にもいくつかの予想はたてられるが。すると突然黒い影のようなものが姿を現した。その物体は本物の影のように薄く透けていたが、徐々にその色は濃くはっきりとしたものとなっていった。実体化してきているかの如く。終いには人型になり僕の目の前に佇んでいた。化け物だ。直感でそう捉えた。僕の背よりはるかに高い黒い巨体に僕は恐怖心から身動きが取れなくなってしまう。これがあの、弐詰市だけで出没するという化け物なのか。話だけは聞いていた。だから分かっていた、分かっていたはずだ、なのに。
「う、動けない……!」
足首に鉛でも付けられたように体の自由が効かないことが伺える。僕はその動けない正体を感じ取っていた。恐怖心だ。僕の恐怖心が僕を縛り付けている。怖がってはいけないのに体が動かないことで恐怖を感じる。それが負の連鎖となり僕の頭の中は次第に身体と同じように固まり動かなくなっていく。
「――ッッッ!!!」
気がつけば僕の目と鼻の先にあの怪物は迫っていた。怪物の荒々しい息が聞き取れる。なんなら息が顔にかかっている。刹那、怪物の黒く禍々しい手が僕の首根っこを捕らえた。
瞬間、息が詰まる。怪物の片手で僕の首の全部が手中にあった。だんだん意識が遠くなっていく。それと一緒に死を悟る。ああ、僕の人生はこんなもんか。こんなところで、終わるのか。最後に一瞬、目の前が明るく輝いた。僕の意識は、そこで、途切れた。
次に瞼を開けたときにはもう周りはすっかり暗くなりきった後だった。僕はしばらくそのまま動かない状態でいた。夜空に映る星が綺麗だな、などと考えながら。そうして徐々に記憶がはっきりしてきた。そして僕は怪物に襲われて意識を失ったことまで明瞭に思い出された。そこで僕は自分がさっきまで置かれていた状況を思い出し弾かれたかのように身体を起こして周囲を確認した。すると怪物の姿どころか人影もなくいつも知っている状態の風景が広がっていた。とりあえず一安心だ。次に時間を確認したかったが、この暗さでは腕時計の文字盤は見えなかった。眉間に皺を寄せながらどうにか読み取ろうと試行錯誤してみたが、無駄だった。僕は諦めてすくっと立ち上がった。その時に首に痛みと圧迫感が襲いかかった。そっと手を首に当ててみるが、特に外傷はないようだ。ただ触ると痛むので僕はすぐに手を離した。記憶を思い返しながら、あんな事があったのにも関わらずこうして五体満足でいられることに少なからず疑問を抱いた。夢だと思おうとしたが首の痛みがそれを許してくれなかった。僕はふらふらとしかし急ぐように家へと向かう。
もうとっくに定時を過ぎたのにも関わらず、暗闇のかなでただ一つ光り続けているモニターを監視している女が一人。本当は別の要件で残っていたわけだが、気まぐれでモニターの監視をしてみたら見てしまった。その女は一瞬驚いた表情を見せたが、すぐに元の冷静な顔に戻った。もう帰ろうかと思っていたが、好奇心のほうが勝った。すぐに映像に写っていた怪物と、少年のことを調べ始めた。特に少年の方に力を注ぐようにした。
「なるほどねえ。これは、面白いことになりそうだわ」
女は一人満足そうな顔を浮かべていた。
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