第262話:まさかの騒動②

 野次馬も散っていき、アルたちは壁際でクルルに何があったのかを確認していた。


「これだけ人が多いのに、突然目の前に現れて怒鳴られたのよ!」

「……それだけか?」

「それだけよ」

「……本当に?」

「本当だって! 私も驚いたんだからね!」


 クルルが嘘をついていないと判断したアルは、大きく息を吐き出す。

 ヴォックスたちが意図してクルルの前に出て行ったのであれば、狙いはユージュラッド魔法学園か、はたまた最近は目立ってきてしまっているノワール家、もしくはアル本人かということになる。


「あちら方もたまたまであればありがたいんだが、楽観視はできないか」

「……アル、何だかごめんね?」

「いや、クルルに何もなくてよかったよ。……そういえば、シエラとジャミール先輩はどうしたんだ?」


 リーズレット商会王都支店を出た時に一緒だった二人がいないことに首を傾げたアルだったが、クルルから語られた理由を知って納得顔を浮かべ、リリーナは苦笑いだ。


「あの二人なら、用事が無いのに観光とかはしなさそうだな」

「まあ、あの二人が一緒だったらもっと大きな騒動になってただろうし、良かったかな。特にシエラは」

「あはは。そうですかね?」

「「そうだよ」」

「……そ、そうですか」


 シエラを庇おうとしたリリーナだったが、アルとクルルから同時に否定されてしまい、何も言えなくなってしまった。


「とはいえ、今回の騒動はヴォレスト先生とスプラウスト先生に報告しておく必要がありそうだな」

「あー、そっかぁ。……ペリナ先生、怖いなぁ」

「仕方ありませんよ、クルル様」


 落ち込むクルルの両肩に手を乗せて、リリーナが慰めている。

 一方でアルはヴォックスの取り巻きにいたノートンとヘルミーナのことを考えていた。

 魔法競技会は、個人部門が先に進められ、全ての日程を消化してからパーティ部門が始まる。

 つまり、最初に戦う相手は個人部門に参加する二人なのだ。


(パッと見た感じでは、そこまで強者という雰囲気は纏っていなかった。ヴォックスも強気な発言をする割には、という感じだったが……実力を隠すタイプなのか?)


 そんなことを考えたが、すぐに思考を改める。

 ほとんどの貴族は自らの実力を主張し、自分が一番なのだと偉そうに振る舞うことが多い。

 第一印象ではあるものの、ヴォックスたちは典型的な貴族であろうとアルは結論付けた。


「……まあ、問題はなさそうだな」

「どうかしましたか、アル様?」

「そうよ。なんだか難しそうな顔をしてたわよ?」

「いいや、なんでもないよ。それとな、クルル。お前はこんなところに一人で何をしていたんだ?」


 話題を変えようと、アルはクルルに話を振っていく。

 実際に気になっていたことなので、特に不思議な話題転換でもなかったのだが、何故かクルルは不自然にソワソワしてしまう。


「……何か、変なことでも考えていたのか?」

「な、何も考えてないわよ? 二人のことを探していただけだしねー!」

「……本当か?」

「本当よ! それで、観光はもう終わりなの? だったらリリーナ、一緒に歩きましょう!」

「えっ? あ、はい!」


 突然慌て始めたクルルはリリーナの手を取って歩き出し、アルは首を傾げながらその背中を追い掛ける。


「……ねえねえ、リリーナ!」

「……どうしたのですか、クルル様?」

「……どうだったのよ!」

「……どう、とは?」


 小声でのやり取りに、リリーナも何を言いたいのかすぐに理解できていない。


「……もう! アルと二人っきり、デートじゃないのよ!」

「――!? あっ! えっと、その、あのおおおお!?」


 しかし、クルルが確信を突く言葉を口にしたことで、リリーナは顔を真っ赤にして下を向いてしまう。

 実際に自分もデートだと思っていただけに、はっきりと言葉にされると恥ずかしさが一気に噴き出してしまった。


「何か進展はあったの?」

「い、いいえ! な、何もありませんよ!?」

「えぇ~? ……嘘でしょ?」

「う、嘘じゃないですよ!」

「本当かな~? 手くらいは繋いだんじゃないの?」

「!?!? ……えっと、そのおおおおぉぉ」


 はぐれないように、という側面が強いものの、リリーナとしては嬉しいハプニングでもあったことから、強く否定もできず態度が肯定を示していた。


「えっ! 本当に? ものすごく進展したじゃないのよ!」

「で、でも、そういう感じではなかったから!」

「二人とも、どうしたんだ?」

「ひやあっ!?」


 二人の様子が気になりアルは声を掛けただけなのだが、リリーナが声をあげて驚いてしまい怪訝な表情を浮かべてしまう。


「アルには関係のないことよ! ……いや、関係は大ありか?」

「ん? どういうことだ?」

「ちょっと、クルル様! ほ、本当になんでもありませんから、気にしないでください!」


 今度はリリーナがクルルの手を取って早足で進んでいってしまう。


「……本当に、どうしたんだ?」


 疑問に思うことばかりだが、アルは考えても分からないと悟ったのか、少し離れた場所から二人の後をついていくのだった。

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