第260話:王都観光③
「――ありがとうございましたー!」
入口まで見送りに出てくれたラジェットに手を振りながら鍛冶屋を後にすると、次は王城の正門を見に行こうと歩き出す。
魔法競技会が明日から始まるとあって人の姿は多くあり、観光名所なのか王城に近づくにつれて人通りがさらに多くなっていく。
「これは、移動が大変だな」
「あの、ちょっと、はぐれそうです」
「リリーナ、こっちだ」
「は、はい」
溜息をつきながら移動しつつ、アルはすぐ後ろにいたリリーナに手を伸ばす。
すでに人のいないところが少なくなっており、壁際をゆっくりと進むことしかできなくなっていた。
「……ぷはあっ!」
「この数は、さすがに無理があるわよ」
「僕はもう、戻りたいかなー」
クルル、シエラ、ジャミールの順番で声を漏らす。
「……あれ? アルとリリーナは?」
「前の方を歩いていたけど?」
「えっ? でも、いないけど……」
そして、顔を見合わせると同時に声をあげた。
「「「……は、はぐれたあ!?」」」
三人はわき道に入っていたが、すぐに大通りに飛び出して周囲に視線を向ける。
しかし、人通りが多い中で見つけることはほとんど不可能に近い。
「……まあ、問題を起こしたわけじゃないんだし、大丈夫でしょう!」
「クルルはどうして楽しそうなの?」
「そうだねー。なんだか、ウキウキしてないかい?」
「別にー? 何も考えてないわよー?」
そう口にしているものの、クルルの表情は緩んでいる。
リリーナがアルに好意を抱いていることを知っている身としては、嬉しいハプニングと言えるだろう。
「私たちは私たちで、王都を楽しみましょうよ!」
「……私はパスだわ」
「……僕もー」
「えっ!? ……な、なんで?」
「観光はしたいけど、この人の中を歩くのはね」
「そうだねー。宿屋に戻ってゆっくりしておくよー」
合流してそこまで時間は経っていないが、シエラとジャミールは宿屋に戻ってしまった。
一人になったクルルは固まってしまったが、すぐに行動に移る。
「……よし、二人を探してのぞき見するわよ!」
こうして、クルルは人混みの中に飛び込んでいったのだった。
※※※※
一方で、アルとリリーナはいつの間にか王城の正門前までやって来ていた。
人の流れに乗って歩いていたら、偶然辿り着いていたのだ。
「す、すみませんでした、アル様」
「いや、はぐれなくて良かったよ。でも……クルルたちとは、はぐれてしまったな」
周囲を見回してみたのだが、クルルたちを見つけることはできない。
正門前で待っていれば合流できるはずなのだが、アルは無理だろうなと考えていた。
「……この人混みだし、シエラとジャミール先輩は宿屋に戻っていそうだな」
短い時間なりに二人の性格を把握していたアルは、合流することをすでに諦めていた。
クルルだけは探しに来るだろうと考えていても、ここまで辿り着けるかは分からない。
「どうしましょうか、アル様?」
「うーん……ここから戻るのも時間がもったいないし、このまま二人で観光を続けようか?」
「二人で、ですか?」
「あぁ、二人で」
アルとしては当たり前の決断だったのだが、何故かリリーナは固まってしまった。
「……」
「……リリーナ?」
「……二人……アル様と……」
「……おーい、リリーナ?」
「……こ、これは……もしかして……デ、デデデデ!」
「デデデデ?」
「はっ! な、なんでもありません! はい、二人で観光を続けましょう!」
目の前でアルが首を傾げていることに気づいたリリーナは顔を赤くしながらも、笑みを浮かべて何度も頷く。
「そうか、よかった。それにしても……王城の正門か」
「……とても、荘厳で美しい造りですね」
銀色の門は格子状になっているのだが、一本一本が数センチ単位でズレながら捻れている。その捻れが遠くから見ると一つの絵画を作り出している。
「魔法の女神、メーテリオス様ですね」
「女神メーテリオス? ……確か、授業で聞いたような」
魔法の女神メーテリオスは、カーザリアで信仰されている魔法の祖とされている女神である。
実際には存在しない剣術の女神ヴァリアンテとは異なり、魔法国家カーザリアで暮らす人々なら、知らぬ者はいないとされている女神だ。
「アル様でも知らないことがあるんですね」
「知らないというか、信仰していない神に興味がないだけなんだけどな」
「では、アル様が信仰している神はどの神様なのですか?」
「……知らないと思うぞ?」
「聞いてみたいのです」
レオンですら知らなかった神の名前をリリーナが知っているとは思えないが、隠すことでもないので答えることにした。
「剣術の女神、ヴァリアンテ様」
「剣術の女神、ですか? ……確かに、分かりませんね」
「だろ? まあ、いいさ。それじゃあ、そのまま色々と回ってみるか」
「はい! ……えっ?」
上機嫌に返事をしたリリーナだったが、アルの行動に何度も瞬きを繰り返す。
アルは、リリーナに手を差し出していたのだから。
「はぐれてしまっては、意味がないだろう?」
「――! は、はい!」
その手を取ったリリーナはしばらくの間、笑みを隠すことができなかった。
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