第258話:王都観光

 クルルの案内で最初に向かった場所は、まさかの鍛冶屋が建ち並ぶ区画だった。

 というのも、シエラがどうしても王都の鍛冶屋を見て回りたいと言ってきたのだ。


「ユージュラッドで買ったナイフもいいんだけど、王都の鍛冶屋も見てみたかったのよ」

「鍛冶屋なら、俺も見てみたいな」

「……アルにはアルディソードがあるでしょう」

「斬鉄もあるわよね」

「いや、まあ、そうなんだが……見ているだけでも、楽しいじゃないか」


 シエラとクルルから問い詰められ、アルは渋々理由を口にする。

 すると、二人は顔を見合わせた後にこう口にした。


「「……アルも男の子なんだねぇ」」


 そう言って笑い合っている二人を見て、アルは溜息をつく。

 クルルとジャミールは周囲に視線を向けながら、会話をして歩いている。

 しばらく歩いて進むと、クルルのおすすめだという一軒の鍛冶屋に入った。


「いらっしゃい! ……あれ、クルルさん?」

「お久しぶりです、ラジェットさん」


 商品を並べていた青年は、顔見知りであるクルルを見て手を止めた。


「あっ! ごめん、仕事をしてていいよ!」

「ううん、もう終わりだから。それに、お客様をほったらかしにはできないからね」


 ラジェットはクルルの後ろにいたアルたちに気づいており、両手を前で揃えて頭を下げた。


「いらっしゃいませ。僕はこの鍛冶屋の主人で、ラジェット・ガンスリーと言います。もしよろしければ、商品を見ていってください」


 ラジェットは笑顔でそう口にすると、シエラはナイフが陳列されている棚へと歩き出した。

 残りの面々もそれぞれが見たい場所へと歩いていったが、クルルだけはラジェットと話をしている。


「二人は知り合いなんですか?」

「えっ、何よその話し方、気持ち悪いわよ?」

「……お前なぁ」

「あはは。クルルは誰に対しても態度が変わらないね」


 アルはラジェットがいる手前敬語で話し掛けたのだが、クルルからは大不評を買ってしまったので、普通に話すことにした。

 ラジェットもアルが客だということで、普通に話して欲しいと口にした。


「……まあ、いいんだけど。それで、二人は知り合いなのか?」

「えぇ。ラジェットが打った商品を、リーズレット商会にも卸してもらっているのよ」

「店があるのにか?」

「はい。鍛冶屋が乱立しているここでは、どうしてもお客様が他所に流れてしまいますから。それに、リーズレット商会は個人店よりも信頼があって、ここよりも十分に売り上げが上がるんですよ」

「そうなのか……鍛冶屋も大変なんですね。リーズレット商会では、作者の名前とかも載るんですか?」

「いいえ、今のところは載せてないわ。……どうしたの?」


 個人が大店に商品を卸すということは、大店は売り上げを出すために利益を上乗せする。

 その分、個人の店から購入するよりは高値で買うことになってしまうので、個人の名前が載っていれば、そこに客が足を運ぶこともあるのではと思ったのだ。


「……いや、気にしないでくれ」


 だが、大店としては売上げを見込めなければ個人から商品を卸してもらうなどするわけがない。もっと大口の取引先に声を掛ければいいだけの話だ。

 ここで口を挟むのは違うと、アルは思ってしまった。


「気になったことがあるなら言ってちょうだい」


 だが、会長であるラグロスの孫のクルルが聞きたがっているのであれば、伝えてみても良いかと思い直したのだ。

 そこで、アルは先ほど考えていたことをそのままクルルに伝えた。


「――個人だと客を連れて来れるチャンスになるけど、大店からすると儲からなくなるかもしれないような考えだよ」

「……いいえ、それは違うわよ、アル」


 全てを話し終わった後、クルルの反応はアルの予想とは異なっていた。


「確かに、目先の利益を求めるならそうかもしれないけど、長い目で見れば、職人との信頼関係を強固なものにできる案かもしれないわ」

「それでいいのか?」

「私たち商家は、職人あってのものだからね。商品が充実してこそ、商会を名乗れるんだからね! 帰ったら、早速お爺ちゃんに話してみるわ!」

「お、おぅ、そうか」


 まさかの即断即決に、アルはやや気圧される。

 それはラジェットも同じようで、口を開けたまま固まっていた。

 その後、クルルは一人で何かを考え込んでしまい、アルとラジェットは顔を見合わせて苦笑を浮かべた。

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