第243話:来訪者

 アルが学園から帰宅すると、一台の豪華な馬車が玄関前の広場に停まっていることに気づいた。

 王都から事情を聴くために誰かが派遣される、という話はアルも聞いていたので、その誰かが訪れているのだろうと簡単に考えて馬車の横を通り過ぎていく。

 騎士と御者を務めているだろう人物が会釈をしてきたので、アルもそれに習い頭を下げて屋敷の中へ。

 すると、玄関にはチグサが待ち構えており、無言のままアルを部屋とは逆の方向へと誘導していく。


「……チ、チグサさん? いったい何が――」

「お静かに。来客にバレないよう、身を隠していただきます」

「でも、騎士と御者の人にはばっちり見られてしまいましたよ?」


 アルの言葉にチグサが一瞬だけ動きを止めたが、すぐに歩き出した。


「……何か、言われましたか?」

「いえ。ただ会釈をされたので、それに返しただけです」

「くっ! 先手を打たれてしまいましたか!」

「あの、いったい何があったんですか? 来客は王都から派遣されてきた人なんですよね?」

「とにかく、アル様は身を隠してください!」


 有無を言わせない迫力に、アルは仕方なく指示に従うことにする。

 しかし、向かった先ではすでに来客が先回りしており、腰に手を当てて仁王立ちしていた。


「君がアル・ノワールだね?」

「……えっと」

「君が! アル・ノワールだね?」

「……いったいどういう状況なんですか?」

「君が! アル! ノワール! だね!」

「ちょっと、ランディ!」

「……ランディ、様?」


 ランディと呼ばれた人物は舌打ちしながら声の方へ顔を向ける。

 同じ方向にアルも視線を向けると、そこには息を切らしたノワール家の長男、キリアンが立っていた。


「勝手に、人の屋敷の中を、歩き回るなよ!」

「キリアンが自慢の弟を紹介しないのが悪いんじゃないか」

「だから、今は外出中だって言っただろう?」

「では、そちらにいる人物はどなただろうか?」

「えっ? ……あー、そっか、ダメだったかぁ」


 どうやら、キリアンはアルの存在をランディに隠しておきたかったようだ。

 だが、こうして見つかってしまったのであれば隠し切れるわけもなく、アルはキリアンに視線で合図を送ると、仕方ないと言った感じで頷いてくれた。


「申し遅れました、私はノワール家の三男、アル・ノワールと申します」

「やはりそうか! 私はランドルフ・カーザリア。カーザリア国の第一王子だよ」

「……えっ? 第一、王子……殿下、なのですか?」


 まさかの殿下訪問に、アルは口を開けたまま固まってしまったが、即座に首を下げて改めての挨拶を口にする。


「殿下とは存ぜず、失礼な態度の数々、お許しください!」

「ん? あー、いや、そういった堅苦しいのは嫌いなんだよね」

「……で、ですが」

「アル。ランディは殿下だけど、素はこんな性格だから気にしないでくれ」

「おいおい、それを君が言うのかい、キリアン?」

「ダメなら、僕も恭しく話し掛けましょうか、ランドルフ殿下?」

「……止めてくれ、面倒くさい」

「……だと思ったよ」


 とても気さくに話をしているキリアンとランドルフを見て、アルは顔を上げると先ほどと同じで口を開けたままになっていた。


「さあ、立ってくれ、アル・ノワール君。いや――ユージュラッドの英雄君かな?」

「え、英雄!? いや、俺は……わ、私は、そんな大層な人間ではありませんよ!」

「おいおい、堅苦しいのは嫌いだって言っただろう? それに、ここにはキリアンの友人として足を運んでいるんだから、アル君も気安く話し掛けてくれよ」


 笑顔でそう言われてしまい、困ったアルはキリアンに助けを求める。

 だが、キリアンは苦笑を浮かべながらこれまた頷いてしまったので、仕方なくアルも普通に接することを決めた。


「……分かりました。でも、本当に大したことはしてませんよ?」

「討伐ランクSのフェルモニアを単独討伐したのにかい? いやはや、欲がないというか、なんというか」

「アルは本当に、なんとも思っていないからね」

「全く。ご当主殿といい、キリアンといい、ノワール家の人間はみんなこうなのかな?」


 肩を竦めながら歩き出した二人を見て、アルとチグサはどうしたらいいのか分からずに立ち尽くしている。


「何をしているんだ、アル君。そちらのメイド殿も、一緒に来てくれ」

「バレてしまったら仕方ないか。アル、チグサさん、来てくれるかな?」

「「……は、はい」」


 いまだに話の流れが見えてこないアルはチグサに視線を送る。


「……どういうこと?」

「……実は、私もよくは分からないのです。突然、キリアン様から指示を受けたもので」


 お互いに首を傾げながらも、ここにずっと立ち尽くしているわけにもいかず、そのまま二人を追い掛けて歩き出したのだった。

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