第242話:ユージュラッド貴族
アルたちが学園生活を謳歌している中、貴族たちは新たな立ち位置を巡り論争を繰り返していた。
その理由は、スタンピードによってやむなく取り潰しになってしまった上級、中級貴族が多数存在しているからだ。
大将首だったフェルモニア討伐に出向いたフットザール家や、それに付き従った貴族たちは全滅。唯一、フットザール家の当主だったジルストスの胴体だけが見つかった。
そのため、ユージュラッドの貴族たちが我先にと自らの価値を誇張しながら雄弁に語り始めている。
その相手が誰なのかというと――
「……下がれ」
「で、ですが、ランドルフ様!」
「聞こえなかったのか? 私は下がれと言ったんだ」
ユージュラッドの中級貴族当主は、ギロリと睨まれたことで言葉を飲み込み、すごすごと部屋を後にした。
ランドルフと呼ばれた人物がいるのは、ハッシュバーグ家の別宅である。
ユージュラッドの現状について報告を受けた王様の命によりランドルフは足を運んでいたのだが、滞在するに見合う伝手が
「これで終わりか?」
「はい、ランドルフ様」
「ふぅ。迷惑を掛けるな、セドル殿」
「いえいえ、ハッシュバーグ家の別宅に殿下をお泊めできて、光栄にございます」
連日にわたり貴族からの挨拶と無駄な雄弁を聞かされていた殿下――ランドルフ・カーザリアは、シャツのボタンを一つ外して背もたれに深く体を預ける。
話し掛けられたセドル・ハッシュバーグは、別宅の執事としてランドルフの世話をしていた。
本来ならばランドルフ専属の執事が同行する予定だったのだが、急ぎの案件ということもあり、護衛騎士を伴い先んじてユージュラッドに来てしまっていた。
そこをカバーしているのが、セドルなのである。
「フォルト殿も、今回のスタンピード騒動ではご活躍されたと聞いているよ?」
「はい。私共も、大変嬉しく思っております。良い学友とも巡り会えたようですし、ユージュラッド魔法学園に無理を言って入学したのも、良いご判断だったと今では思っております」
「学友か。……私も、久しぶりにキリアンに会いたいな」
そして、ランドルフはキリアンと同じ職場で働いている。
殿下ではあるものの、王族でも一度は必ず現場を経験するべき、というのがカーザリア王族には語り継がれていた。
「ランドルフ様は確か、第一魔法師隊に所属されておりましたね」
「あぁ。優秀な魔法師が集まると聞いていたんだが、私とまともにやり合えるのは、キリアンしかいなかったんだ」
肩を竦めながらそう口にしたランドルフ。
セドルも笑みを浮かべながら、冷めてしまった紅茶を下げて新しいカップをテーブルに置く。
「しかし、全く活躍していない貴族ばかり顔を見せに来て、どうして活躍した者たちが現れないんだろうね?」
「貴族ではありますが、権力には興味がないのでございましょう」
「それは、ハッシュバーグ家も同じなのかい?」
「ご当主様なら、大笑いしながら頷くでしょう」
「……だろうな」
ハッシュバーグ家当主のことを思い出したのか、ランドルフは苦笑を浮かべながら紅茶を口に運ぶ。
「……仕方がない。あちらから来ないのであれば、こちらから伺うとするか」
「あちらも忙しいのでしょう。それに、今は他の貴族が押し寄せてくると分かっておりますから、明日にでも足を運ぶのではございませんか?」
「かもしれんが、あいつらの性格だと、私が戻るギリギリになってしか顔を出さない可能性もある。こちらから行って、驚かせてやろうじゃないか!」
「さようでございますか。でしたら、馬車のご用意をさせていただきます」
「あぁ。助かるよ、セドル殿」
頭を下げて部屋を後にしたセドル。
護衛騎士にも一旦部屋を出るように指示を出すと、ランドルフは一人になった部屋の中で大きく息を吐き出した。
「……キリアンにも会いたいが、もう一人、会いたい人物がいるんだよねぇ」
キリアンがポロリと口にしてしまった弟の存在。
全属性持ちでありながら、そのレベルは全て1。
普通なら落ち込んでしまうところだが、キリアンの話では努力を重ね、一年次最初のパーティ訓練で階層攻略の記録を更新したのだとか。
「キリアンが王族の私に嘘をつくはずはないが、やはりこの目で見るまでは信じられないからね」
先ほどまでの疲れた表情はどこへやら、ランドルフは鋭い視線で窓の外を見つめる。
「見極めさせてもらうよ――アル・ノワール」
しばらくして、セドルから馬車の用意ができたと報告が入ると、ランドルフのノワール家へと向かったのだった。
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