第195話:トーナメント戦⑤

 第一魔道場にはまるで異質な者を見るような雰囲気が漂っていた。

 それもそうだろう、Aクラスにいるということはレベル3以上の属性を必ず持っておりレベル2も持っている。そしてFクラスにいるということは最高でもレベル3までしか持っていない学生ということ。

 仮にお互いがレベル3同士で魔法をぶつけ合っていたとしたら相克を起こすものの一方が圧倒的勝利を収めることはあまりない。あるとするならば魔力量の違いか魔法操作の違い、もしくは魔法装具の有無が大きく関係してくる。

 実際にアルはオールブラックという魔法装具を使っていたのだが、ヴァイスが使っていた杖も魔法装具であり、さらに言えば心の属性である水属性に特化した魔法装具だった。


「……あ、あり得ない」

「……あの野郎、何かインチキをしてやがるぞ!」

「……そ、そうよ、AクラスがFクラスの一年次に負けるはずがないわ!」


 そして、二階席に集まっているほとんどの学生からアルを非難する声が浴びせられた。

 アルを応援していたエルクたち、二階席に移動していたリリーナやクルルもこの雰囲気ではさすがに声をあげて歓声を送ることはできず、心配そうに舞台上にいるアルを見ていたのだが――


「あはは、あいつ、平気そうじゃないの」

「……本当ですね」

「まあ、アルだしな」

「芯の強さも規格外だったんですね」

「アルさん、グー」


 杖を腰に戻すと、欠伸をしながら控え室に戻っていくアル。

 その姿にさらなる罵声が浴びせられたが、当の本人は二階席へ視線を送ることなく消えていった。


「しかし、この様子だと二回戦からも非難が浴びせられるでしょうね」

「でも、どうして私の時は歓声が上がったのに、アル様の時には非難なのでしょうか」

「アル様の場合は悪目立ちしてしまっていますからね」

「そうだよなー。でも、アルを悪く言う奴ばかりじゃないだろう?」

「そうそう。特にお兄さんやそのパーティメンバー」


 エルクの言葉にマリーが同意しながら口にした面々だが、アルが勝利した直後からこうなることを予想してすでに移動を開始している。


「本当に、弟思いの良いお兄様ですね」

「まあ、最初に話を聞いた時は仲が悪いと思っていたんだけどねー」


 先ほどまでは隣で一緒になって応援していた上級生たちのことを話しながら、五人は場所取りも兼ねてトーナメント表の発表を待つことにした。


 ※※※※


 控え室の前には二年次の学生が殺到していた。

 その表情からは誰もが怒っているのだと容易に想像が付き、通り過ぎようとした学生は壁際によって距離を取るほどだ。

 彼らの狙いは当然ながらアルだった。

 自らの口からインチキをしたのだと証言させるために、中には力づくで口を割らせてやろうと意気込んでいる者までいる。

 すると、控え室から声がしたので全員の視線がドアの方へと向いたのだが――


「やあやあ、下級生諸君」

「こんなところで何をしているのかしら?」


 現れた人物を見て全員が目をむき、そして冷や汗を流し始めた。

 それは何故か? 集まった学生はアルや四年次に在籍している兄のガルボであれば下級貴族のノワール家ということで下級生であっても文句を言ってやろうと決めていた。

 しかし、現れたのが上級貴族の中でも力を持っているミリオン家の長女とハッシュバーグ家の次男なのだから驚くのも頷ける。


「もしかして、私たちの恩人に何か文句でも付けに来たのかしら?」

「言っておくけど、先ほどの試合ではインチキなんて何もなく、単純に魔法技術の差で勝敗が決したのだから文句を付けることなんてできないよ?」


 笑顔でそう口にしたフレイヤとフォルトだが声音には怒りが多分に含まれており、それを感じ取った二年次の学生たちは逃げるようにして四方八方へ散っていった。

 その様子を後ろから見ていたアルは申し訳なさそうに二人へ声を掛けた。


「すみません、フレイヤさん、フォルトさん」

「いやいや、言っていることに間違いはないんだし気にしないでよ!」

「そうですよ。それに、彼らだって本当は分かっているはずですからね」

「どうだろうな。Aクラスの奴が怒りで魔法を暴発させるくらいだぞ」


 最後に姿を現したガルボが嘆息しながら言い放つと、それもそうかと二人は苦笑している。


「アル、二回戦からは完全アウェーな状況での戦いになると思うが大丈夫か?」

「問題ありませんよ、ガルボ兄上。むしろ、大歓迎です」


 冒険者になればこちらの都合よく戦える場面などほとんどないだろう。それをアルを氷雷山で学んでいる。

 それと比べれば罵声を浴びせられるくらいどうってことはないとアルははっきりと口にした。


「頼もしい限りだな」

「なあ、ガルボ。本当にアル君は冒険者になるのかい?」

「これだけの実力者を手放すなんて、ノワール家は贅沢すぎるんじゃないの?」

「レベル1しか持たない魔法師なんて、どこも雇ってくれませんからね。家にいても迷惑にしかなりませんから、冒険者になって少しでも稼いだ方が家のためになると思っていますよ」


 自虐交じりで冗談を言ってみたのだが、ものすごい勢いでフレイヤが食いついてきた。


「だったらさ、ミリオン家に雇われない? 報酬は通常の二倍、いや三倍は出すわよ!」

「はいはい、冗談は置いといてさっさと二階席に戻るぞ」

「そうだね、ガルボ」

「あっ! ちょっと、冗談じゃないんだけど! もう、弟君まで無視するなー!」

「あは、あははー」


 アルは空笑いをしながらガルボとフォルトに続いて階段を上がり、その後ろからフレイヤが頬を膨らませて続いたのだった。

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