第182話:完成した愛剣

 さらに日が経ち、夏休みもあと一日で終わりを迎えようとしていた時である。


「で、出来上がったんですか!?」

「えぇ。ベルさんから連絡があったから取りに行くんだけど、一緒に来るかしら?」

「もちろんだよ、母上!」


 チグサと模擬戦をしていたのだが、アルは居ても立っても居られずにそう口にする。


「あっ! ごめん、チグサさん」

「気になさらないでください、アルお坊ちゃま。模擬戦と言ってもすでに私を凌駕する実力を身に付けているのですから」

「まだまだじゃないか。十回やって勝率五割なんだから」

「それでまだまだと仰るのですから、アルお坊ちゃまはさらに成長いたしますね」


 笑みを浮かべて模擬戦を中断してくれたチグサに頭を下げたアルは急いで外出の準備のために部屋へと戻る。

 汗を拭い、着替えを済ませて屋敷の入り口へ向かうとすでに馬車が用意されていた。


「うふふ、準備を急がせておいてよかったわ」

「ありがとうございます、母上!」


 立ち止まることなく馬車に乗り込んだアルはドキドキしながら自らの愛剣となる魔法装具との対面を待ちわびるのだった。


 ※※※※


「待ってたわよ――きゃあっ!」


 ベルのお店に到着早々、アルは前のめりになりながら魔法装具を見せて欲しいと声を掛けた。


「リーンさん、俺の剣はどこにあるんですか! は、早く見せてください!」

「ちょっと、アルっち、近いから!」

「うふふ、前回とは逆の立場になっちゃったわね、ベルさん」

「笑ってないで助けてよ、ラミアーン!」


 ベルの懇願を聞き入れたラミアンがアルを引きはがすと、自分の行動に恥ずかしさを覚えたのか顔を赤くしているアル。

 その様子をラミアンは微笑ましく見ていたが、ベルは自分もそうだったのかと思い内心で反省していた。


「ゴホン! そ、それじゃあ持ってくるからちょっとだけ待っててね」

「は、はい!」


 だが、剣と対面できると分かれば恥ずかしさは消えてしまい、期待だけがアルの中には残っていた。

 カウンターの奥からベルが長方形の長く大きな箱を抱えて戻ってくると、それをカウンターに置く。

 ゴクリと唾を飲み込みながらベル見ると、一つ頷いてくれたのでアルは鍵を開けてゆっくりと箱を開けた。


「……うわあ……凄い、凄いですよ、リーンさん!」

「アルっちの期待に応えられたかしら?」

「完璧です! あぁ、うん、この刀身の輝き、そしてシンプルなデザインがまた最高ですよ!」

「アルったら、本当に剣のこととなったら子供に戻るんだから」


 氷岩石の色が残っているのか刀身は淡い青色なのだがそれがまた美しさを際立たせている。

 鍔はシンプルに長方形の形をしているのだが刀身と柄の間にはノワール家の家紋が目立たぬよう彫られていた。

 刀身を撫で、そのまま鍔を触りつつ柄へ手を伸ばして掴み上げる。

 刃長は60センチほどで今のアルが扱いやすい長さであり、握りもしっくりくる作りになっていた。


「柄の部分もお渡しした剣を参考にしてくれたんですか?」

「そうみたいよ。それが使い手にとって握りやすいだろうからってね」

「そうですか……あぁ、嬉しいな。使い手のことを考えて懇切丁寧に作ってくれるだなんて」


 一度会ってみたい、そう思わせるほどの美しい剣がようやくアルの手元に届いたのだ。


「……リーンさん、この剣の名前は何て言うんですか?」

「一応、魔法装具なんだけどなぁ……まあ、アルっちが剣だと思うならそうなんだろうけど」


 魔法装具師として少しだけ寂しさを感じつつもベルはそのことを表情に出すことはなく少し思案顔になったのだが、すぐにアルを見てニヤリと笑った。


「……どうだろう、アルっちが決めてみたら?」

「えっ? でも、作ったのはリーンさんですから、名付けも作った方がされるのではないですか?」

「人それぞれよ。僕が名付けても自分が呼びやすい名前に変える人もいるくらいだしね。まあ、使い手が呼びやすい名前が一番ってことじゃないかしら」

「それもそうね。アル、決めてみたらどうかしら」


 二人から勧められたこともあり、アルは自分で剣の名前を決めることにした。

 だが、自分で決めるなら候補はすでに胸の中にしまってある。それはアルベルト時代の愛剣に名付けていた名前でもあった。


「それじゃあ、お前の名前は――アルディソードだ」


 アルディソードを光にかざしたアルの表情は自然と笑みを刻み、その様子を二人も微笑ましく見つめている。


「アルディソードか、良い名前じゃないか」

「そうですね。アルは名付けのセンスもあるみたいだわ」

「……母上、早く戻ってチグサさんと模擬戦をやらせてください!」

「はいはい、分かったわよ」

「落ち着きがないな、アルっちは!」


 早く剣を試したい、思いっきり振り抜きたい、その気持ちがアルを動かしている。

 ベルに何度もお礼を口にしながら、アルは駆け足で馬車へと戻っていく。


 今日この日、アルはこの世界で初めての愛剣を手に入れたのだった。

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