第180話:魔法装具師③
魔法装具はその日で簡単に完成するものではない。
素材と素材を掛け合わせるだけではなく、魔法を増幅させる機能を安定させるために分量を細かく調整する必要がある。
そうなると氷岩石をアイテムボックスに入れているアルがベルの店に通う必要があると思っていたのだが、そこは考えてくれていたようだ。
「ふっふふーん! 実は、温度を一定に保ってくれる特別仕様の保存箱を発注しておいたのよ! それに入れておけば氷岩石が融けない温度で保存できるの!」
「そうなんですか……あれ? でも、これがあったら俺がわざわざ氷雷山に行く必要はなかったんじゃ?」
氷岩石の保存方法に難があったのでアルが足を運んだ。まあ、本人が行きたがったという理由も大いにあるのだが、それでも保存箱があることを知っていればもっと別の選択もあったかもしれない。
だが、その保存箱こそが大きな問題だった。
「あー、えっとねー、その保存箱なんだけど、めっちゃ大きくてとっても重いのよ」
「……そ、そうなんですか?」
「うん。だから持ち運ぶとか絶対にむーりー! 仮に持っていくなら、保存箱を入れるアイテムボックスが必要になるわね!」
「それじゃあ意味がないですよ」
「そりゃそうだ!」
大きな声で笑いながら話しているベルはとても楽しそうだ。
その理由は明白であり、そろそろ我慢の限界が迫っていた。
「それはそうとさあ……そろそろ氷岩石を見せてくれてもいいんじゃないかしら!」
「そうですね。でも、ここで出したら一分くらいで融けてしまいますよ?」
「だから裏まで来てちょうだーい!」
「……あっ、そうですか」
それが保存箱まで氷岩石を運んでということを理解したアルは苦笑を浮かべながらベルについていく。
そして、そこにあった巨大な箱を見てこれは運べないなと納得した。
「これ、氷岩石を保存するだけのものじゃないですよね?」
「分かっちゃった? 上級貴族とかは食材を保存するために使っているみたいだけど、僕は氷岩石のために準備したのよ!」
「……母上、この保存箱の値段も今回の支払いに含まれていますか?」
「もちろんよ」
「……上級貴族が使っている保存箱……絶対に、高いよな」
お金の問題ばかりがアルの頭の中を行き来している。
ラミアンとしてはそこまで気にしてほしくないので保存箱が低価格で手に入ったことをアルに説明した。
「ザーラッド家が取り潰しになったでしょう? これはその時に没収された保存箱なの。だから中古品として市場に出回ったからお金もそこまで掛かっていないの。だから安心してちょうだい」
「他にもたくさんの品が市場に出たから一時期は貴重な道具の取り合いだったのよねー」
ザーラッド家の取り潰しが平民にまで影響を及ぼしていたとは知らず、アルは驚くばかりだったがお金がそこまで掛かっていないのであればよかったと思い直す。
「結構な量があるので、必要な分だけ出したいんですがどれくらい必要ですか?」
「検証が必要だからそれなりに。この保存箱一杯になるくらいは……さすがにないわよねー」
保存箱の大きさは縦二メートル、横と奥行きが一メートルほどの大きさになっている。
今は何一つ入っていないのでここを一杯にする量が取れるほど氷岩石は一般的な鉱石ではない。だが――
「ありますよ」
「まあ、できたらある分だけ……えっ?」
「いや、一杯になるくらいにあります。むしろ少し余っちゃうかもしれません」
「……えっと、氷岩石、だよね? 一ヶ所から少量しか取れないはずだけど?」
「たまたま群生している場所を見つけたんです」
口を開けたまま固まってしまったベル。
しばらくそのままだったのだが、急に体を震わせると目を輝かせながらアルに急接近してきた。
「お願いします! 保存箱一杯に置いてくれませんか!」
「い、いいですけど」
「いいの! 本当よね、後からダメですとか言わないわよね!」
「言いませんから、あの、近いですよ!」
「ベールーーーー?」
「ひいっ! ご、ごめんなさああああいっ!」
ラミアンの雷が落ちた後、落ち着いたベルさんの指示の下でアルは氷岩石を保存箱に入れていった。
そして保存箱一杯に氷岩石が入るとベルはその光景をニヤニヤしながら見つめている。
「えへ、えへへ、壮観だなぁ」
「本当に大丈夫なんだよね、母上」
「うーん、今日の様子を見ると私も心配になっちゃうわ」
しばらくその場から動かなかったベルだったが、ラミアンが低い声音で声を掛けると我に返り今後の話へと移っていった。
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