第150話:素材買い取り

 裏口には解体所が併設されており、入り口を進んだ先には大きなスペースが広がっている。


「申し遅れましたが、私はノースエルリンドの冒険者ギルド所属のノルン・リーズナーです。では、魔獣を出してもらってもよろしいですか?」


 周囲には誰もおらず、アルがアイテムボックスを持っていることから配慮してくれたのだろう。

 遠慮せずに魔獣を取り出していくと最初は笑みを浮かべていたノルンだったが、その表情は徐々に引きつっていくと最終的には両手で顔を覆ってしまった。


「これで全部ですね。……って、どうしましたか、ノルンさん?」


 全てを魔獣を取り出したところでようやくノルンの様子に気がついたアルが声を掛けると、右手を突き出して制止する。


「ちょ、ちょっと待っていてください! この量を私一人で査定するには時間が掛かるので、他の職員を呼んできます!」


 そう叫ぶと急いで冒険者ギルドへ戻っていった。


「……本当にガバランさんの言う通りになりましたね」

「まあ、この量だからな」

「私でも引くくらいの量ですもんねー」

「いやはや、話には聞いていたが実際に目にすると開いた口が塞がりませんな」


 最後はガッシュが呆れたように声を漏らしていた。

 ガバランとガッシュはオークジェネラル討伐の依頼を受けるために一度冒険者ギルドへと戻り、査定を見守るためにアルとエルザはその場に残った。

 しばらくしてノルンが戻ってくると、その後ろからは二人の男性職員がついてきている。


「うおっ! ……マジか」

「ノルンが嘘を言ってると思ったが、そうではなかったんだな」

「だから本当だって言ったじゃないですか!」


 少し怒った様子のノルンに男性職員の二人は苦笑しながら宥めている。

 フーフー言っていたノルンだったが、アルとエルザがポカンとした表情でやり取りを見ていることに気づくと咳払いを一つして腕捲りをした。


「ゴホン! ……そ、それじゃあ始めますよ!」

「「了解!」」


 ノルンの合図と共に作業は開始された。

 その様子を近くの切り株に腰掛けながら眺めていたアルだったが、突然エルザからお礼を口にされて首をコテンと横に倒す。


「急にどうしたんですか?」

「その、私なんかのために言葉を尽くしてくれて、嬉しかったです」

「あー、あれは回り回って俺のためでもありますからね。エルザさんだけのためじゃないからなんだか心苦しいな」


 苦笑しながらそう口にしたアルを見てエルザは笑みを浮かべる。


「それでもです。……魔法が苦手な私は冒険者からの評判も良くなくて、今回もノワール家からの依頼なのにどうして私なんかがって思っちゃったくらいなんですよ?」

「ガバランさんはヴォレスト先生が指名して、エルザさんは父上と母上の指名ですものね」


 エルザは自分が指名されたことに疑問を抱いているようだが、アルはその理由になんとなく察しがついている。


「父上たちがエルザさんを指名した理由は、剣の腕だと思います」

「でも、Dランクですよ?」

「俺が剣術を学びたいと常々口にしていますからね。きっとエルザさんが師匠の目に止まって指名したのかと」

「……アル様はとてもお強いです。私なんかでは手も足も出ないでしょう。そんな方のお師匠様となれば相当な実力者なんでしょうね」

「本当に強いです。最近、ようやく本気の師匠から一本が取れましたよ」


 魔法を交えた模擬戦は初めてだった。

 金属性を用いてギリギリの勝利を収めたものの、次も同じ手が通じるはずがない。

 次の模擬戦までには新たな力を手に入れなければならない。そう──剣型の魔法装具を。


「……アル様?」

「あっ、ごめん。ちょっと考え事をしていたよ」


 頭を掻きながら苦笑を浮かべ、その後からは世間話に興じていた。

 しばらくしてガバランとガッシュも戻ってくると、ようやく魔獣のさていが終了した。


「お、お待たせしました~」


 捲っていた腕の裾は下がってきており、ノルンの後ろでは二人の職員が地べたに座り込んでいる。

 これだけの数が持ち込まれることはあまりないのかとガバランへ振り返ると大きく頷いていた。


「アイテムボックス持ちは?」

「……ほとんどいません」

「そういうことだ。普通はこれも半分にも満たない量が持ち込まれる。もしくは、討伐証明として魔獣の耳や眼といった持ち運びやすい部位だけを持ち込むことの方が多い」


 魔獣は人間の驚異になる。

 道中で魔獣を狩り、討伐証明となる部位を持ち込むだけでも報酬を手にすることができるのだ。


「こうして素材ごと持ち帰る方が当然報酬は多く手に入るが、それは物理的に難しいんだよ」

「そうですよね……皆さん、お忙しいところありがとうございます」


 アルはお礼を口にしながら査定をしてくれた職員に心付けを手渡していく。

 僅かな金額ではあったものの、三人は顔を見合わせると慌ててアルに返そうとしてきた。


「い、頂けませんよ! これが私たちの仕事なんですから!」

「素晴らしい仕事をしてくれたんですから受け取ってください。そうでなければ、買い取り金額の一割を受け取ってもらいますけど?」

「そっちの方が高くなっちゃいますよ!」

「あはは、ではそのまま受け取ってください。これは俺からのささやかなお礼なんですから」


 再び顔を見合わせた三人はしばらくして笑みを浮かべると頭を下げて受け取ってくれた。

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