第92話:ガルボはどこに?

 お風呂を上がりそのまま解散となったので、アルは部屋にもどりとある木の像を眺めていた。


「変な声が聞こえた気がしたんだがなぁ」


 それは、ダンジョンの七階層で拾った木の像だった。

 木の像が声を発するわけもなく、アルは耳元に木の像を持っていっても何も聞こえないことを確認するだけ。


「……まあ、当然と言えば当然か」


 そのまま木の像を机に置いたまま部屋を出ると、晩ご飯を食べるためにリビングへと移動した。


 今日の晩ご飯もレオン、ラミアン、そしてアンナの四人での食事となった。


「アル、学園でガルボを見なかったか?」

「ガルボ兄上ですか? いえ、見ていませんが、何かあったんですか?」


 レオンからの唐突な質問に答えながら、アルからも質問を口にしていた。


「実は、今日はまだ帰ってきていないようなんだ」

「えっ!」

「お父様、それって大丈夫なのですか?」


 アルが驚きの声をあげるのと同時に、アンナからは心配の声が聞こえてきた。


「ダンジョンに潜ることが多くなっていると報告を受けていたから、そちらに行っているとは思うんだがなぁ」

「俺も今日はダンジョンに潜りましたが、そちらでも見ませんでした。ただ、午前中からお昼を少し過ぎた時間までで、八階層まででしたからそれよりも下層であれば分かりませんね」

「……アル、お前は八階層まで潜ったのか?」

「えっ? あ、はい」


 突然のアルの告白にレオンは何度も瞬きを繰り返している。

 その様子を見たラミアンとアンナは堪えきれずに笑い声を漏らしていた。


「うふふ、あなたでもそんな顔をするんですね」

「お父様、驚きすぎですよ」

「いや、キリアンでも一年次の最後でようやく到達した八階層だぞ? さすがに驚くだろう」

「これも仲間たちのおかげですよ」

「確か、エルドア家の二女とリーズレット商会の娘だったな」

「父上はクルルのことも知っているのですか?」


 食事での話題はガルボのことから自然とアルのパーティについてへ変わっていく。


「ユージュラッドで世話になっている商家のことくらいは把握している。確か兄がいたはずだな」

「はい。クルルは魔法を学び、自分で商品を作りたいと考えているようです」

「そうか。しかし、それだとダンジョンに潜るのは研鑽の時間を削ることにならないか?」

「クルルなりに考えているようです」


 本当はアルがレベル1の金属性で商品になり得る作品を作ったことで魔法操作を習いたいと思っているのだが、そこは口にしなかった。


「ならいいが、あまり無理強いはするなよ」

「分かっています」

「ねえねえ、アルお兄様! もっとダンジョンのことを教えてくれませんか? リリーナさんたちから話を聞いたんですが、お兄様からも聞きたいのです!」

「それは私も気になるわね」

「食事中に話す内容ではないと思いますよ?」

「二人が期待しているんだ、いいんじゃないか?」

「……まあ、父上がいいのであれば」


 そして、アルはダンジョンで何があったのかを話していった。

 今日の話は特別面白い内容ではないので、初めてダンジョンに潜った時の話だ。

 ブラックウルフの特殊個体の話はアンナだけではなくレオンも身を乗り出して聞き入っていた。


「よく倒せたものだな」

「チグサさんとの訓練がなければ難しい相手でした」

「そうか。そのことはチグサには話したのか?」

「いえ、このようにゆっくりと話をする機会はあまりありませんから」


 チグサと二人になる時は訓練の時だけだ。

 そして、そうなると訓練だけに時間を注ぐこととなり、こうして世間話に興じることはほとんどない。

 休憩時間すらもったいないと感じているアルの性格も問題の一つになっていた。


「チグサは言葉は少ないが、アルのことを高く評価している。お前の話でさらにやる気を出してくれるかもしれないぞ」

「そうでしたか。では、次の訓練の時には少しだけ学園での話もしてみようと思います」

「あっ! 訓練と言えばお兄様、どうして剣術を学んでいることを黙っていたのですか?」


 思い出したかのようにアンナが質問を口にすると、レオンだけが表情を曇らせた。


「……アンナも聞いているだろう?」

「過去の産物、ですよね。でも、アルお兄様やチグサさんの模擬戦を見ていると、あれが過去の産物とされている理由が私には分かりません。それに、チグサさんを雇っているのはお父様なんでしょう?」

「……その話はまた今度にしよう」

「ちょっと、お父様!」

「アンナ、あまり父上を困らせるなよ」

「お兄様まで……だって、お兄様は不当な評価を受け過ぎです。実力はあるのにFクラスで、上級貴族の子からもちょっかいを出されているんでしょう?」

「お前、誰から聞いたんだ?」

「クルルさんです」


 アルは頭を抱えたくなったが、これ以上は何を言ってもアンナを説得することはできないと考えてこの場はレオンに任せることにした。


「……説明するから、私の部屋に来なさい」

「……分かりました」

「ラミアンとアルは食事が終わったら部屋に戻りなさい」


 そう言って、レオンはアンナを連れてリビングを出る。


「……アル」

「なんですか、母上」

「学園でガルボを見かけたら、声を掛けてあげてね」

「もちろんです」


 ラミアンはガルボのことを忘れてはいなかった。

 アルもガルボのことを心配していたので、すぐに了承を示すとリビングを後にした。

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