閑話:ヴァリアンテ・トゥエル・フリエーラ③

 ヴァリアンテはとあるシナリオを考えていた。

 それは、アルベルトがピンチに陥っている時に忘れ去られた剣術の神として降臨して颯爽と助けるというものだ。

 そして、学園ではおあつらえ向きにパーティ訓練が行われており、魔獣が跋扈するダンジョンへアルベルトは潜っている。


「ここでピンチになったアルベルト様を助ければ、私は立派な剣術を司る神ヴァリアンテとして信仰されることになるわ!」


 ヴァリアンテは信じて疑わなかった。自らが立てた自画自賛のアイデアを。だが――


「…………ピ、ピンチを切り抜けちゃったんですけどおおおおおおぉぉっ!?」


 アルベルトは自身の力でピンチを切り抜け、すでにダンジョンを脱出してしまっていた。

 そうなると、アルベルトの前に颯爽と現れるどころか姿を見せることも叶わず、ヴァリアンテは途方に暮れることしかできなかった。


「……えっ? ちょっと待って、これって、どうしたらいいの?」


 ヴァリアンテは信仰神だ。

 自らを信仰している者、もしくは知っている者にしか力を与えることができず、その者の近くにいなくてはただの存在でしかありえない。

 ヴァリアンテはアルベルトを助けるため、とある物にその身を委ねていた。


「……わ、私、木彫りの神像になっちゃったんだけどおおおおおおぉぉっ!」


 天界から地上世界へ降りる際、ヴァリアンテは身を委ねるための神像を自ら彫っていた。

 これは天界にそびえる神木、ユグドラシルの枝を使って彫られた神像であり、魔力透過性は地上世界に存在するあらゆる素材を凌駕している。


 ヴァリアンテのシナリオ通りに事が運んでいたならば、アルベルトがピンチになったタイミングで地面に転がっている神像を発見。

 アルベルトはヴァリアンテの存在を知っているこの世界唯一の人物なので、その力を行使することができる。

 そこで剣術を司る神ヴァリアンテとしてその姿を現して魔獣を撃退する。

 最後には助言として神像を肌身離さず持ち歩くようにと伝え、その身を再び神像に委ねる、というものだった。


 実際のところヴァリアンテは剣術が使えない。魔法を使って魔獣を撃退する予定だったわけで、それで剣術を司る神を名乗っていいのかという問題もあるが、ヴァリアンテからすればアルベルトを助けられれば問題はなかった。

 だが、実際は助けるどころか仲間と一緒にピンチを切り抜けてさっさとダンジョンを脱出してしまっている。

 ヴァリアンテの存在を唯一知っているアルベルトが近くにいなければその力を行使することはできない。

 力を行使できないということは、ヴァリアンテは神像の状態からその姿を現すこともできない。

 ということは――


「ちょっと待ってよ、私――動けないんですけどおおおおおおぉぉっ! アルベルト様、助けてええええええぇぇっ!」


 アルベルトを助けるために地上世界に降りてきたヴァリアンテだが、逆にアルベルトに助けを求めることになるとは……とても残念な女神なのだった。


 ※※※※


「――はっくしょん!」

「大丈夫でございますか、アルお坊ちゃま」

「……あぁ、大丈夫です」


 自宅の裏庭でチグサと剣術の訓練をしていたアルはくしゃみをしていた。


「……誰か、噂話でもしているのか? 大方、リリーナかクルル、ヴォレスト先生あたりかな」

「噂話、ですか?」

「えっと、迷信みたいなものですよ。それよりも、続きを始めましょう」

「アルお坊ちゃまが問題ないなら、そうですね」


 こうして、アルはヴァリアンテの存在に気づくことのないまま、剣の道を突き進むのだった。

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