第64話:ダンジョン・帰還

 休憩を取りながら、アルはブラックウルフの素材を回収していた。

 その途中、一つの素材に目が留まり手に取るとじっと見つめてしまう。


「アル様、どうしたのですか?」

「あれ? これって、ブラックウルフの牙じゃないの?」

「あぁ。この牙……もしかしたら、魔法装具に使える素材かもしれない」

「「えっ!」」


 よく考えると、特殊個体と思われるほどに巨大なブラックウルフだったのだから、その素材が特別なものになる可能性もなくはない。

 アルはブラックウルフの牙をアイテムボックスに入れると、他にも同様の素材がないかを確認してまわったが、結果として魔法装具に使えそうな素材は見つからなかった。


「ってことは、もし牙が魔法装具に使えると二つの目標を達成したことになるのね」

「ここまで来たら八階層まで行きたいが――」

「絶対にダメですからね!」

「……分かってるよ。俺も早死にはしたくないしな」


 リリーナに怒鳴られると、アルは肩を竦めながらそう口にした。


「それにしても、アルって剣術も使えたのね」

「クルルは剣術を知っているのか? その、過去の産物を」


 アルは自分の口からはあまり言いたくはない言葉と共に確認を取ってみたのだが、リリーナは特に変わった様子もなく答えてくれた。


「そりゃあ、道具屋には冒険者のお客様も多いからね。過去の産物って言われているけど、それは王族とか貴族とかが言っているだけで、私たち一般庶民からすると身近なものなのよ」

「……そ、そうなのか?」


 冒険者が剣術を、武術を使っていることはチグサから聞いてはいたが、それが庶民からすると身近なものだということは知らなかった。


「……わ、私も知りませんでした」

「リリーナも? ……まあ、庶民と貴族は違うってことかしらね。それよりも、アルは貴族なのにどうして剣術を? それも、腕前だって一級品じゃない?」

「どうだろうな。腕前に関してはまだまだだと思う。剣術に関してはチグサさんに習っているからな」


 アルは事実を半分、嘘を半分で答えた。

 剣術を見せたのは生き残るためであり、レオンから許しを得たわけではない。

 そんな状況で、神のお告げだと言ってしまっていいのかとも考えていた。


(そもそも、神のお告げというのも苦し紛れで出た言葉なんだがな)


 事実はアルベルトとしての人格、そして剣術の能力を与えられて生まれ変わった転生者なのだ。

 そのことについては誰にも伝えていない、アルだけの秘密だった。


「さて、話を現実に戻すぞ。学園に戻ってからのことだが、俺たちのパーティは到達階層が七階層、提出する素材は……ブラックウルフの毛皮でいいか?」

「いいのではないでしょうか。正直、アル様一人で倒したようなものですが」

「それは言えてるかも。私たち……違うわね、特に私はただ震えていただけだもんねー」

「それは違うぞ。二人が魔法でブラックウルフの進路を防ぎ、攻撃して意識を逸らせてくれたから、俺はブラックウルフを倒すことができたんだ。俺一人では、絶対に倒せなかった相手だった。二人とパーティを組めて、俺は本当にありがたいと思っているよ」


 アルは笑みを浮かべながらはっきりとそう口にした。

 最初は困惑していた二人だったが、最後まで話を聞いた後は恥ずかしそうな笑みを浮かべていた。


「……こちらこそ、ありがとうございます」

「……アルのおかげで、良い成績を貰えそうだね!」

「現金な奴だな」

「それが商人というものです」


 七階層での休憩はとても楽しいものになった。

 そして、十分な休憩を取った三人は来た道を引き返して上層へと向かう。

 下層への階段を探しながら探索ではなく、すでに階段の場所を知っている上層への道のりは行きよりも幾分か楽なものだった。

 しかし、魔獣がいないわけではないので散発的な戦闘は避けられない。

 すでに剣術を見せているのでアルが前線に立とうとしたのだが、そこは二人から断固として拒否されてしまった。


「魔法を使わなければもう十分に動けるんだが?」

「何があるか分からないんだから、安静にしてなさい!」

「そうですよ、アル様。たまには私たちを頼ってくださいね」


 そこまで言われてしまうと強くは言えず、アルは仕方なく後方へと下がり戦況を見守ることにした。

 危険があれば援護しようとも考えていたのだが、この二日間で二人は著しく成長していた。

 魔獣の群れと遭遇しても的確な魔法を選択して対応しており、五メートル以内に魔獣を近づけることもなく一掃してしまった。


「六階層でこれなら、俺の出る幕はないかもしれないな。それなら――」


 アルは戦闘を二人に任せることにして、ちょっとした考え事をしながら上層へと戻っていく。

 そして、五階層も突破して四階層へと戻ってきた時、懐中時計を見ながら今日はここで野営を取ろうと足を止めた。

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