閑話:ヴァリアンテ・トゥエル・フリエーラ②
フローリアンテからアルベルトを助けるために地上へ向かうように言われてから――地上世界で数年が経っていた。
これはヴァリアンテがサボっていたわけではなく、神の時間感覚が地上世界とは異なることから起こってしまった出来事である。
「さてさて、今のアルベルト様はどうなっているかなー。……あれ? なんだか、ものすごく成長してない?」
地上に向かうように言われたのがアルベルトを転生させて六年後のこと。
だが、今のアルベルトは12歳になっており、当時と比べて大きく成長していた。
神からすると一日なのだが、死という概念がない神から見ると天界の数時間が、地上世界で言うところの数年に値する。
「……あー、ヤバい。これって、めっちゃ怒られるやつじゃない?」
サボるつもりは毛頭なかったが、それでも時間感覚が天界と地上世界では大きく異なることを神は知っている。
あくまでも失念していたのはヴァリアンテ本人なのだ。
「……バ、バレる前にさっさと地上世界に向かわないと――」
「ヴァーリーアーンーテー?」
「ひいいいいぃぃっ!」
しかし、バレてしまった。
まるでおもちゃのようにカクカクとした動きで振り返ったヴァリアンテが見たものは、鬼の形相で目を見開いているフローリアンテである。
「あなた、どうしていまだにここにいるのかしら?」
「えっとー、そのー、い、今から行こうと思ってましたよ! 本当に、今すぐにです!」
「地上世界ではどれだけの年数が経っているのか、分かっているのですか?」
「あ、あははー、確かに、アルベルト様はたくましくなられてますねー」
「ふざけているのですか!」
「す、すみませええええん!」
短期間でこれだけ怒鳴ったのはいつ振りだろうかとフローリアンテは考えてしまう。
それくらい珍しいくらいに、ヴァリアンテの行動はあり得ないことだった。
「本当に今すぐに行けるなら、さっさと行きなさい!」
「よ、喜んでえ!」
バタバタと準備を始めたヴァリアンテは、残ってこちらを見ているフローリアンテをチラチラと見ている。
「……あなたが出発するまで、私はこの場から離れませんよ?」
「は、はいいいいぃぃ」
もう覚悟を決めなければならないとヴァリアンテは諦めた。
すでに女神を返上して信仰神に生まれ変わる準備はできている。
何を信仰する神になるのかはヴァリアンテが決めることができた。
「アルベルト様が信仰するような神なら、当然剣術を司る神だよね」
魔法国家であるカーザリアには剣術を司る神がいるはずもない。
過去にいたとしても、今では忘れ去られているだろう。
この現状を利用しないわけにはいかない。
「忘れ去られた信仰神、剣術を司る神ヴァリアンテとして、私はアルベルト様の前に現れるのよ!」
完璧なシナリオだと自画自賛しているヴァリアンテだが、フローリアンテは心配そうにその背中を見つめている。
だが、これ以上フローリアンテが手を貸すことはできない。
女神を信仰神に変えて転生者の力になることはいわばグレーゾーンであり、これ以上の手助けは地上世界への過度な干渉に触れてしまう。
心配は尽きないが、後のことはヴァリアンテに任せるしかない。
「準備できました、フローリアンテ様!」
「よろしい。では、参りましょう」
ヴァリアンテの部屋を出た二人は地上世界に降りるため、専用の魔法陣がある転生部屋へと移動した。
この魔法陣は神を任意の存在に転生させることで、地上世界に降ろすことができる。
ヴァリアンテが転生するのは、もちろん信仰神だ。
「いきなり目の前に現れるのは問題があるでしょう。何か考えはあるのですか?」
「アルベルト様が通っている魔法学園。そこでダンジョンに潜るようなので、その時に颯爽と現れようと思っています!」
「……颯爽とではなくても構いませんが、アルベルト様の迷惑にならないよう、最善の注意を払うようにしてくださいね」
「はい、もちろんです!」
元気に返事をする様子を見て、逆に心配が募ってきたフローリアンテ。
しかし、時間は刻一刻と進んでいく。
「……よろしく、お願いしますね」
「ではフローリアンテ様、いってきます!」
魔法陣から金色の光が溢れ出しヴァリアンテを包み込む。
その光が弾け飛ぶと、中心に立っていたヴァリアンテの姿はどこにもなかった。
転生部屋を後にしたフローリアンテは、自らもアルベルトの様子を見てみようと地上世界へと目を向けてみた。
「おや? どうやら、アルベルト様はカーザリアでも十分に剣術を学んでいるようですね」
その様子にホッと胸を撫で下ろす。
このまま成長し、そして剣の道を極めてくれればヴァリアンテの行動も報われるだろうと考えたのだが、ここで一つの失敗に気がついた。
「……これ、ヴァリアンテを地上世界に向かわせなくてもよかったのでは?」
目的が達成されないと危惧したことでヴァリアンテを向かわせたのだが、今のアルベルトは心身ともに充実している。
むしろ、目的を達成させるために意欲も十分な状態だった。
「……これは、早まりましたか?」
今となってはどうしようもない。
アルベルトのためを思っていたフローリアンテだが、今ではヴァリアンテが迷惑を掛けないようにと願うばかりだった。
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