第41話:実力を見せるために
裏庭に出ると、そこにはまたもラミアンの姿があった。
アルはレオンに向き直ったのだが、どうやらレオンも知らなかったようで困惑顔を浮かべている。
「あなた、私もアルの成長をこの目で見たいのだから、お付き合いさせてもらうわね?」
「……あぁ、分かった」
「よろしいのですか、父上?」
「こうなったらてこでも動かないからな」
諦めたように口にしたレオンから視線をラミアンに向けたのだが、浮かべているその笑みには妙な迫力があり、アルも仕方がないと納得した。
「チグサさんがいるということは、模擬戦の相手は?」
「はい。私が務めさせていただきます」
「お手柔らかにお願いします」
「それはこちらのセリフでございます、アルお坊ちゃま。お昼にも申し上げましたが、すでに私以上の剣技をお持ちなのですから」
お互いに微笑み、裏庭の中央で一定の距離を取り向かい合う。
「時間もない、一本勝負とさせてもらおう」
レオンがそう説明すると、二人の間に立ち右手を上げる。そして――
「始め!」
合図と同時に手を降ろして後ろに下がる。
同時に駆け出したのはチグサだった。
いつもなら受け身となりアルの仕掛けを待つのだが、今回は先手必勝と言わんばかりにアルの間合いへと侵入してきた。
「ふっ!」
振り抜かれた逆手の二振り。
左腕と右足を狙った同時攻撃は、さらに一歩踏み込んできたアルの斬り上げによって視界を奪われた。
舞い上がる砂煙。
それでもコンマ一秒の差で捉えられると確信を得ていたチグサだったが、二振りはどちらも空を切る。
そして、砂煙を斬り裂き目の前に現れた刀身に目を見開く。
アルは斬り上げと同時にその場で飛び上がりチグサの攻撃を回避していたが、それはバク転となり僅かながら間合いを作っていた。
チグサの目の前に迫った刀身は、着地と同時に放たれたアル渾身の横薙ぎだった。
「良い打ち込みです!」
「ちいっ!」
確かに不意打ちだった。これがチグサでなければ決まっていただろう。
だが、チグサは六年前から何度もアルと模擬戦を繰り返してきたことで、アルの思考を、マリノワーナ流を身体が覚えていた。
「確か、マリノワーナ流、砂祭り」
「一度見せた剣技では、決め切れませんか」
「私も成長しているということですね」
一瞬の攻防からの静寂。
あまりの迫力に離れたところで模擬戦を見守っているレオンの額からは汗が流れ、ラミアンは大量の手汗を掻いている。
速攻を仕掛けたチグサだったが、今度はすり足でじりじりと間合いを詰めていく。
アルも迎え撃つ形で同じようにすり足で近づいていく。
単純な武器の間合いではアルが有利だが、一瞬の加速ではチグサに軍配が上がる。
お互いに、次で決める、決まると思いながら柄を握り直し――アルが動いた。
「
「すでに見ました!」
「知っています! ――
「派生剣技!」
マリノワーナ流で最速の一振りである弧閃。
模擬戦では何度も繰り出している剣技で仕留められるとはアルも思っていない。
そこから流れるように連撃を繰り出す技こそが流線弧閃である。
捻りからの遠心力を用いた横薙ぎから、動きを止めることなく右回し蹴り。
「体術!?」
「俺の全てを注ぎ込みます!」
模擬戦を始めてから今日までで、初めてチグサの驚愕にも似た声を出させることに成功した。
ここが勝負どころと判断したアルはさらに踏み込み反撃の隙を与えまいと流線弧閃の流れを途切れさせない。
右脚が地面に付いたと同時に袈裟斬りを放ち、紙一重で回避されたと見るや腕を引いて刺突を見舞う。
右の木剣で打ち上げると左の木剣で打ち抜こうと考えたチグサ――そこに迫ってきたのは右の蹴り上げ。
顎を打ち抜かれてもおかしくないタイミングだったが、チグサは攻撃を中断して左腕で蹴りを防ぐ。
「くっ!」
予想外の威力に表情が歪み、わずかながら動きが鈍くなるチグサ。
一方のアルの動きは止まることなく蹴り上げた右足でそのまま踏み込み、チグサの肩口めがけて木剣を振り下ろした。
「――それまで!」
レオンの声を受けてアルの剣は肩を打ち抜く直前で寸止めとなる。
アルとチグサが同時に息を吐き出して距離を取り向かい合う。
「この勝負、アルの勝利とする!」
「……本当に、成長いたしました、アルお坊ちゃま」
「ありがとうございます。でも、やっぱり魔法は使ってくれませんでしたね」
「それは、アルお坊ちゃまも同じことでは?」
「……確かに、そうですね」
お互いに笑みを浮かべながら握手を交わす。
そして体ごとレオンに向き直ると、レオンの表情にも笑みが浮かんでいた。
「まさか、チグサをここまで圧倒するとはな。神のお告げというのも、本当なのかもしれんな」
「し、信じてくれていなかったのですか?」
今さらな感じもあったが、レオンとしては仕方がないといったところだ。
「アルが言っていたヴァリアンテという神だが……チグサに言われて私も調べてみたが、どこにもそのような名前が出てこないんだよ」
「そうなんですか?」
「あぁ。だから、てっきりその場しのぎの言葉かもしれないと思ったのだがね」
「うふふ。あなた、アルがそのような嘘をつくはずがないわよ」
レオンの後ろからゆっくりと近づいてきたラミアンがそう口にすると、レオンも大きく頷いた。
「確かにそうだな。我々が知っている神が全てでもあるまいし、きっとヴァリアンテ様というのは、剣術の神なのかもしれないな」
「父上、母上……ありがとうございます」
アルは大きく頭を下げた。嬉しさのあまりにほころんだ表情を隠すために。
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