第17話:全力の打ち合い

 マリノワーナ流の一撃必殺、最速の一振りである弧閃こせん

 体を捻りその遠心力を用いたアル最速の一撃は、チグサの二刀が挟み込むようにして防ぎ、さらに跳ね上げられてしまう。


「最高の打ち込みです」

「なら、これでどうだ!」


 後方に飛び退いたアルは木剣を肩に担ぎ右手で柄を持ち、左手をチグサへと向ける。

 半身のまま片目でチグサを睨みつけ、呼吸を整えていく。


「……大破斬だいはざん

「来なさい」


 じりっと地面を削り取ると、息を吐き出しながら同時に駆け出した。

 アルは左手で自分の視線をチグサの目から隠している。

 視線から狙いを悟られることを理解しているからこその構えであり、相対する相手に対して次の一撃を確実に当てるための一振り。


「遅い」

「でしょうね!」

「なるほど、面白い!」


 ここに至り、アルはようやくチグサに笑みを刻ませることに成功した。

 戦いに身を置く者ならば一度は感じたことがあるだろう、強者と相対した時の笑み。

 自分がチグサにとってまだまだの相手であることは理解しているが、それでもチグサに笑みを刻ませることができたのは純粋に嬉しかった。


 見抜かれていた上段斬りだが、これは囮である。

 裏庭では何度も見抜かれてしまったが、全力の一撃にはそれ相応の殺気が宿る。

 それだけでも相手の思考を狂わせることは可能だ。

 故に、囮としての一撃が初めて成功した。

 迎撃すべく腕を上げていたチグサの二刀を避けるように上段斬りの軌道が変化する。

 まるで陽炎のように刀身が揺らめくと――チグサの肩口で刀身がピタリと止まった。


「……派生型、蛇破斬じゃはざん

「……お見事です」

「……あ、ありがとうございます!」

「完璧に一本を取られてしまいましたね」


 先ほど浮かべていた獰猛な笑みとは異なり、優しく温かい笑みでアルを見つめているチグサ。


「アル君、本当に剣術を使えたのですね」


 そこに驚きの言葉を口にしながらエミリアが近づいてきた。


「だけど、チグサさんは魔法を使っていません。木剣ではすぐに砕けると言っていましたけど、やはり魔法を使われてしまえば俺は勝てないでしょう」

「私が教えているのは剣術でございますから。魔法は私の分野ではございません。ですから、今回エミリア様に見ていただけたのはよかったかもしれませんね」

「どういうことですか?」

「うふふ。アル君の剣術を上手く活かせるような魔法を教えてあげられるかもしれませんね」

「その通りです」

「えっ! ……でも、いいんですか?」


 とても嬉しい提案ではあるのだが、それは同時に剣術をさらに深く学ぶということ。

 レオンは許してくれたが、それでも人前で剣術を学んでいることを口に出させることは一切ない。

 ラミアンにはバレてしまっているが、キリアンとガルボにはいまだに隠している状態だった。


「構いませんよ。それが旦那様の言いつけでもありますからね」

「さようでございます」

「……俺は、父上が何を考えているのかが分からなくなる時があるんです。剣術を許可してくれたかと思えば、家族にも口にすることを禁止しているんですよ?」

「旦那様も色々とお考えなのですよ」

「それは分かるんですが……」

「アルお坊ちゃまは恵まれていると思いますよ」


 チグサは一歩前に出てはっきりと言葉にしてくれた。


「普通ならば親子であっても剣術を習わそうと思う人はいらっしゃいません。むしろお叱りを受けてしまうでしょう。それを許可してくださり、なおかつ自らの護衛である私を使ってまで指導するようにと言ってくれているのですから」

「きっと、キリアン君やガルボ君がいるからということも大きいのでしょう」

「それは、僕が三男だからですか?」

「はい。アル君が長男であれば、跡取りとして魔法はもちろんのこと、政務や礼儀作法についても一つ上の指導をされていたと思いますよ」

「そ、それは嫌ですね。剣術を学ぶ時間もなくなりますし」

「そもそも学べませんよ?」


 エミリアの言葉に、アルは改めて自分が三男という立場に転生できたことを感謝していた。


「……あの、少し伺いたいのですが」

「なんでしょうか?」

「剣術が過去の産物だということは理解しているんですが、チグサさんのように使い手がいるということは、完全に失くなったわけではないんですよね?」


 仮に失くなっているのならば過去の産物などといった言い回しはせず、はっきりとそんなものはないと言い切ったはず。

 実際にチグサが剣術を身に付けているのだから、他にも同じような人がいるのではないかと考えた。


「……そうですね、剣術を使う者はいます」

「やっぱり!」

「ただし、剣術と一括りにはできないでしょう」

「……? それは、剣術以外にも武芸が存在するということですか?」


 剣術としか口にしていなかったのだから剣術があればあると答えればいいだけなのだが、チグサはなぜか一括りにはできないと口にする。

 その意図が分からず、アルは疑問を口にしてしまう。


「武芸とは、よくそのような古い言葉をご存じでしたね。ですが、アルお坊ちゃまが言うように相手と接近して戦う武芸は存在します。ですが、そのような戦い方を今の世の中は必要としていません」

「まあ、魔法国家ですからね」


 その点はアルも理解しているし、今さら疑うようなこともしない。

 しかし、次の言葉に関してだけは納得できない内容だった。


「武芸を生業として生きる者のことを、今の王族や貴族はゴミだの虫だのと言って軽蔑しているのですよ」

「そ、そんな! これほどに美しくも素晴らしい武芸を、武芸者を、ゴミだなんて!」

「それが今の国、今のカーザリアなのです」


 はっきりと口にしたチグサの言葉も、わずかながら震えているようにアルには聞こえた。

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