第16話:入学

 さらに一年が経ち、ガルボが魔法学園へ入学した。

 アルも入学式に出席してお祝いをしたのだが、両親やエミリア、キリアンやアンナには笑みを浮かべているガルボだがアルにだけは笑うことなく睨みつけてきた。

 何かしただろうかと考えたが、思い当たる節がなく困惑してしまう。

 そんなアルの隣に移動してきたエミリアが教えてくれたのだが、ガルボはアルに対してライバル心を燃やしているのだとか。


「アル君が奥様のお手伝いをされているでしょう? ガルボ君は光属性を持っていなかったから、悔しかったのではないかしら」

「まさか、そんな子供みたいなことしますか?」

「言っておきますけど、キリアン君もですがみんなまだまだ子供なのですよ?」

「……そうでした」


 前世の記憶が残っているアルとしては自分が子供だということを時折忘れてしまいそうになることがある。

 それは普段からではなく何かを考え始めた時に多い。

 思考が深くなると、アルベルトとして考えてしまうのだ。


「ところでアル君。この後に少しお時間はございますか?」

「えっと、どうでしょうか……」


 アルはレオンとラミアンの方に視線を向けると、二人とも一つ頷いてくれる。


「……はい、大丈夫です」

「よかった。でしたら、入学式の後に寄りたいところがございますので、お付き合いをお願いいたします」


 その後は長い式典が滞りなく進んでいく。

 終わってからも両親とキリアンはガルボと一緒に学園長との話があると学園に入って行った。

 アルは学園へ同行しないと許しを得ていたので学園の門を出てエミリアと合流した。


「それでエミリア先生、寄りたいところというのはどこなんですか?」

「うふふ、それは――」


 言葉を切り指差された先にいたのは、チグサだった。


「えっ? あの、どうしてチグサさんが?」

「寄りたいところがあるのは、チグサさんなのです」

「お時間をいただきまして、誠にありがとうございます。大手を振って外に出られる機会などそうそうないものですから、良い機会だと思いまして」

「良い機会、ですか?」


 いまだに二人の意図が理解できていないアルはそれぞれの顔を交互に見ている。

 その様子にエミリアは笑みを浮かべ、チグサは軽く頭を下げている。


「それでは、少し歩きましょう」


 前を歩き出したチグサに従って歩き出したアルとエミリア。

 エミリアはどこに行くのかを知っている様子なのだが、そのことをアルに伝えようとはしない。

 驚かせたいのか、と思いながら特に言及することなくついていく。


 だが、ユージュラッドの外に出るのはさすがに予想外だった。

 不安な表情を浮かべていたのかもしれない。前を歩いていたチグサが一度振り返ると軽く笑みを浮かべて頭を下げた。

 それでアルの不安が解ける、というわけではないが周囲に目を向ける余裕はできた。

 地平線の先まで広がる緑、まさに大草原。

 もしここが王都やそれなりに大きい都市であれば目の前の光景に遭遇することはできなかっただろう。

 そして、チグサが何をしたいのかも少しずつ考えることができるようになってきた。

 だが、これはあまりにも自分よがりな考えである。本当にそうであれば嬉しい、とは思っているがどうだろうか。


「……この辺りで、よろしいでしょうか」


 立ち止まった場所はユージュラッドから遠く離れた場所。外壁の上から誰かがこちらを見ていても豆粒くらいにしか見えないだろう。

 このような場所で何をするのか。


「アルお坊ちゃま。ここで一度、全力で打ち合ってみませんか?」


 ドクン! と大きく胸が高鳴った。

 アルが予想した通りの言葉をチグサは口にしてくれた。

 裏庭では剣戟の音を気にして全力での打ち込みはままならならず、良い鍛錬にはなっていたものの少しだけ物足りなさを感じ始めていた。


「……でも、チグサさん。今の俺は木剣を持っていません」

「安心してください。こちらに」


 チグサは腰の後ろに隠していたアルの木剣を取り出して手渡してくれる。

 使い慣れた木剣を軽く撫で、アルは自然と笑みを浮かべていた。


「チグサさん、本当によろしいのですか?」

「はい。エミリア先生の立ち合いの下であればと、旦那様からお許しを得ています」

「父上から? エミリア先生も?」

「旦那様は、アル君のことを気にしているのですよ」


 それは子供の成長を気にしているのか、それとも過去の産物にすがっている子供の未来を気にしているのか。

 そんなことを考えてしまったアルだが、すぐに気持ちを切り替える。

 今はそのようなことどうでもよかった。目の前には全力で剣を振ることができる環境が整っているのだから。


「ありがとうございます。チグサさん、全力での打ち合いをお願いしてもいいでしょうか」

「もちろんでございます、アルお坊ちゃま」


 チグサもいつも使っている二振りの木剣を抜いて凛と構える。

 相変わらず隙のない構えなのだが、全力で振れるとあってかその迫力だけは桁違いに重くなっている。


「……では、参ります!」

「来なさい」


 全力で振れるという点で言えばアルも同じこと。

 呼吸を整えたアルは、渾身の横薙ぎをチグサへと放った。

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