第四話:芝居 ~演技と本音。そして波乱に満ちた休日の、これが前兆し~

 「――ええと、だからこの問題は、この魔法式における破綻箇所を探して、魔力対効果を上げてくださいって言い換えることができるの。今回の炎属性魔法で使われてる魔法文字だと、シェリックの配置法と競合してしまって魔力のロスが起きるから……」


 生真面目な表情で紙にペンを走らせる麗菜。周りを囲む数名の生徒たちは、そんな彼女の説明を一言一句聞き漏らすまいと、真剣に耳をそばだてている。


 麗菜から少し離れた席で、イセルとひよりは遠巻きにその光景を眺めていた。


 「いやー、思い出すッスねぇ。小学生のときとかクラスメートはみんな、分かんないことあったら麗菜にああやって聞きにいってたッス」


 しみじみと、そしてやはり嬉しそうに言うひよりを見て、イセルも穏やかな心地を覚える。


 有栖野との模擬戦を経てから、日本魔導士学校の内部環境は変わりつつあった。


 これまで名門と呼ばれる家の生徒が幅を利かせ、それ以外の生徒は身を潜めて過ごしていた。だが二代目程度の若い魔導士が、日本で最も由緒正しき家系の一つである有栖野家の十三代目を倒したという事実は、鬱蒼と蔓延るそんな悪習に涼やかな風を叩きつけた。


 一代目や二代目、八代にも届かない比較的血の浅い生徒たちの表情が輝き始めたように、イセルは思う。そしてそんな生徒たちを中心に、麗菜にかけられる声は多くなった。今やこうして、他の生徒から授業内容の説明を請われる光景も増えていた。


 今も昼休みに入ったばかりだが、他の生徒からの質問に麗菜が答えている。


 「ヒヨリはいいのか? 今までレイナや君に何も手を貸さなかった連中が、途端にああやって擦り寄ってきて、思う所はないのか?」


 イセルから投げられた突然の――どこか意地の悪さが目立つ問いに、ひよりは目を丸くする。だがすぐに、小さく苦笑いを零す。


 「そりゃま、ないって言ったら嘘になるッスよ? でもあの子たちの気持ちも分かるんス。イセルさんにとっちゃ小さいことかもッスけど、名門の奴らはそれだけ、この学校で大きな存在だった。そんな奴らに目を付けられたくないっていう気持ちも、当然っちゃ当然ッス。それに――」


 そう言ってひよりは、親友へと目を向ける。ひよりの視線の先に居る少女は、周囲の生徒から溢れる感嘆の声と感謝の言葉に、照れ臭そうに小さくはにかんでいた。


 「麗菜本人が気にしてなさそうだし、何より今の状況を喜んでるんス。なら、それでいい。自分がとやかく言う必要はないし、麗菜が――自分の大親友が周りから認められ始めてるんス。こんなに誇らしいことはないッスよ!」


 そうしてイセルに向けるのは屈託のない笑みだ。ひよりの言葉と笑みにイセルは、安堵したように息を漏らした。


 「ほんと、レイナはいい友達を持ったみたいだな」


 「へへん! んなこと今更過ぎるッスよ、王子様!」


 得意げにふんぞり返るひよりに、イセルは『参りました』と言わんばかりに肩を竦めた。


 「そういえば、そういうイセルさんも声かけられること多くなったッスね。どうッスか? もう四月も終わりに近いッスけど、馴染んだッスか?」


 未だに質問に対応している麗菜を尻目に、ひよりが特に感慨なさげに軽い調子で言う。


 「そうだな。俺が違う世界から来た存在ってことで物珍しさもあるんだろうが、話しかけてくれることは多くなったな。時々尊血派の輩に絡まれることもあるが、大体が有栖野のような阿呆に媚び諂う人間だ。元々がそんな奴なんだから、大したことは……そういえば、あの口やかましい男はどうした? あれ以来会っていないぞ?」


 「ああ、あいつは今自主休学中ッスよ。なんでも、あいつの親父が今の学校長の方針に抗議するために休学させてるっつー、訳分かんない理由だったかと思うんスが」


 「はっ、軟弱者が。たった一度の敗北で立ち直れず引きこもるとは、今までどれだけぬるま湯に浸かっていたんだ」


 心底不愉快そうに、表情を顰めるイセル。そしてひよりはその言葉を肯定するように、何度も首を上下に振る。


 「全くッス。所詮、周りから甘やかされて育てられてきたボンボンッスよ。何が名門だ、才能だっつー話ッス。麗菜みたいな根性が足りないんス、あのバカは。麗菜はずっと、魔法を暴発させてばっかでも諦めないで、めげないで、脇目も振らないで、他の奴らが遊び惚けてるときも必死になって頑張って……」


 我が意を得たりと、重ねるように言葉を連ねていくひよりは、唐突に沈黙する。


 「ん? どうした、ヒヨリ」


 訝し気に問うイセル。ひよりは逡巡するように眉根を寄せたあと。


 瞳を輝かせて、イセルに向き直る。


 「イセルさん、ちょっと頼みがあるッス!」


 そう言ってひよりは『耳を貸せ』と、人差し指をクイクイと動かす。イセルは戸惑った様子を見せるも、小柄な少女の身長に合わせるために、腰を屈めて耳を向ける――。











 「二人ともごめんなさい、遅れちゃった!」


 学友たちから解放された麗菜が、慌てた様子でイセルとひよりの下へ駆け寄る。


 「大丈夫ッスよー! それよりも麗菜の方が大丈夫ッスか? 質問の量、結構多かったような気がするッスけど」


 「んーん、そんなことないよ。それに教えることで、こっちの復習や知識の定着にもなるから。お互いにとっていいことしかないし、他の子とも仲良くなれるし、全然平気」


 「ふーん、そんなもんスかね? 自分は基本教えられる立場だからよくわかんないッス!」


 「そんな堂々と言わないでよ……」


 あっけらかんとしたひよりの言葉に、苦笑しながら麗菜がツッコミを入れる。


 「イセルさんもごめんなさい。お待たせしてしまって」


 申し訳なさそうに言う麗菜に、しかしイセルは、


 「ああ、うん……」


 彼にしては珍しい、どこか心ここにあらずと言った相槌を返してくる。


 「イセルさん? どうかしました?」


 「ん? ああいや、ええと……」


 なお歯切れの悪い言葉を紡ぐイセル。だが最後まで答えが紡がれることはなかった。


 「もー、二人とも! 早く昼ご飯食べないと時間無くなっちゃうッス! 麗菜の分も購買で買っといたから、行こ! 自分もうお腹ペコちゃんッスよ!」


 溌溂はつらつとした声が上がり、ひよりが急かすように麗菜の背を押す。


 「あ、ごめん! ありがと、あとでお金返す……って、分かったから押さないでよ、もう!」


 戸惑いながらもはしゃいだ様子を麗菜が見せる。そして麗菜に気づかれることなく、ひよりがイセルを向いて、意味ありげなウインクを一つ飛ばした。


 ――どうしたもんか。


 頭を掻きながら、イセルは胸の内で呟く。イセルが突如このような顔色を見せたのは、ひよりからの『頼み事』が原因だった。


 魔王討滅、世界救済を目指す旅路の中で、様々な人々の期待や希望、そして願いを聞くことも多々あった。だがひよりから持ち掛けられたそれは、ともすればイセルにとって一番厄介な類のものだった。


 ――出たとこ勝負、かな。


 覚悟を決めるように頷き、イセルは先を行く二人の少女を追おうと足早に歩みを進めた。










 雲一つない晴天の下。イセル達は外で昼食をとっていた。空から注がれる陽光はひどく穏やかで、四月の陽気と相まって場に居る者たちの眠気を誘う。

 昼食を食べ終えたあとでは尚更だ。三人の間に流れる空気もやはり緩み切ったものとなる。このまま誰かが『午後の授業をサボって日向ぼっこをしよう』と言い出そうものなら、それは極めて抗いがたい誘惑となっただろう。


 イセルがやや緊張した面持ちで切り出したのは、そんな時だった。


 「レイナ。一つ頼みがある」


 声音と、表情に宿る緊張のせいで、場の雰囲気は途端に引き締まる。


 「ええと、はい? なんでしょう……?」


 突然の変化に面食らった様子を見せながら、麗菜が律儀に返事を返す。

 ひよりも一見真面目腐った表情をみせるが、内心どこか面白がっていると、イセルは容易く悟った。


 ――どうなっても知らないからな?


 人生初めての試みを行う前に、一瞬だけ恨みがまし気な視線をひよりへと投げる。そしてイセルは自身の動揺を悟られぬように、十分に気を張りながら口を開く。


 「俺がこの世界に来て、ほぼ一か月。レイナやヒヨリ、キョウカ殿、それから学校の他の生徒や教師と接する中で、俺はこの世界について色々学べているとは思う。

 だけどこの学校という枠組みの中でしか、俺はこの世界のことを見聞きしていない。現実のものとして認識していない。『てれび』だの『いんたあねっと』だの、それで外部のことを知ってもその……なんというか、いまいち実感が湧かない」


 一芝居をうつときや嘘をつくとき。話を相手に信じさせる一番のコツは、ある程度真実や本心を織り交ぜることである。


 これはひよりの『頼み事』を叶えるためのちょっとした芝居だ。だが言葉そのものはイセルの本心であるため、結果的にイセルの言葉には軽薄さやわざとらしさがなく、ごく自然な声となって聞く者に届く。

 麗菜だけでなく、仕掛人であるひよりでさえ神妙な表情で聞き入っている。


 「俺はもっとこの世界について知りたい。上辺だけの情報としてでなく、実際に見て、聞いて、自分の体で感じ取ってみたい。

 レイナにはずっと世話になりっぱなしだ。そんな状態でさらに頼み事をするというのは、本当に申し訳ないと思ってる。けど……」


 一度息を吸い込み、放つ声が震えないように準備をする。そしてイセルは、精一杯の思いを込めて言う。


 「俺に、もっとこの世界を教えてほしい。だから頼む、この世界を案内してくれないか?」


 「え、ええっと……?」


 言葉の意味をはかりかねているのか、麗菜は曖昧な声をあげる。言葉選びを誤っただろうかと、イセルは頭の中で再び思考を走らせる。


 「イセルさん、堅っ苦しいんスよ! 要はこの学校から出てみたいんスよね!」


 ひよりがいつもの軽い調子で、しかしながら絶妙な橋渡しをかける。ひよりのアシストを、イセルは心置きなく利用することに決めた。


 「……ああ! そういうことなんだ! この世界には俺のまだ知らないことが沢山あって、そして知らない美食に溢れているんだろ!? 学校内で口にするものに不満はないし、レイナの料理はもちろん最高だが、やはり他にも美味いものがあるというなら是非味わってみたい!」


 本心のまま瞳を輝かせて言うイセルに対し、二人の少女は揃って笑い声を零す。


 「け、結局食い意地張ってるだけじゃないッスか!」


 「まあ、イセルさんらしいといえばらしいですけど」


 二人に笑われたイセルは、バツが悪そうに表情を顰める。


 「わかりました。ちょうど明後日の土曜日からゴールデンウィークですし、どこかで一日空けてお出かけしましょうか」


 そう言って麗菜は懐から学生証端末ではなく、個人所有の携帯端末スマートフォンを取り出して操作し始める。手元に視線を落としたのを見計らったイセルは、ひよりに視線を合わせる。


 ひよりもまた、嬉しそうに表情を綻ばせてイセルの視線に答えた。


 ――とりあえず、うまくいったか。慣れないことはするもんじゃないな。


 三人での行動になるとはいえ、異性を外出に誘うなど経験したことのない行動だ。

 己が今こうして必要以上に緊張しているのは、単にそのせいだと、イセルは短慮なままにそう片付けていた。







 『――イセルさんも知っての通り、麗菜は今まで、誰にも負けないくらい努力してたんス! 息抜きなんていつしてんのって思うくらいに! ずっと頑張ってきたんスから、ちょっとくらいご褒美というか、気晴らしがあってもいいと思うんス!

 ゴールデンウィークが控えてるんスから、それを利用したいッス! なのでイセルさん、上手いこと麗菜を遊びに誘ってみてくれないッスか!? 麗菜のことだから、イセルさんがこの世界のこともっと見てみたいってな感じで言い出せば、絶対嫌って言わないッスから!』


 ――頼み事の内容が親友の息抜きだなんて、ほんと、似た者同士だ。


 昼食をとる前のひよりの言葉を思い出し、イセルは苦笑する。それでもイセルの目には麗菜とひより関係が、己よりも他者を思いやる二人の姿が、どこまでも眩しく映る。


 肉親以外の人間をここまで思いやったことなど、果たして何度あっただろうか。そんな問いがイセルの胸に湧きあがったときだった。


 「ゴールデンウィークはイセルさんに魔法の練習見てもらう以外、特に予定もないし、イセルさんがよければ私はいつでも大丈夫ですね。ひよりはどう? 多分ひよりのスケジュール次第だと思うけど」


 ひよりに声をかける麗菜に、イセルはふと疑念を抱く。


 確かに真直ぐに誘うよりは、付け焼刃程度ではあっても名目があった方が誘いやすい。イセルが麗菜たちの世界を知りたいと思っているのは事実だったためそれを利用したが、こんなにも変に緊張する一芝居を打たなくても、そもそも親友が言えば麗菜は快く誘いに乗ってくれたのではないか。


 「いやーごめんッス麗菜。今年は自分、ゴールデンウィークほぼ丸々、別件で出かけるんスよね~」


 「え?」


 ――ん!?


 ひよりのあっけらかんとした答えに、麗菜は驚いたように目を見開き、イセルは思わず声を出しそうになる。


 「え、ちょ、なんで!? ゴールデンウィークはおじさんおばさんの家に帰らないでしょ!?」


 「ああ、違うッス。今年は新聞部で、小旅行に行こうって企画が前から持ち上がってて。どうしようか迷ってたんスけど、やっぱり行くことにしたッス」


 「あ、ああそうなんだ……うん、それはいいというか、ひよりも付き合いあると思うからしょうがないけど、で、でも……!?」


 さっぱりとした声で言うひよりと対照的に、麗菜の頬は赤みを増し、しどろもどろに狼狽える。


 ――おい、どういうつもりだ……!?


 予想もしてなかった展開に、イセルもひよりの真意を質さんと目で訴える。


 「ほんじゃまあ、自分はそろそろこの辺で。次の授業は実験になるから、早めに行って準備してくるッス」


 だがイセルと麗菜にきちんとした答えを示すことなく、ひよりは立ち上げりかける。


 「ひより、待って……!?」


 目に見える狼狽を見せながら、ひよりに言い募る麗菜。そしてひよりは満面の笑みを浮かべたあと、麗菜の耳元に口を寄せて何事かを呟く。ちょうど麗菜の顔に隠れてしまい、イセルはひよりの唇の動きを読むことが出来なかった。


 「――っ!?」


 そうしてすぐに、麗菜は『ボンっ』と音が出そうなくらいに顔を赤くする。麗菜の耳元から口を離したひよりは、ニシシっと楽し気に、いたずらっぽく笑う。


 「お、おいヒヨリ――」


 今起きている展開についていけず、イセルがひよりを呼ぶが、


 「そんじゃまあ、そういうことなんで。案内は麗菜がちゃんとやってくれるはずッスから、心置きなく楽しんでくださいッス! 楽しいこともおいしいものも沢山ありますよ、この世界は! 

 その代わりに! 麗菜のボディーガードは任せたッス! 自分の親友に傷一つでもつけたら、許さないッスからね!」


 イセルの声を遮るように、上機嫌に立ち上がり、そんな台詞を残して小走りに駆けていった。


 呆気にとられた風にひよりの走り去った先を見ていたイセルは、ふと、麗菜へ視線を戻す。空色の瞳は心ここにあらずと泳いでおり、ほんのりと頬を染めたまま茫然としていた。


 「レイナ……?」


 恐る恐るイセルが声をかければ、麗菜は肩を震わせて意識を現実に戻す。


 「あ、ええっと、ええっと……!」


 そう言って数秒、テンパったように慌てふためいたあと。


 「ど、どうしましょう……」


 消え入るような小さな声で、困惑から抜け切れていない表情でイセルに問う。


 「どうって……」


 対するイセルも、気の利いた言葉を紡ぐでもなく言い淀んでしまう。


 麗菜と出会ってからは、授業以外はほぼ三人で行動してきた。食事に関しても大体はひよりも誘って、三人一緒になってすることがほとんどだった。


 ――ヒヨリは何を考えている!? いやそもそも、この胸の落ち着かなさは何だ……!?


 大多数の余人にとってはあからさまなお節介でも、その手の経験値が皆無の戦士には理解不能の行動と言動であり。

 同様に自身の胸をかき乱している今の感情にも、明確な定義付けを行えない。


 口を噤んだままのイセルに、しかし麗菜は、曇った表情を見せる。


 「……ごめんなさい。いきなり二人でだなんて、イセルさんも気まずいですよね?」


 そうして見せる微笑みは、寂しく色褪せた、落胆を隠しきれないものであり。


 ――っ、


 自身の胸に巣食うざわつきが、一瞬で違う意味合いとなったことを少年は自覚する。


 「やっぱり三人で行ったほうが楽しいと思いますし、また日を改めて遊びに行きましょう。ほんと、ひよりはたまに一人で突っ走っちゃって空回りしちゃうところがあって、それもあのの良いところなんですけどね。

 困らせちゃって、ほんとにすみません……」


 照れ臭そうに頬を掻く姿。それでも浮かべる笑みからは落胆の色は消えず、麗菜のそんな表情を見ることに、言いようのない苦しさを覚えた。


 「違う! そんなことはない!」


 喉から絞り出した声の大きさに、イセル自身も目を丸くする。

 声の主ですらそうなのだ。突如向けられた麗菜は言わずもがな、体を強直させて驚きを露わにする。


 「……迷惑なんかじゃ、ない」


 自身の動揺を抑えられぬままに、イセルは口を動かす。


 「君が俺をこの世界にんでくれて、俺は二度目の生を受けた。こんな見ず知らずの男を受け入れてくれて、生活を助けてくれている。ずっと世話になりっぱなしで、君には感謝してもしきれないんだ。

 そんな君とこの世界を見て回るのは、きっと楽しいと思う。楽しいと思うことはあっても、迷惑だなんて思ったりは、絶対しない。だから……」


 自身の抱く感情の正体に、イセルはまだ気づいていない。そんなあやふやな状態のせいで、イセルの言葉も普段に比べればひどく揺れている。


 それでも先ほどの麗菜の表情は見たくないと。


 何故こうまで強い忌避感を覚えるのかも分らぬままに、その衝動に突き動かされるように、イセルは必死の思いで言葉を重ねる。


 そんなイセルに、麗菜はまたほんのりと頬を染める。そうして小さくはにかんだ。


 「せっかくの連休で、ひよりだけが楽しんで私たちはずっとお勉強や魔法の練習だなんて、不公平ですよね」


 麗菜にしては珍しい、冗談交じりの微笑みを見せる。それを見たイセルは安堵し、そして。


 ――ああ、まただ。


 この世界に来て覚え始めた、切なさと、どこか温もりを伴った胸の苦しみ。再び生じたそれに、イセルは頭を振って追い出そうとする。


 「イセルさん?」


 イセルの急な行動に、麗菜が困惑する。


 「いや、何でもない。そろそろ俺たちも行こうか」


 イセルは普段と変わらぬ調子に戻して言う。そして誤魔化すように、立ち上がって次の授業への移動を促す。


 「あ、待ってください!」


 麗菜も困惑をすぐに消して、慌てた様子で立ち上がってイセルのあとを追う。






 自覚し始めた感情を持て余し、振り回され、そしてそれと向き合い始めた少女。


 自覚すらできず、ともすれば錯覚したまま否定しようとする頑なな少年。


 これより紡がれるのは、そんな二人の休日の一幕。けれどそれは単なる青春の一ページと呼ぶには、あまりにも重すぎる一日となった。


 野望と陰謀、そして得体のしれぬ思惑が絡みつき、二人の取り巻く環境を否が応にも変えてしまう。


 そして二人の関係が大きく決定的に変わってしまうことを、並んで歩くイセルと麗菜は知る由もなかった。

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