第十話:咆哮 ~英雄の激昂と、些か以上に残念な宣戦布告~

 校舎内を駆ける三人の人影に、擦れ違う生徒や職員は一様に驚愕を露わにする。走る速度もそうだろうが、面子が一番の原因だった。


 一人は制服姿の少女。彼女だけが走っているだけなら誰もそこまで驚きはしないだろう。(職員は即座に叱り飛ばすだろうが)


 驚愕の原因は、主に残る二人。


 一人はスーツ姿の妙齢の女性。この学校のトップにしてS級魔導士、楸尾鏡花。


 一人は少年。学校という場であるにも関わらず私服姿であり、おまけに日本人ではありえない髪の色と端整な顔立ちの、見目麗しい美少年。


 そんな三人が尋常でない速度で向かう先は。


 「ヒヨリ殿! キョウカ殿! おれに合わせてくれているのだろうが、もう少し速く走ってくれても構わないぞ!」


 「いやいやこれでも結構全力に近い……ってか、なんでイセルさんが《身体強化》使ってる自分と楸尾先生について来れてるんスか!? おかしいでしょ普通に考えて!」


 「本当は校舎内で走ることも、魔法使うのも厳禁なんだけどなぁ……」


 イセルのもどかしそうに言う声に、ひよりの驚愕に満ちた声。そして鏡花はやれやれと言わんばかりに、疲れたような声音で紡ぐ。


 「もうすぐそこッス! そこの角曲がって突き当り! 広いから分かるッス!」


 「分かった!」


 そうしてイセルはさらに速度をあげて、二人を置き去りにして学食に入る。


 「ちょ、マジでありえなくないッスかあの人……!」


 「向こうの世界の人たちって、体の構造がここと違うのかしら……」


 魔力を持っていないにも関わらず、併走するどころか鏡花と己を追い抜いたイセルを、化物でも見るかのように驚嘆するひより。そしてどこか気の抜けた感想を漏らす鏡花。


 ひよりと鏡花がイセルにニ、三テンポ遅れて学食に入る。逸る気持ちでひよりが視線を走らせるのと、それが聞こえてきたのは同時だった。


 「お父さんはこの世界で一番の魔導士だった! 沢山の人たちを救ってきた、そして多くの魔導士たちを教え導いてきた優秀な魔導士だった!

 自分以外の誰かを救うために、迷わず自分の命をなげうてるくらいの……強くて……優しい……人だった……!」


 声の先に目をやるひより。麗菜が有栖野に食って掛かり、当の有栖野は左頬を抑えて固まっている。


 取り巻きや、そこからある程度離れて様子を眺める生徒たち。視線が麗菜たちに集中しているせいで、学食にイセルたちが訪れたことに気付く者は皆無だった。


 「麗菜……!」


 涙を溜めるほど怒りに彩られた表情、そして激情に穢れた友の声を聞いて、ひよりの目頭は熱を帯びた。


 どれだけ身を切るような風を受けても感情を見せることがなかった麗菜が、ここまで激怒するということは、その言葉から考えるに麗菜の誇りが踏みにじられたということだ。


 それだけで、大事な親友がどれだけ傷つけられたのかを想像するのは極めて容易だった。


 友が感じた苦痛を思い、ひよりの目に涙が浮かぶ。


 「自分の命と引き換えに、私の命を守ってくれた英雄ヒーローだ! あなたみたいに人を見下すことでしか自分を守れない弱い人間なんか、比べることができないくらいの立派な人だった!

 あなたみたいな人が、私の大切な家族を侮辱するなんて許さない!」


 だが同時にひよりは、少しだけ胸の空く心地を覚えていた。


 これまで有栖野たちの言葉に刃向うことなく、ただ聞き流して薄い笑みを浮かべていた麗菜。


 そんな親友が初めて怒りをぶつけたという事実は、ひよりの胸を熱くさせるのに十分だった。


 「よく言った、レイナ」


 隣から聞こえた熱い呟きに、ひよりはその声の主を見る。


 「その怒りが見たかった――君の誇りを、君自身の言葉で聞きたかったんだ……!」


 身長差もあってやや見上げる形でイセルを見るひより。


 その顔に浮かぶ勝気な笑みに、ひよりは嬉しさを覚えるが。


 「あれ。今、麗菜のこと……」


 思わず問いかけたひよりだが、一瞬で笑みを消し緊張に強張るイセルの表情に、思わずその視線の先を追う。


 ひよりが焦点を合わせた瞬間、有栖野が手を振り抜いて、麗菜の眼鏡を吹き飛ばすのを見た。


 「麗――!」


 焦燥に駆られて友の名を呼ぼうとしたひよりは、けれど、最後まで紡ぐことができなかった。


 「ありがとうヒヨリ! キョウカ殿!」


 隣からそんな言葉がかけられるや否や、ひよりの隣から白銀の風が駆けていった。


 同年代の少年たちと比べても高い身長と逞しい体躯にも関わらず、イセルの体は机や椅子、他の生徒たちを障碍とすることなく滑らかに駆けていく。


 イセルがアクロバティックに通り抜けたあとも、机に置かれた食器や椅子は何事もなかったかのように、揺れることなく静止している。


 立ち尽くす人の間を抜けたときも、生徒らの驚愕の声があがる前にはすでに、白銀の風は姿を消して前へと進んでいる。


 動きの激しさにも関わらず、耳障りな音は一切なく。


 そのためだろう。有栖野の拳を止めたときには有栖野を含め、全ての生徒が驚愕に息を呑んだ。有栖野からすれば、イセルの姿が急に現れたように見えたことだろう。


 「私にだけ敬称付いてたのが、なーんか癪に障るわね」


 どこか拗ねたような響きを宿す声。ひよりが振り向くと、声音に似合わない挑戦的な笑みを浮かべる鏡花が居た。


 「さてと。お手並み拝見といたしましょうか、『白銀の煌剣イセル』くん?」


 凄みを増す笑みにも関わらず、その美貌に宿るそれは明らかに期待の光を湛えており。


 このような状況であるものの、ひよりは自身の胸に烈しい風が吹くのを感じた。












 「くっそ、なんだお前! 離せ糞がぁ!」


 怒りに浮かされた表情であるものの、どう足掻いても掴まれた拳が解けずに有栖野が焦りを見せる。そんな有栖野の様子を、イセルは冷めた目で見続ける。


 ――こいつ、遊んでるのか?


 イセルからすればそれは不可解なものだった。拳を振り解こうとする力はあまりにも弱く、ふざけているように思えるのにも関わらず、有栖野の様子はあまりにも真に迫っている。


 とりあえずこのままでは埒が明かないと、イセルは掴んでいた拳を話す。


 丁度拳を引こうとしたタイミングに重なってしまい、有栖野はたたらを踏んで数歩後ずさり、後ろに控える取り巻きたちに支えられる。


 「あ、有栖野さん!? 大丈夫ですか!?」


 「るせぇ! どけボンクラどもが!」


 支える取り巻きに礼すら言わず、怒りのまま粗暴に突き飛ばす有栖野。


 麗菜とひよりの友情を垣間見たあとでは、彼らの関係があまりにも軽薄で憐れに思えて、イセルは辟易したように鼻を鳴らす。


 それを自身への侮蔑であると捉えたのだろう。有栖野は歯を剥き出しにして、義のない怒りをぶつける。


 「なんだ手前! どっから沸いて出てきやがった! つーか何のつもりだ! 邪魔だ!」


 「何のつもりかだと? 俺はレイナの使い魔だ。使い魔が召喚主を守るのは道理に適っているだろうが。そんなことも言われないと分からないとは、見た目通りの無能だな」


 声量以上に、凛と澄んだ声はその透明性を以て周囲に響き渡る。取り巻きやイセルの後ろに控える麗菜、そしてこの場に集うほぼ全ての人間に緊張が走るのをイセルは感じ取る。


 「無能……? 今お前、無能って言ったのか? この国の魔導士の魁である有栖野家、その十三代目当主候補筆頭である俺様に、無能だと!?

 口を慎めよ手前! 異世界から来たか何だか知らねえが、そんな口聞いて許されると思ってんのか、ああ!?」


 怒りで焼き切れたように、声を裏返してイセルに凄む有栖野。だがイセルにすれば怒気の熱も気迫も、その源さえ無価値に等しい。


 「やはり貴様は無能だな。今朝言ったこともすでに忘れているとは、その頭には馬糞でも詰まっているのか?


 俺は二十七代――いや己も含めれば、二十八代続く王家の末裔だ。


 国を統べる一族でもない、単なる魔導士の一家系。それも、十三代程度の血脈で威張り散らしているガキに、何故俺が気を使って口を慎まなければならない。貴様こそ、各上の相手に対する態度を弁えろ。頭が高いぞ無礼者が」


 飄々とした笑みを浮かべて、イセルは有栖野を煽り立てる。


 「この俺に、よくもまあそんなこと言えるなオイ!

 もう遅えよ手前、この国で生きていけると思うなよ!? 有栖野家は魔法社会だけじゃない、この国で太いコネを持っている! 土下座して泣いて許しを請うだけで許されると思うなよぉ!」


 「ここにきてまでまだ自分の家門頼りとは、情けない限りだが……そうだ、とりあえず一つ聞きたい」


 呆れたように言うイセルだが、場違いに思えるくらいの気さくな声音で有栖野に問う。


 「ああ!? なんだよ!?」


 頭に血が昇ってイセルの声に違和感を覚えないのか、声を荒げる有栖野。


 「その瞬間を見たわけではないから自信を持てないが、おそらく貴様の左頬をレイナが引っぱたいたのだろう?」


 イセルの背後で、麗菜がピクンと反応するのを察知する。そんな彼女の初々しい反応を微笑ましく思うが、直接見ることはなく、イセルは有栖野の反応を待つ。


 「ああそうだよ! 二代目の魔導士ごときが、この俺に手をあげたんだよ! 許されるわけがねえだろうが!」


 「そうか。俺も食らったから分かるが、あれは中々見事なものだよな。俺も意識を刈られたくらいだからな」


 イセルはこの状況に場違いな笑みを浮かべ、のんびりと噛みしめるように言う。余裕に満ちた様子に、他の人間はもちろん、有栖野ですら訝しさを覚えたのか言葉に詰まる。


 だがそんな表情を一瞬で消し去り、歴戦の戦士に相応しく表情を引き締めて。


 「片方だけでは釣り合いが悪いだろう」


 「な、どういう――」


 疑問に彩られた有栖野の言葉は、途中で断絶した。


 二、三歩以上あった距離が一瞬で詰められ、イセルは腰を落とし左腕を引き絞る。


 誰の目にも止まらない素早さだったが、その場面だけは皆はっきりと捉えられた。


 イセルの左拳が、有栖野の右頬を殴り抜く。


 突風に吹き飛ばされる小枝の如く、いとも容易く有栖野が吹き飛ぶ。その体は侍らせていた取り巻きを数名巻き込んで、数メートルほど先の地面に落ちた。


 「あ、有栖野さん!?」


 「きゃああああああ!」


 慌てふためく取り巻きどもの声に、一気に爆発する周囲の喧騒。それらを気にした様子を見せず、イセルはどこか納得できないといった疑問を表情に貼りつけていた。


 「ん? 俺も鈍ったかな。利き腕ではないといえ加減を誤ったか? そこまでやるつもりはなかったんだが……有栖野? すまない、そこまで殴り飛ばすつもりは――」


 そこまで言ってイセルは有栖野を見る。だが完全に意識を失い、取り巻きに介抱されようとしている有栖野を見て嘆息する。


 「成程、俺は手加減を誤ったんじゃない。相手の力量を見誤ったのか。咄嗟に防御結界なり魔力を込めるなりして防げもしない素人のくせに、よくもまああれだけふんぞり返って……」


 「お、お前! 一体何をやっているんだ!」


 呆れたように言うイセルにかけられる、非難の声。


 周囲の人間の中の一人である、中年の男。年齢やその不遜な態度から、教師にあたる者だとイセルは推察する。


 「この国の宝である有栖野家のご子息に怪我を負わせるなど、何を考えている!」


 「あんな愚劣な輩が国の宝とは、この国の魔導士の底が知れるというものだろう。頼むからそんなことを言わないでくれ、失望で目の前が真っ暗になる」


 「な、なんだと!? その物言いといい私に対する態度といい、そこになおれ糞餓鬼が――!」


 口角泡を飛ばしながら、教師が右手を掲げ魔法陣を展開する。魔法式を読み取ったイセルはそれが捕縛魔法であると確認し、あえて受け入れようとした。


 「そこまでにしてください、水崎先生」


 スルリと清澄な声が差し挟まれる。それと同時に、男が展開した魔法陣が砕け散った。


 ――何だ? 何をした……?


 イセルが鏡花に目を向けたときには、魔法はすでに終了したのか魔法陣は見受けられなかった。自身がこれまで目にしたことのない現象だっただけに、どのような魔法が使われたのか興味をそそられたイセルだったが、すぐに好奇心を隠して場の成り行きを見守る。


 鏡花の存在を認識した、水崎と呼ばれた教師や周囲の生徒が一様に息を呑んだ。


 「が、学校長……!? 何故私を止めるのですか!? 我が校の生徒が理不尽なる暴力を揮われ、あまつさえ魔導士学校教師たるこの私に! あのような不遜な物言いをしたのですよ!? 教師である以上、生徒のことを考えこの場を治めるべく、こいつを拘束する義務が――!?」


 「黙りなさい。教師の義務というのなら、この場に居たあなたはここまで大きな事態になる前に介入すべきだったはず。

 あなたはどうせこのような事態にならなければ、芳麻さんに対する、あなたの言うような理不尽な扱いを見逃していたのでしょう」


 容赦なく言い放つ鏡花に、水崎は何も言えず。

 かと言って自分よりも遥かに年下な女にこのような物言いをされるのが不愉快なのだろうか。その顔を醜悪なまでに顰めた。


 「な、何故ですか楸尾ひさぎお先生! 先に手を出したのは向こうで、一番に被害が大きいのは有栖野くんの方です! 否血派、一代目だからって、暴力に訴えた二代目を擁護するなんていくらなんでも依怙贔屓ではないですか!」


 「そうよ! 暴力を揮ったのはあの女と、しゃしゃり出てきたあの自称王子じゃない!」


 神経質そうな眼鏡の男子生徒の抗議に、ヒステリックな響きで同調する女子生徒。


 呆れたような表情を浮かべ、鏡花が口を開きかけたとき。


 「暴力、と言ったか?」


 底冷えするような低音に、直接向けられた取り巻きはおろか、周囲の生徒でさえ身震いし、そして水崎や鏡花といった大人すらも目を見開く。


 イセルの瞳に、激情の焔が静かに、そして確かに揺らめいていた。


 「成程。確かに謂れなき痛みを振り散らすのは暴力であり、それを揮う者は裁かれて然るべきだろう。


 では貴様らに問うが、そこで無様にのびている有栖野を含め貴様らは、全くの潔白であると断言できるか?


 己が身は誰からも後ろ指刺される覚えなく、俺の拳が、レイナの怒りが見当外れの糾すべき実力行使であると本気で言えるか?」


 淡々と結ばれる言葉。


 だが宿った静かな激情は刃のように、聞く者全ての胸に否応なく突き刺さる。イセルの言葉に、威勢よく鏡花に抗議した生徒は声を詰まらせる。


 そしてそれだけでなく、イセルの纏う気迫に中てられ身を震わせる。


 そんな取り巻きたちの様子に逆撫でされたか、イセルはいよいよ表情を明確な怒りで彩り、その思いを爆発させる。


 「レイナは確かに魔導士としての実力は開花していないだろう! だがどれだけ結果を伴うことがなくとも挫けることなく! 歩みを止めることなく!

 血の古さこそ絶対と盲信する貴様ら馬鹿共に貶されても、周りに認められることなくとも、悔しさや憤りに身を任すことなく己を律し、偉大なる父の背を追わんとする高潔な心を持った者だ! 

 己が侮辱に耐えることができても、自分以外の誰かのために心を痛め憤慨することのできる、どこまでも優しき心を持った娘だ!」


 「そんなレイナの気高さに胡坐をかき! 矮小な虚栄心を満たすがために容赦なく舌刃を振り回し、あまつさえ彼女の! 誰もが踏み入ることの許されぬ誇りすら踏み散らし、悦に浸る有栖野!

 その愚か者に、己が地位や腐った将来のために嬉々として追従する貴様ら!

 そんな貴様らが、本当にただ暴力を揮われただけの犠牲者だと言えるか!?

 貴様らがレイナの心を踏みにじってきたこれまでの日々が、暴力でないと言えるか!?

 そんな日々を過ごしてきた貴様らは、自身に本当に誇りを持てると言えるか!?

 答えろ!」


 イセルの怒号が響く――否、轟く。


 外見からは想像できないその咆哮は、学食の窓をビリビリと震わせ、机に乗っている食器を僅かながら震わせる。物理的な影響を及ぼすまでに高められた鮮烈な怒りに、真正面から対峙する取り巻きは一様に体を震わせる。


 「義に背く行為に身を浸しても悪と思うことすらなく、そこの阿呆に媚び諂う馬鹿共が居るかと思えば!」


 怒りに眇められた瞳が、遠巻きに眺める生徒の集団へと向けられる。イセルの視線に、生徒たちも皆身構える。


 「そのような輩に目を付けられたくないと。そして血の浅さに無駄な劣等感を抱き、安穏とした日々を守るべくその不義に目を瞑る臆病者らまで居る始末!

 世の真理を追究し、人類社会に貢献せんとする誇り高き探究の徒! それが魔導士だろうが! その学び舎が何たるざまだ! 痴れ者共が、恥を知れ!」


 轟と鳴りはためくイセルの声。場は最早、生きている者が居るのか疑われるほどに、痛いくらいの静寂に包まれていた。


 他者の反応を気にすることなく、イセルは未だ地面に横たわる有栖野へと向き、瞑目する。


 「意識を失っている相手に対してとなれば、些か間の抜けた話になるが。まあいいだろう」


 軽く頭を掻いたあと、その黒い瞳に闘志を漲らせ瞠目する。


 「異世界の者が無闇にこちらへ干渉してはならないと、つい先ほどまでは思っていた。

 だがもう堪忍ならない! 俺は思うがまま、俺が正しいと思う行動をとらせてもらう!

 キョウカ殿! 早速だが『大人』であるそなたを、頼らせてもらう!」


 視界の端で鏡花が不敵に笑うのを捉えながら、舞台役者のようにイセルが両手を広げる。


 「この場に居る全ての者が立会人だ! 括目せよ! 清聴せよ! 我が言葉が意志、知り逃すことは断じて許さん!

 天も照覧あれ! 誇りもいと高き、ファルザー王家の血にかけて宣言する!」


 雄々しく高らかに宣言する様は、まさしく民衆を率いる王者の貫録に満ちていた。


 「決闘だ!」


 その言葉に、場はふたたびどよめきを取り戻す。日本魔導士学校では年に一度、全学年を交えたランキング戦を行うが、それ以外でも生徒同士の実力向上のため、模擬戦を行うことが推奨されている。


 もちろん両者の合意があって初めて成り立つのだが、有栖野の意思など関係なくイセルが押し通すことは、誰の目からも明らかだった。


 「魔導士学校一年、有栖野信弥に対し――!」


 そして大仰に右手を、注目せよと言わんばかりに大胆に伸ばす。


 伸ばした先に居るのは――麗菜。


 「我が主たる芳麻麗菜が、己が名誉と誇りのために宣戦布告する!」


 そうして力強い笑みを浮かべる――のだが。


 「へ?」


 麗菜から間抜けな声が漏れて。


 「え、イセルさん、あの……」


 「ん? どうしたレイナ。人がせっかく堂々たる決闘の前口上を、代わりに立ててやったんだ。もう少し余裕ある表情を見せろ。なんだその気の抜けた顔は」


 「いや、あの、今の言葉ですと……私が、決闘を申し込むことになっているんですけど……」


 麗菜の遠慮がちな指摘に、イセルはきょとんと眼を丸くして。


 「そうだが、何かおかしいか?」


 「「「はぁぁぁぁぁぁぁぁあああああぁあああああ!?」」」


 あまりにもあっけらかんとした王太子の言葉に、周囲は全力で絶叫した。










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