第60話:一つの結末

 西田とシズが勝利を収めると、その周囲を吹き荒れていた暴風の結界が凪いだ。

 アミュレと絶影は、無傷ではないが、倒されてもいなかった。

 近衛兵はまだ僅かにだが、残っている。しかし暴王ティラノ慈母マグノリアが倒れていると気づくと、その間に目に見えて動揺が走った。


「かかってこねーなら、殺すつもりはない。こっちはまだ、元気いっぱいだぜ」


 西田の発言――相手の気勢を削ぐ為に、先手を取った形。

 効果はてきめんだった。近衛達は武器を捨てて、次々にその場に跪いた。


「すみません、大分時間をかけてしまいました……大丈夫ですか?」


 裂傷、打撲傷、熱傷。

 どれも浅手だが、全身に傷を負ったアミュレに、シズが駆け寄った。


「ああ、心配いらないよ。本当はもっと楽にやれたんだけどね」


 アミュレが半目で睨みつけるように絶影を見る。絶影は少なく見積もってもアミュレの倍は手傷を受けていて、満身創痍の様相だった。


「どこかの誰かさんが、露骨にお仲間を殺すまいとしてるからさ。それに付き合ってやったのさ。まったく、そういうつもりなら、先に言っときなよ」

「はは……すみませんね。同意して頂けるとは、思っていなかったものですから」

「ふん。だから猟兵レンジャー流で、まんまと乗せてやったって訳?」

「まぁ、そうですね。なんやかんやで乗ってくれはしないかと期待はしていました。あなたは、情け深い人間ですから」


 絶影はアミュレの、ゴブリンへの憎悪を知っている。戦場で何度もそれを浴びせられてきた。そして――深い憎悪には、それと同じだけ深い、情が必要になる。何もかもに冷淡な人間は憎悪など抱けない。


「はっ……なんだよ。お前が案外いいヤツだって、もうバレたのか?」

「まぁ、分かりやすいですからね。仕方ありませんよ」


 それを言い当てられ、更に茶化されたアミュレが、ばつが悪そうに眉をひそめた。


「……馬鹿な事言ってないで、さっさと終わらなよ」


 アミュレの視線が、ティラノを指した。

 西田は僅かに顔をしかめると、しかし右手の直剣を強く握り締めて、ティラノに一歩近づいた。もう抵抗の出来ない相手にとどめを刺す。気持ちのいい事ではないが、やるしかない。一歩、また一歩と歩み寄り、剣を振り上げ――


「――ウ、オォオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」


 不意に、ティラノの全身から再び、漆黒の闘気が爆ぜた。


「まだだ……まだ、負けられるかッ!!」


 更に――ティラノはそのまま、立ち上がった。狂気的なまでの憎悪から来る闘気が、切断された足に代わって肉体を支えているのだ。


「……いよいよ、マジでゾンビじみて来たな」


 闘気で構築された右腕が、傍らの長剣ツヴァイハンダーを引き抜き、振り上げる。そして――そこで、ティラノの動きがぴたりと止まった。


「な……」


 なんだ、と口にする前に、西田は殆ど反射的にティラノを斬っていた。

 袈裟懸けに肋骨を断ち切って、刃が内臓に届くほど、深く。

 それから気づいた。ティラノの全身が、神気の手――『神の御手ゴッドハンド』によって拘束されている事に。


「……何故だ……マグノリア……」

「あなたはずっと、戦い続けてきた。復讐の為に。ですが、もう終わりです」


 マグノリアが、ふらつきながら立ち上がった。

 そして歩き出す。ティラノの方へ、ではない――ティラノの斬り落とされた角が、突き立った方へ向かって。


「終わり……馬鹿な……終わるものか。もっと、もっと殺さなくては……」

「いいえ、あなたは負けたのです。だから……もう、頑張らなくてもいいんですよ」


そして、ふとしゃがみ込むと、足元から何かを拾い上げた。

角ではない。血に汚れた、木彫りの小さな王冠だ。法衣で血を拭い取ると、マグノリアが立ち上がる。

それを見ると、ティラノは神の御手を振りほどこうと藻掻くのをやめた。


「先に、皆のところで待っていて下さい。私も、すぐにそちらへ行きます」


ティラノの全身から迸る漆黒の闘気が、見る間に勢いを失っていく。

神の御手が消える。ティラノはその場に崩れ落ちた。


「あなたは……あの頃と比べると、少し大きくなってしまいましたけど。これがあれば、みんな、すぐにあなただと分かってくれますよ」


 マグノリアがティラノに歩み寄って、木彫りの王冠を、残った右の角に通す。


「――サザンカは、俺を見て、怖がらないかな」

「まさか。そんなはずありません。あなたは昔からずっと、優しいお方でしたもの」


 ティラノはその答えを聞くと、嬉しそうに笑って――それきり、動かなくなった。

 漆黒の闘気によって辛うじて繋がれていた命が、絶えたのだ。


「……つまり、お前はこれ以上、俺達とやり合うつもりはないって事でいいんだな?」


 西田が精一杯、事務的な口調を意識して尋ねた。

 ティラノには、ティラノの物語があった。だが、西田はそれを知らないし、その物語はもう終わってしまった。

 結局確かな事は――西田達は勝った。これで戦争は終わる。それだけだった。

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