フィジカル最強が異世界最強に成り上がる物語 ――魔王が倒され百年が経った今も、異世界最強のジョブは決まっていない――

第54話：盾の技巧

　己の急所へと迫る『致命の一撃（クリティカル）』が、西田には、はっきりと見えていた。なのに、それを防げない――右手の剣はあらぬ方向へ弾かれている。重心は大きく前に偏り、左足は殆ど地を離れ、足捌きが使えない。故に避ける事も困難。

「う、おおお！　畜生！」

　それでも、まさか死を受け入れる訳にもいかない。

　西田は自ら地に倒れ込んで、刺突を躱した。

　つい数日前、スマイリーに殺されかけた経験が活きた形だ。

　だが、まだ安心は出来ない。戦闘中に地を転がるのは、シズのように特殊な技法を修めていなければ、不利でしかない。

　それでも、西田はティラノへ向き直り、なんとか剣を左へ振りかぶる。地に倒れ、上体のみを起こした体勢でも、西田の膂力ならば剣戟で打ち負ける事はない。とどめの一撃を今度は逆に弾き返し、形勢を逆転する――それが西田の算段だった。

「な……」

　しかし、その作戦は通じなかった。実行に移す事すら出来なかった。

　ティラノは、倒れた西田に対して――まず、大盾を突き出したのだ。

　西田の視界が、殆ど奪われた。

　西田は、自分が置かれた状況がどれほど危険か、すぐに理解した。

　とどめの一撃がどのような軌道で襲い来るかが分からないのだ。敵が完全に動き出してから、動体視力のみで反応する事も出来るだろうが――危険過ぎる試みだ。

「クソ……！　どけ！」

　西田は咄嗟に目を閉じて、左手を突き出した。遠当てによる突き飛ばし――大盾に強い衝撃を受けて、ティラノは吹き飛ばされこそしなかったが、よろめいた。

　西田は、すぐさま立ち上がって構えを取り直す。

　心臓が早鐘のように暴れていた。一歩間違えば、殺されていた。

　――やばかった。今のはやばかった。考えなしに動くのは、もう絶対になしだ……だが、どうする。

　西田がティラノを観察する。

　ティラノは既に構えを取り直していた。筋骨隆々の巨躯に意識を奪われていたが、ティラノの技量は極めて高い。力任せに斬りつけては、また弾かれる。

　何か違う事をしなくてはならない。

　そして――西田は、担いだ剣を鋭く薙いだ。

　踏み込みは浅く、力も込めすぎず、しかし鋭く。剣先のみで斬りつける動き。

　更に斬撃を上下左右に散らして、隙を誘う。

　しかし、ティラノの守りは堅牢だった。

　浅く放たれた首狙いの横薙ぎ――肘の回転で盾を上げ、防御。

　切り返しの下段、脛斬り――これも最小限の動きで盾を下げ、受け流された。

「これはどうだ……！？」

　盾の表面を滑って右へ流れた直剣。

　西田はそれを切り返さず、構え直しもせず――体ごと右へ回転。

　疾風のように空を切る、対手の右半身へ迫る回転斬り。

　ティラノは切り返しを警戒して、盾を体の左側へ戻している。

　捉えた――西田は確信する。

　しかし――ティラノはそれを鼻で笑った。同時に身を屈めて、迫る刃を回避する。

「なっ……！」

　盾を用いた防御は鉄壁。更に体捌きも一級品――西田は驚愕を禁じ得なかった。

　そして――ふと、ティラノが盾を下げる。腰から膝にかけてを守るように。

　一体、何のつもりか。西田が怪訝に思った瞬間――ティラノが前へ出た。

　鋭い踏み込み――西田は、まるで反応出来なかった。

　盾の動作に惑わされ、下半身の動作――踏み込みの初動を見落としたのだ。

「くお……！」

　腹部狙いの突きを辛うじて左に躱す。

　だがティラノは止まらない。更に一歩大きく踏み出し、剛腕をもって大盾を突き出した。『シールドバッシュ』――大盾が西田を殴りつけて、鈍い音を奏でる。

　西田の体が意志に反して、よろめいた。

　――この、ダメージは……やべえ。今のは、シズのより（・・・・・）効いたぞ……。

　西田がよろめきながらも、大きく後方へ飛び退いた。

　このまま畳み掛けられるのは、不味い。

　しかし、ティラノがそれを許すはずはない。ふらつきながら下がる西田と、万全の体勢から追うティラノ。距離を開けられない。

　長剣（ツヴァイハンダー）の分厚く長く幅広の刃が、火花のように幾度となく奔る。本来は両手で扱うように設計された刀剣だ。それを小剣のように振り回す――恐ろしいほどの膂力だった。

　真正面からの打ち下ろし、長剣でなんとか右へ弾く。下段からの刺突、ふらつく足でなんとか躱す。更に刺突、躱し切れずに大腿を掠める。

　突きを避ける西田は左右に足捌きを使い、突きを打つティラノは前へ踏み込む。

　つまり、双方の距離が縮まる――再び、旋風を巻き起こして大盾が唸る。

　近間からの、分厚い金属板による殴打。剣の防御は通じない。足捌きでも避け切れない。鈍い打撃音――西田の鼻が潰れ、鼻血が飛び散る。

　ティラノが更に左手を振りかぶる。今度は、肘と肩で盾を振り回す動作ではない。大盾を拳の延長として――殴りつける為の動作だ。

　そして物と物が触れ合う際に生じる圧力の強さは、当然、接触面積に反比例する。

　ティラノの膂力で、大盾の縁を使って殴られれば――西田とて、無事では済まない。肉が潰れ、骨が砕ける。継戦能力を失い、そのまま殺される。

「くそ……調子、乗りやがって……！」

　西田が呻きながら、なんとか飛び退く。

　そして引きざまに放つ、下段からの跳ね上げ。伸びてきた腕を断ち切る狙い。

　ティラノは大盾を下へ向けて、容易くそれを防いだ。

　加えて更に一歩踏み込んで、再び刺突を放つ。

　西田はそれを避けきれず、刃は腹を掠めた。

　ティラノは突き出した長剣を、そのまま右へと払う。

　剣は、言うまでもないが刃物だ。上手く当てれば勢いはいらない。腹に押し付け、鋭く引けば、相手の腹から内臓が溢れる――そういう武器だ。

　だが――西田にとっては、それは窮地を脱するきっかけとなった。