第41話:引導3

「ニシダ、今のは少し危なかったんじゃないですか?」


 いつの間にか宿舎の上に飛び乗り観戦していたシズが、西田に声をかけた。

 高所を取ったのは、戦況をつぶさに観察する為である。


「へっ、ほざけ。そう言うなら、お前も何人か相手したらどうだよ」

「そうだぜおチビちゃん! あんたもかなりの腕前だったじゃねえか! 相手してくれよ!」


 冒険者の一人――軽鎧に身を包んだ男が、シズを野次った。


「あっ……おまっ、バカ……!」


 西田がたちまち、引きつった顔でその冒険者を見て、それからシズに視線を戻す。

 シズは――微笑みを浮かべていた。

 その笑顔に、牙を剥く狼を連想したのは、西田だけだった。


 シズが宿舎から飛び降りて、一歩一歩ゆっくりと、己を「チビ」呼ばわりした男へ歩み寄っていく。


「う、お……」


 そこで初めて、男は自分が不味い事を言ったと理解した。

 慌てて腰に差した短剣を抜く――より正確には、短剣型の杖を。


「魔術師なのか……! 鎧着てんのに……」


 西田が興味深そうに呟く。

 だが、この世界では、鎧を着込む魔術師は珍しくない。闘気ではなく魔術による身体能力の強化は、それなりに腕の立つ魔術師ならば容易い事だからだ。

 その上で、金属の鎧には魔法陣の類を刻み込む事が容易い。ローブを好むのは主に、己の才に自信を持ち、かつ伝統を重んじる、研究者としての魔術師だった。


「や、やる気か……? やる気なんだな……!? い、いいぜ。来やがれ……!」


 男が構えた杖の、刃の部分に刻み込まれた魔法陣の、一部だけが紅く光る。

 属性や対象を指定する紋様だけを複数、短剣に刻んでいるのだ。そうする事で詠唱を短縮しつつ、使用可能な術の多様性を保つ事が出来る。

 このような魔導具は――冒険者だけでなく、研究者としての魔術師にも好んで使用される。知識に形を与え、残す事は、学問の根幹である。


「『激しく、地を這い、広がれ』……!」


 魔術師が呪文を唱えると、杖の先から炎が溢れて、絨毯のように周囲に広がる。


「――もう一度、言ってみて下さい」


 だが対するシズは、右手で手刀を作り、高く振り上げ――振り下ろした。

 烈風を伴う気刃が炎を軽々と切り裂く。

 それでいて、魔術師の鎧には傷一つ付いていない。

 西田にはとても真似出来ない芸当だった。


「一体、誰が――」


 ともあれ切り開かれた道を、シズは依然変わらず悠々と進む。


「じ……『十三のつるぎ! 虚空の鞘よりいでよ! 我が敵を斬り刻め!』」


 魔術師の周囲に何処からともなく、十三本の剣が現れる。

 剣は一斉にシズへと殺到し――シズの両手が残像も残さず、剣と同じ数だけ閃く。

 獣牙の十指が、十三の刃を全て掴み止めていた。

 シズほどの使い手ならば、生半な魔術など、止まって見えるものだった。


「お、お……『押し返せ!』」


 いよいよ目前に迫ったシズに、魔術師は張り詰めた声で魔術を放った。

 属性は風――単なる高圧力の突風による面制圧で、間合いを開けようとした。


 対するシズは地を蹴り、前へ踏み込む。

 迫りくる突風の壁を――蹴り上げ、宙に舞い上がる。


「――チビ、ですって?」


 そして再び、今度は空を蹴って急降下。

 降下の勢いを乗せた渾身の手刀を振り下ろす。

 闘気を帯びた手刀は――辛うじて、魔術師には当たらなかった。

 代わりにその股の間、足元の地面を、まるでスライムのように容易く斬り裂いた。

 魔術師は、思わずその場で腰を抜かして、尻餅をついた。

 シズはその様を、どうだと言わんばかりに見下ろして――


「おや、随分と頭が低い位置にあるじゃないですか。どうされました?」


 渾身のしたり顔で、そう言った。


「は……はは……」


 魔術師は――呆然としたまま、あまりの実力差に笑う事しか出来なかった。


「……強いな」


 それから、噛み締めるように一言、呟いた。


「……ええ。そしてあなたは、世界最強の拳法家に負けた男になれる」


 シズは魔術師に手を貸しながら、そう言った。


「――おいおい、吹かすじゃねえか、シズ」


 西田が、丁度打ち負かしたばかりの挑戦者――ブレード付きナックルダスターを装備した拳闘士ボクサーに背中を向けて、そう言った。


「おや、何かご不満でも?」

「たりめーだ。俺はな、次やっても負けるつもりはねーぞ」

「へえ……それは、それは。仕方ありませんね……では、試してみますか?」

「上等……!」


 西田とシズが、互いに向かい合い、構えを取った。

 そして――双方の横合いから、不意打ちが迫る。

 西田には、鎖鞭による唐竹割りが。シズには、遠心力を帯びた拳鎚が。

 二人は咄嗟に、同じ方向にそれを躱し――


「何を急にいちゃついてんのさ、あんた達。私らの相手は、もう飽きた?」

「非常に心外である。真打ちは、遅れて登場するもの……私は、一筋縄ではいきませぬぞ」


 一度、顔を見合わせる。


「……とりあえず、今はやめとくか」

「ですね。また、次の機会に」


 そうして――二人は次々に挑みかかる冒険者達を、ひたすらに迎え討った。

 やがて、二人の息が僅かに乱れ始めた頃――周りには、冒険者は誰一人立っていなかった。騒動を聞きつけて、基地の殆どの魔術師が集まってきてはいたが。

 ともあれ西田が深く息を吸い込んだ。

 鞘を放り捨て、右手の人差し指を高く掲げる。


「っ、はぁ……どうだ! 見たか! 思い知ったか!? 最強は、この俺だ!!」

「なんですって? さっきも言いましたけど、一番強いのはこの私……」

「ええい! 今それ言い出すと話がこじれっからやめろ! とにかく!」


 周りに座り込み、また寝転がった冒険者達を見回す。


「どうだ! まだやれるって奴はいるか!? なら、立ちやがれ! 何度だって、満足いくまで、ぶちのめしてやる! どうだ!?」


 そして、声を張り上げる。

 だが――誰も、立ち上がろうとはしない。


「……だったら、決まりだ! 俺がお前らを、世界最強の男に負けた男にしてやる! だから……」


 西田はもう一度、右手を――今度は握り拳を、空を殴りつけるように高く掲げた。


「この戦争を、終わらせるぞ!!」


 瞬間、大気が爆ぜた――冒険者達が、一斉に呼応の掛け声を上げたのだ。


「おお! やってやろうじゃねえか!」

「いい加減、こんな陰気臭え森からおさらばしたかったところだ!」

「かましてやるぜ!」

「ゴブリンどもに、でけえツラさせとくのも我慢の現界だったしな! 丁度いい!」

「てめえ! こんだけ大口叩きやがったんだ! 約束、破んじゃねえぞぉ!」


 冒険者達が立ち上がり、代わる代わる、西田の腕や背を乱暴にはたく。


「いて! いてて! 痛えよバカども!」


 西田は、口ではそう言っていたが――存外、満更でもなさそうに笑っていた。



 そして――その光景を、アミュレは少し離れたところから、ずっと見ていた。

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