第40話:引導2

「俺に負けたら諦めて、俺達の囮になってくれ」


 この場にいる冒険者達は、単なる労働者――便利屋、傭兵としての冒険者とは違う。世界最強を決める闘技大会への出場を目指し集った、特別腕の立つ、とびきりの自信家達。


 故に、この挑発を彼らは受け流せない。

 敗れた後で約束を反故にする「嘘つき野郎」に成り下がる事も、よしとしない。

 西田は、そう予測した――自分なら、きっとそう考える、と。

 そして――


「へっ……言ってくれるな、あんた。なら……あんたを誰がやっつけるかは、早いもの勝ちって訳か! 一番手は、俺だ!」


 猟兵の男が、獰猛な――だが僅かに引きつった笑みを浮かべて、前に出た。

 右手で後ろ腰から大鉈を抜き、重心を落として構えを取る。


 正直なところ――彼らにも、分かってはいたのだ。

 自分達は、世界最強ではなかったと。

 絶影シャドウリーパー――この王国の領土のほんの一角に過ぎない森の中にすら、自分達を遥かに上回る天才はいた。いわんや国中から強者が集まれば――自分達など、木っ端に過ぎないと。


 西田は、彼らの図星を突いた。

 それは当然、怒りや反感を呼ぶ事だったが――同時に、救いにもなったのだ。

 ここで完膚なきまでに叩き潰される事で、彼らは、自分達が最強ではなかったと心底思い知る事が出来る。諦めがつく。その相手がゴブリンではなく、恐ろしく腕の立つ同業者になるなら――それは間違いなく、救いだった。

 無論、西田もそこまでは予想出来ていなかったが――


「おいおい! 何抜け駆けしてんだおめー!」

「さっさと負けちまえ! 次は俺だぞ!」

「うるせえ! 負けっかよ!」


 とにかく彼らは、西田の挑発に――提案に、乗った。


「行くぞ――!」


 猟兵の男が鋭く、左足で一歩前へ出た。

 大鉈は右に大きく振りかぶられている。つまり放ち得る斬撃の軌道は、限られている。まずもう一歩踏み込んで、それから右から左への横薙ぎか、斬り下ろしの二択。

 西田はそう読み、それを迎え撃つべく一歩踏み出し――


「ふっ……!


 瞬間――猟兵が踏み込んだ左足を軸に、体を右へ回転させた。

 同時に鉈を鋭く薙ぐ――西田の予想に反して、左から右へと。


 西田は完全に不意を突かれた。

 だが――神気の加護を帯びた眼力の前では、猟兵の動きはあまりに遅い。

 後出しで刃を合わせ、受け止め――同時に一歩前へ。

 猟兵の右前腕を、左手で掴んだ。

 組討術――西田は一瞬だけ、左手の指先に万力の如き力を込める。


「ぐっ……うお……!」


 骨の軋む音――西田がその気になれば、腕の骨を粉砕出来ていた事は明白。

 いや、もっと単純に体ごと振り回し、地面に叩きつける事も出来た。

 大鉈が手放されて、地面に落ちた。


「……はは。これで俺は、世界最強の男に負けた男、か」


 己の負けであると、そう悟れないほど、猟兵の男は愚かでも、弱くもなかった。


「ホラ吹きやがったら、許さないぜ」

「……負けるかよ」


 猟兵の言葉に、西田はたった一言だけ返す。

 負けてなるものか――その決意に、飾りは必要なかった。


「おい! 何やってんだ! もう少し疲れさせるくらいしろよな!」

「うるせー! もう少し余韻に浸らせてくれよ!」

「そこをどいて勝手に浸ってろや! 次は俺の番だ!」


 直剣を抜きながら、男が一人前に出た。

 猟兵がその場をどいて、西田と剣士の動線を開ける。

 瞬間、二人が同時に、互いに袈裟懸けに斬りかかる。


 西田はあえて対手の動きに合わせていた。

 単に力押しで勝つのではない。技を、実力を、出し切らせて、倒す。それは彼らの自信を跡形もなく打ち砕く為にも――自分が強くなる為にも、必要な事だった。


 直剣と、剣代わりの鞘がぶつかり合う。

 直後――対手の剣士は、背中を丸め込むように、前へ踏み出す。

 そうして直剣に全体重を乗せ、西田の鞘の側面に、刃を滑らせる。

 狙いは、『指斬り』。本来は重い斬撃で鍔ごと、或いは鍔迫り合いバインドからの刃の捻りを用いて対手の指を斬り落とす技。だが今回は、そもそも鍔がない。刃を滑らせていくだけで、指が斬れる。


「ちっ……!」


 咄嗟に、西田は刃を外して後ろへ飛び退く。

 斬撃をすかされた剣士は――しかし、表情に悔恨が浮かばない。

 むしろその眼光は、まだ西田をしかと捉えていた。西田の――足を、見ている。

 空振りになった縦方向の斬撃に、更に一歩踏み込みを足して、そのまま西田の足を斬るのが狙いだ。


 だが西田もまた、その目線の動きを見抜いていた。

 視線はその者の狙いを物語る――アミュレとの訓練で、学んだ事だ。

 もっともメイジャは、逆に視線でシズを騙していたが、ともかく。


 追い打ちの『足斬り』を、西田は剣を踏みつけて、止めた。

 ただ避けるよりも困難な受け方だったが、無意味ではない。そうする事で、そのまま、無防備な対手の首を斬りつけられる。


「……強いな」


 首筋に鞘を添えられた剣士は、深く溜息を吐いて、呟いた。


「いや、勉強になった」


 一言そう返すと、西田は残る冒険者達を振り返る。次は誰だ、と。


「……手合わせ願おう」


 坊主頭で、恐ろしく体格のいい、僧衣を身に纏った槍使いが前へ出た。

 武僧――武術と神術を併用する闘士ジョブである。

 左手には、数珠の代わりと言わんばかりに、金の、一等級の鑑札が巻いてあった。

 右手で十字槍を携えた武僧は、得物を構える前に、左手で手刀を作る。


「『かけまくもあやかしこき軍神マルス、尊き御霊の御加護を乞いたてまつりて、の身に疾風を宿したまえとかしこかしこみも申す』」


 そうして祝詞を唱えると――武僧の体を旋風が包み込んだ。

 神の加護である。

 直後、見上げるほどの巨体が嘘のように軽やかに、素早く跳んだ。

 一歩で西田を槍の間合いに捉え――突きを放つ。

 西田はそれを半身の姿勢を取りつつ、横に飛び退き、躱した。


「ふ……ッ!」


 瞬間、武僧は十字槍を、弧を描くように引き戻す。

 左右の鎌刃が、戻る際に西田の腹を引き裂くように。

 だが――それは叶わなかった。

 西田の左手が、十字槍を柄を掴んでいた。


 西田は、シズと石貫の戦いを見ていた。故に気づいたのだ。あちらは斧槍、こちらは十字槍だが――形状が似ているなら、出来る事も共通するだろうと。


 武僧は、まるで地に埋まった岩を引いているような感覚に襲われていた。

 相手は左手のみ、己は両手を用いているのに、槍がびくともしない。

 だが――まだ、詰みではない。


「……喝ッ!」


 槍から手を離さぬまま発する、裂帛の気合。

 瞬間、その声に呼応するかのように、武僧の眼前から光弾が放たれた。

 『聖弾ホーリー・バレット』――神気の弾丸が西田へ迫る。

 正中線を狙撃された西田は、それを躱す為に槍を手放す。

 武僧は即座に槍を引き戻し、飛び退き――


「憤ッ!!」


 再び、突きを放った。

 今度は鎌刃を引っ掛ける為の刺突ではない。

 対手の間合いの外から仕掛ける為の、穂先のみを用いた突き。


 西田は、小さく息を吐いた。

 見たところ、単なる突き。苦し紛れの反撃なら、終わらせてしまおうと。

 狙うはシズの見様見真似――槍使いに対して、前に突き出した左手を叩く手法。


 そうして一歩飛び退き、剣を上段に構え――ふと、勘付く。

 武僧の槍が、何か目には見えない超常の力を纏っていた。

 西田が咄嗟に、更にもう一歩後方へ飛び退く。


 そして、十字槍の穂先――それより更に手前へと、剣を振り下ろす。

 直後に響く、ガラスを割ったような破砕音。

 白光の粒子が周囲に飛散する。


「……馬鹿な。『聖刃の加護セイクリッド・ブレード』が、打ち砕かれるなど……」


 それは、軍神の加護によって付与エンチャントされた、神気の刃だった。

 本来はアンデッド属の魔物に対して用いられるスキル。

 だが得物の刃先に継ぎ足せば、不可視の刃で間合いを伸ばす事も出来る。


 西田がそれに気づけたのは――魔力、不可視の力を認識する感覚を既に得ていたから。加えて、彼自身が常に神気の加護を帯びているからだった。


「……見事な手前」


 武僧は目を閉じ、一言だけ呟くと、すぐに西田に背を向けた。

 長年の鍛錬と共に積み上げた自負を、打ち砕かれる。

 平然と受け入れられる者ばかりではなかった。

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