王太子は嘘が上手?

1

 まったく、レオンハルトには舌を巻く。


 カトリーナは今朝の朝刊を読みながら、ふう、と息を吐きだした。


 感心するべきか、それともあきれるべきか――、カトリーナは悩んで苦笑するだけにとどめておく。


 ミルドワース伯爵の起こした事件から二週間後。カトリーナはカントリーハウスから、城下にあるアッシュレイン邸に戻って来ていた。


「まあカトリーナ、ここにいたの? あなたのおばあ様からカトルカールをいただいたのよ。一緒にどう?」


 居間で新聞を広げていると、上機嫌の母親がカトリーナを見つけてにこにこと微笑んだ。


(お母様も、現金なものよねぇ)


 三日前にカトリーナがレオンハルトに連れられて邸に戻って来てから、クラリスはご機嫌だった。


 それはすべて、レオンハルトのおかげである。


 彼はカトリーナの両親に頭を下げ、カトリーナを今回の事件に巻き込んでしまったことを謝罪して、そして、婚約破棄の一件をなかったことにしてほしいと言った。


(レオンって、詐欺の才能があるんじゃないかしら?)


 レオンハルトは、両親に対して「ミルドワースが裏で動いている気配を感じていたから、カトリーナを守るために婚約を破棄した」のだと説明した。この内容はあらかじめ聞かされていたからカトリーナは驚かなかったが、レオンハルトの口八丁に騙されて、涙ながらに感激している両親を見ていると、ちょっといたたまれなくなってしまった。この二人は、将来口のうまい詐欺師に騙されるのではないかと心配になったほどだ。


「ええ、いただくわ」


 カトリーナは新聞から顔をあげてクラリスに微笑み返すと、再び新聞記事に視線を落とす。


 レオンハルトは、婚約破棄の――嘘の――理由を発表して、カトリーナの不名誉な噂を一掃すると言っていたが、なるほど、彼らしいと言えば彼らしいやり方だ。


 カトリーナの読んでいる新聞の第一面には、レオンハルトのコメントがでかでかと掲載されていた。


 内容はこうだ。


 カトリーナとの婚約破棄はミルドワース伯爵の手から彼女を守るためだった。


 結果、彼女を巻き込んでしまったが、彼女は心優しく自分を許してくれた。


 自分は天使のように優しいカトリーナを心から愛していて、改めてここに彼女との婚約復活を宣言する。


 このようなことがつらつらと、新聞記者の手で情熱的な批評までついて書かれている。


 そして最後に、十年間国外にいたクリストファーが正式に王位継承権を放棄し、城に戻ってくることが書かれていた。


 その話をクリストファー本人から聞いたとき、レオンハルトは王位継承権を放棄する必要はないと言っていたが、クリストファーは頑として譲らなかった。それでも、また国外に行かれるよりはいいと、レオンハルトも最後に頷いたのである。


「お披露目パーティーはいつなのかしら? 殿下から何か聞いている? ドレスは新しく仕立てましょうね」


 切り分けたカトルカールと紅茶が用意されると、クラリスがウキウキした口調で告げる。レオンハルトが、改めて婚約関係の復活をお披露目するパーティーを城で開くと言ったからだった。


「母さんったら気が早いよ。落ち着いたらって殿下も言っていたじゃないか。まだミルドワース伯爵の件の事後処理でバタバタしているんだろう? まあ、次のシーズンがはじまるころ―――次の冬あたりじゃない?」


 いつの間にか居間に入ってきたアーヴィンがあきれたように言っている。


「まあアーヴィン、お母様とお呼びなさいといつも言っているでしょう?」


 どこでそんな言葉づかいを覚えてくるのかしらと言うクラリスの小言を聞き流して、アーヴィンはカトリーナのそばまで歩いてくると、彼女の手にある新聞を覗き込む。


「殿下って都合がいいよなぁ」


 頭のいいアーヴィンは薄々何があったのかに気がついているようで、そう言って微苦笑を浮かべると、手を伸ばしてカトリーナの目の前からカトルカールを一切れ奪うと、大口を開けて口の中に放り込んだ。


「まあ、アーヴィン!」


 クラリスは怒った顔をして「お行儀が悪い!」と言うと、使用人を呼びつけて、アーヴィンのために紅茶とカトルカールを用意させる。


 アーヴィンはカトリーナの隣に腰を下ろすと「母さんも都合がいいよね」と姉に小さく耳打ちしてから、すました顔で紅茶に口をつけた。


 カトリーナは新聞を畳むと、カトルカールをフォークで切り分けて口に運ぶ。


 そうして、親子三人でまったりとティータイムをすごしていると、突然、血相を変えて執事が飛び込んできた。


「奥様! 大変でございます!」


 いつも泰然と構えている彼の慌てぶりに、カトリーナたちは目を丸くする。


「どうかしたの?」


 女主人らしく、きりっとした表情を浮かべて執事に問いただしたクラリスだったが、執事が慌てふためいて告げた次の一言に悲鳴を上げた。


「き、記者たちが、いえ、それ以外の人たちもですが、や、や、邸をぐるりと取り囲んでおります!」


「なんですって!」


「あら、まぁ」


 母の悲鳴とカトリーナのほわーんとした声が重なる。


 カトリーナは畳んだ新聞に視線を落とし、間違いなくこの記事のせいだと思ったが、動転しているクラリスは執事に連れられて慌てて玄関まで駆けて行ってしまい、残されたカトリーナはアーヴィンと顔を合わせる。


「大変なことになったわねアーヴィン」


「全然大変そうな顔をしてないけどね、姉さん」


「そんなことはないわ。驚いているもの。―――でも」


「でも?」


 カトリーナはぽっと頬を染めると、うっとりした表情を浮かべた。


「『白薔薇伯爵は笑わない』で同じようなシーンがあったの。その時は邸を取り囲んでいたのは兵士だったけど……、す・て・き」


「姉さんは、今日もお花畑だなぁ」


 アーヴィンはやれやれと肩をすくめた。


 そして、姉弟が顔を見合わせてにっこりと微笑みあっているとき――


「奥様ぁー! お気を確かにぃーっ」


 どうやら、クラリスはまた卒倒したらしい。


 執事の悲鳴のような絶叫が、邸中に響き渡った。

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