4
嵐の日から、レオンハルトは頻繁にカトリーナのもとを訪れるようになった。
それは、一人だったり、エドガーを伴ってやってきたりと、日によって違ったが、決まってクリスと約束のない日にあらわれた。
そして、十日もたつ頃には、カトリーナはすっかりレオンハルトと打ち解けて、カトリーナは彼にクリスとの恋の相談をするまでになっていた。
「それでね、クリス様ったら、鼻の下にミルクのお
レオンハルトに対して、親しい友人のように敬語を使わなくなったカトリーナは、昨日クリスとデートをしたとき、カプチーノを飲んだクリスが鼻の下にミルクをつけていたことを、身振り手振りを添えて楽しそうにレオンハルトに説明する。
カトリーナとレオンハルトは、アッシュレイン邸の庭にテーブルを出して、午後ティータイムをすごしていた。
「俺には君の方が可愛いけどね」
「え?」
「ついている」
ここに、と言いながらレオンハルトが手を伸ばし、指先でカトリーナの口の端をすくった。
キョトンとしたカトリーナだったが、レオンハルトの指がぬぐっていったのがクリームだと気づくと、顔を真っ赤に染めてうつむく。
今日の午後のティータイムのお菓子はシフォンケーキで、生クリームがたっぷりと添えられていた。いつの間にかそのクリームを口につけていたらしい。
「端ではなく口の上だったら、君もクリストファーのようだったかもね」
「も、もう、レオンったら……」
呼び方も「殿下」から「レオン」に改めたカトリーナは、頬を膨らませた。
レオンハルトは笑みを浮かべながら、アイスティーを口に含む。
カトリーナは口にクリームをつけないように気をつけながらケーキを口に運んだ。
「あのね、レオン。わたし、あなたに聞きたいことがあるの」
「どうした、改まって」
カトリーナはぐっと拳を握りしめると、身を乗り出した。
すっかり夏らしくなって、ギラギラと照り付ける太陽はまぶしいほどだが、木陰の下にテーブルを用意したので、さわさわと風がそよいで心地いい。
「男性って、どうやったら交際を申し込んでくださるのかしら?」
「―――は?」
レオンハルトは口に含んだ紅茶を吹き出しかけて寸前でこらえると、目を丸くしてカトリーナを見やる。
木漏れ日があたって、カトリーナの銀色の髪がキラキラと輝いているが、それに負けずとも劣らず、彼女の紫色の瞳も輝いていた。
「クリス様ってば、いつになっても恋人になろうって言ってくださらないの! 何回かデートはしたし、毎回とても楽しいのにどうしてかしら? だってね、小説の中の男性は、出会ってすぐに告白してくれるし、その、キ―――キスもしてくれるのよ!」
きゃあ言っちゃった、と照れるカトリーナに、レオンハルトは微苦笑を返す。
カトリーナはすっかりレオンハルトを「お友達」に認定したため、自身が妄想癖であることも隠していない。それどころか、お気に入りの恋愛小説の内容を熱く語って、「こんな恋愛がしてみたいの」と言っては、レオンハルトを困惑させていた。
「きっとわたしの魅力がたりないのかもしれないわ……。ねえ、男性ってどんな女性だったら告白してくれるのかしら? 格好かしら? もっとこう……、胸元のあいたドレスの方がいいのかしら?」
「君は充分魅力的だよ、カトリーナ」
「ほんとう?」
カトリーナが疑り深い目を向ける。
レオンハルトは大きく頷いた。
「クリストファーには何か事情があるんだろう」
「事情って?」
「さ、さあ、そこまでは……」
レオンハルトが言葉を濁すと、カトリーナはハッとあることに気がついた顔を青くした。
「まさか、クリス様ってば、実は既婚者!? やだ、どうしましょう! そうだったらどうなるの? 略奪? わたしって悪者?」
「カトリーナ、違う。クリストファーはちゃんと独身だから、落ち着きなさい」
「じゃあ、ほかに恋人がいるのかしら?」
「恋人もいない。―――カトリーナ、略奪ものの恋愛小説を読んだのか?」
「あら、どうしてわかるの?」
「それは、まあね……。それで、その小説の主人公は、略奪した方なのか、された方なのか」
「された方よ!」
カトリーナはぱっと顔を輝かせると、つい一昨日読み終えた恋愛小説の中身を熱く語りだす。
うんうん、と頷きながら聞いていたレオンハルトが、カトリーナを愛おしそうに見つめていたことには、彼女はまったく気がつかなかった。
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