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「ふふふ、ふふん」


 カトリーナは鼻歌を歌っていた。


 エドガーが帰り、憔悴したアッシュレイン侯爵が少し横になりたいと自室に下がったのちカトリーナも自室に戻っていた。


「聞いた、アリッサ。婚約破棄ですって」


 るんるんと鼻歌を歌い、カトリーナは部屋の中でくるりとターンをする。


 アリッサはつい先ほど婚約破棄を言い渡されたにもかかわらず、今まさに花でもまき散らしそうなほどうきうきしている主に白い目を向けた。


「嬉しそうですね、お嬢様」


「当り前じゃない! 婚約破棄ってことは、王太子殿下と結婚しなくていいってことよ? つまり―――」


「つまり?」


「大手を振って恋愛できるのよぉ―――!」


 自由恋愛万歳! カトリーナはそう言って天井に向かって両手を広げる。


 アリッサはそんなことだろうと思った、とため息をついて、スキップで部屋中を走り回りそうなほどうきうきしているカトリーナのために、気分の高揚を抑制してくれそうなカモミールティーをいれることにした。


「お嬢様、婚約破棄されたということを甘く見てはいけませんよ」


「あらどうして?」


「どうしてって……。いいですか? 婚約破棄、しかもよりにもよって王太子殿下から婚約破棄されたとなると、その噂はそれこそ国中に広まってもおかしくありません。お嬢様は王太子殿下に婚約破棄された『問題のある』女性だと思われるんです。新しくどなたかと婚約を結ぼうとしても、いい縁談があるかどうか……。最悪、どこかの年老いたやもめの後妻となるか、一生独身なんてことも……って、聞いているんですか?」


 アリッサは片眉を跳ね上げた。


 カトリーナは途中からアリッサの話は全く聞いておらず、「うふふ」と幸せそうに笑っている。


「カトリーナ、恋に障害はつきものなのよ。ああ、どうしましょう? 素敵な騎士に愛の逃避行をお願いされたら。それとも、舞踏会でハンカチを拾ってくれた殿方と恋に落ちるのかしら。ああ、でも―――、やっぱり十二年前の彼と恋に落ちたいわ。再開した途端に、燃えるような恋に落ちるのよ」


「お嬢様、お嬢様……」


「この十二年間、君を探し続けたんだ―――いやーんっ、そんなこと言われたら、言われたら!」


「お・嬢・様!」


「ひゃい!」


 むにっと頬を引っ張られて、カトリーナは妄想の世界から引きずり出された。


 アリッサはカトリーナにカモミールティーをすすめながら嘆息する。


「いいですか? 恋も結構ですが、お嬢様はあっという間に社交界の噂のネタです。そんなの嬢様が、舞踏会になんて行けるはずないでしょう?」


「え、そうなの?」


「当り前です! 餌食にされに行くようなもんじゃないですか! 奥様だってお許しになりませんよ」


「そんなぁ……」


 途端にべそっと半泣きになるカトリーナをみて、アリッサは強く言いすぎたと後悔する。しかし――。


「でも、もしかしたら、舞踏会でいじめられて泣いているところに、颯爽とあらわれる素敵な殿方が―――。ああっ、このシチュエーション、三か月くらいに前に読んだ恋愛小説みたい! 素敵!」


 馬鹿馬鹿しくなったアリッサは、もう、お嬢様の妄想を止めることを諦めたのだった。

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