【コミカライズ】恋に恋する侯爵令嬢のこじらせ恋愛

狭山ひびき@広島本大賞ノミネート

プロローグ

 それは確か、五歳の誕生日をむかえる前だったと思う。


 カントリーハウスの大きな木に括りつけられた父であるアッシュレイン侯爵お手製のブランコが子供のころのカトリーナのお気に入りで、晴れた日はいつもそのブランコを漕いで遊んでいた。


 日焼けしてそばかすができると、母親の侯爵夫人はカトリーナが日が高いときに庭に出ることを嫌がったが、おおらかな侯爵は娘の自由を奪わず、天真爛漫に育てたがった。


 結果、庭に出るときは帽子をかぶるということで母親が折れ、幼いころのカトリーナは自由に庭で遊ぶことができた。


 その日も朝からいい天気で、カトリーナはブランコを漕ぎながら頬に当たる風を楽しんでいた。


 あともう少しで五歳。もうじき弟か妹が産まれることもあり、最近のカトリーナは少し背伸びをしてお姉さんぶることを覚えていた。


(わたしももうすぐ五さいだもの。きっともっとたかくこげるわ!)


 本当は、危ないからあまり高く漕いではいけないと両親から釘を刺されていたが、幸か不幸か、この日は臨月の母親が朝から軽い陣痛を訴えていて、父親はもちろん、邸中の使用人が母親につきっきりだった。


 そのため、カトリーナは「お庭で遊んでいなさい」と父親に言われて、一人、ブランコを漕いでいたのである。


「よーし!」


 カトリーナは誰も見ていないことをいいことに、ブランコを高く漕ぐ練習をすることにした。そして、弟か妹に自慢するのだ。


 カトリーナは嬉々としてブランコを漕ぎはじめる。最初はうまくいかなかったが、少しするとコツを覚えて、徐々にブランコが加速しはじめた。


 ブランコが動くにつれて足を動かし、一生懸命漕いでいると、ブランコはいつの間にかずいぶんと高くなった。


 頬に当たる風も強く、いつもより太陽がほんの少しだけ近くに見える。


「すごいすごい!」


 カトリーナは興奮していた。


 こんなに高くブランコを漕いだのははじめてだし、こんなに気持ちのいい風を感じるのもはじめてだ。


 カトリーナは夢中になってブランコを漕いだ。


 だが、しばらくすると縄を掴んでいる手が痛くなってきて、手に力が入らなくなる。そろそろブランコを降りようと思ったが、漕ぐことをやめても、加速したブランコはなかなか止まらなかった。


「おねがい、とまって……!」


 カトリーナは半泣きで叫んだが、ブランコは止まらない。


 そのうち手を握っているのもつらくなり、うっかり手の力を緩めたときだった。


「危ない!」


 誰かが叫ぶ声が聞こえたと思ったときには、カトリーナは宙に放り出されていた。


(おちる―――!)


 カトリーナはぎゅっと目を閉じた。


 ややして、どん、と何かにぶつかるような衝撃を覚える。


 しかしそれはカトリーナが予想していたよりも柔らかく、そして温かかった。


 カトリーナは恐る恐る両目を開ける。そして――、そこに、王子様を見た。


 大好きな絵本の中に出てくる、キラキラした王子様だ。


 鮮やかな金色の髪は日差しをあびてキラキラと輝き、母親が大切にしている指輪のサファイアのように深く綺麗な青い瞳。


 年はカトリーナより五つくらい年上だろう。


 少年はしりもちをついた体勢でカトリーナをしっかりと抱きしめていた。


「怪我はない?」


 金髪の少年は心配そうな顔でカトリーナを見つめていた。


 途端、ボンッとカトリーナの顔が真っ赤に染まる。


 うまく言葉が紡げないので、コクコクと頷くと、彼はホッとしたように微笑んだ。朝日のようにまぶしい笑顔だった。


 カトリーナは少年の顔をじっと見つめて、心の中で誓った。


(わたし、このおうじさまとけっこんする!)


 ――それは、カトリーナ・アッシュレインが五歳になる少し前のこと。けれども彼女には、まるで昨日のことのように思い出せる、素敵な思い出だった。

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