究極リベンジタイム
横山采紅
第1話 究極へのリベンジを誓って
───気づけば世界が終わっていた。
何がどうなって、どうやってこうなったのかは皆目見当もつかない。不意打ちを食らったかのように呆気に取られ、意識を立て直した時にはすでに大惨事が起きていた。
綺麗な青空だったのに今は違う。地獄のような赤黒い色に染め上げられてしまっていて、本当に地獄なんじゃないかと錯覚さえしてしまう変わり様。まあ、それもあながち間違いではないのかもしれない。
豊かな自然が壊されている。
水の入った容器を振った後の如く海が荒立っている。
天に浮かぶ雲が跡形も無く消失する。
生命という大切な存在が悉く焼き払われていく。
これを地獄と言わずしてなんと言う?少なくとも、この事態を引き起こすきっかけとなった男には他に言葉が見つからなかった。
「………世界を壊す…それが、お前の役割だったな…」
大の字で抉れた地面に寝そべる彼は全身血塗れ。左腕は文字通り潰れてしまっていて感覚は無く、体から力が抜けていく彼は口から血を滴らせながらもそんなことを呟いた。
木々を焼く炎、荒れ狂う風、獣たちの悲鳴。それらを軽々と押し潰してしまう地響きが段々男に近づいてくる。
つまりは足音、地響きを発生させるほどの巨体が蠢き迫るのを知りながら、男は咳き込んだ後にため息をついた。
「……チクショウ…こんなのありかよ…!」
チカッ、と男の真上で小さく何かが光った。察知し、血に濡れた歯を食い縛った男が体を地面から跳ね起こして横へ跳ぶ。
直後に落ちてきた光が、男がいる地に風穴を開けた。光の柱はしばしそのまま残って、十分猛威を振り撒いてから消える。落ちた際に生じた衝撃波が周囲の炎や自然、逃げ惑う生物たちを片っ端から薙ぎ払った。
目と鼻の先で大爆発が起きたかのような風圧。だがそれを踏ん張ってなんとか堪えた男は地面を蹴り高々と跳び上がる。辛うじて残っていた大木よりも高く、半壊した山さえも越える高さにまで跳躍して、男は右手に握るそれを頭上に振りかぶった。
黒い刃に赤いまだら模様がある剣。男の相棒でもあるそれは深紅の光を放ち、
「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」
渾身の力でもってそれを振り下ろした。
"山さえも越えた高さにある頭に向かって"。
だが、刃が着弾する前にこちらに向いていた顔は大きく口を開いて、そこから破壊の光を吐き出した。
ギャゴォオオオッッッ!!!と。回避も許さぬ一撃が男へ迫る。光は確実に男の命を奪うだけの力があった。だから男は全力で抵抗する。刃を光にぶち当てる形で。
「ぐゥウウッッ──!!」
拮抗したのは少しの時間。力の衝突によって起きた爆発に巻き込まれ、男は煙りを引き連れて大地に叩き付けられた。
黒い土煙が巻き上がるそこへ無数の光の束が降下。連続して激突し地面を消す破滅の雨は何人足りとも生存を許さない。人間なんてちっぽけな生き物ならば着弾せずとも風圧で、または光から副次的に発生した熱に溶かされて絶命は免れない。
「ゲホッゲホッ!ッハァ……正真正銘の、化物だな…!」
だから、破滅の雨から命を守った彼は人間の枠外に飛び出した者なのだろう。剣で叩くようにして無理矢理軌道を変えたことで消し飛ばされるのを阻止した男は一度だけ深く息を吸い込んで、
(まだ完全に世界が滅んだわけじゃねえ……致命的な被害があったとしても生き残りがいればまたやり直すことは出来る。長い年月をかけて繁栄してきたんだ、また時間をかければ失った日常は戻らずとも平和は取り戻せる…)
起きてしまったことを悔やんでも仕方がない。遅かれ早かれこうなっていた、だから男は開き直る。今じゃなくてもいずれ奴は世界を破滅させるために動き出していた、それを彼が目覚めさせてしまっただけに過ぎない。
元より倒すために目覚めさせたんだ。起きただけで世界が火の海になると知っていれば起こしはしなかったが、残念ながらそれを知ったのはすでに惨劇と化した後。
申し訳ない気持ちを抱いて心中で呟く───そこまでして完全に吹っ切れ、頭の中から全てを消し去り意識を戦いへ向けた。起きてしまったことに拘らない、いつも通りの彼らしい切り替えだった。
冷酷とも薄情とも残虐とも取れるであろう思考回路。常人には理解出来ない切り替え方。
だが常人なんかで理解出来るような人間ならば、こんな破滅を目前にしてもまだ戦おうとは思わないだろう。
彼はすでに常人にはわからない世界に立っている人間だ。彼らの物差しに合わせる気など無い、だから彼はこれまでもただひたすら進み続け、そしてこの場で剣を握っている。
(解決するにはこいつを倒すしかねえ。だったらやることは明白)
剣を構え鋭い眼光を灯し遥か高くにある顔を睨んで彼は言った。
「───テメェに勝つ、それしかねえんだッ!!」
カッッと向けられた巨大な掌から無数の光の針が雨の如く降り注いだ。人間の柔らかい体なんて簡単に貫ける最悪の雨を目にしても男は怯まず、一歩力強く踏み出して剣を振りかぶる。
……小さな子供が木の枝を乱暴に振り回している姿を見て着想を得たという幼稚な理由によって出来た技。
「我流剣技、一ノ刃───【舞衝(むつき)】ッ!!!」
連続してただ剣を振り回すだけ。しかしその太刀筋も速度も鮮麗されていて、必殺技として確立されるだけの代物となったその技で光の雨を斬り壊す。
ギャギャギャギャギャッッッ!!!!と眼前で閃光となって消える雨にも目を見開きながら剣を振るって破壊し、降り止んだ直後に駆け出す。
攻撃はまだ終わらない。光の束が連続で落ちてくるのを止まることなくかわして距離を詰め、捌き切れないと判断しすぐに、
「二ノ刃、【騎早羅戯(きさらぎ)】ッ!!」
舞うような足取りで剣が走り、光にぶつかった反動も利用して男の体が跳ね回る。安全地帯に常に体を弾いて移動しながら接近し、やがて男は剣を鞘に収めグッと体を前に倒した。
「九ノ刃…」
頭上から落ちてきた光線を爆発的な加速でかわし、大地を踏み鳴らす巨大な足めがけ一直線に、弾丸を軽々と凌ぐ速度で跳ぶ。
「───【久衝(ながつき)】ッッ!!!」
足首後ろ、体を支える腱を狙ってとある島国に伝わる剣術を見様見真似で物にした最高速度の斬撃を叩き込む。ガギィイイッ!!!と甲高い音と火花が散った。
「固えッ…!!」
僅かに食い込んだだけで裂くことは叶わなかった。引き抜き、連続で同じ場所めがけ男は再び九ノ刃の構えに入る───が、直後巨体全部から光の爆発が起き、男は至近距離から浴びて吹き飛ばされてしまった。
「が…ばはッ!!?ぐごェ…!」
止まった時には随分と距離を離されてしまっていた。咄嗟に守りを固めた白い光の膜はあっさりと粉砕され衝撃もろくに殺すことは出来なかった。
(あの、野郎ッ……俺の『ワールド』を…吸収しやがって…!)
痛みのせいですぐに起き上がることが出来なかった男は憎き敵を睨む。距離が離れたせいでようやくまともにその全容を認識することが出来た。
うっすらと緑がかった白い巨躯。人間に似た形状をしたそいつはこちらに顔を向けて佇んでいた。真っ白な目には何も感じ取れない。彫刻のような無機質な目に男は舌打ちし、痛みを堪えて立ち上がる。
再び突撃を仕掛けようと両足に力を込め剣を引いた、その時だ。
「ゆ……ユラシル…」
名を呼ばれて息を飲み、呼んだ人物に顔を向けたユラシルという男。
「……み、ミラ…?おっおい!大丈夫かミラ!!」
突撃をやめて名前を呼んだ銀髪の女ミラにユラシルが駆け寄る。土砂の下敷きになっている血塗れの女は這い出ることも出来ない様子で、
「待ってろ、すぐ出してやる!」
グボァッッ!!!と剣を真横に振っただけで邪魔な土砂を吹き飛ばし、ユラシルはミラの肩に手を置いて声を張る。
「ミラ、シービスの奴はどこだ!?一緒にいたはずだろ!」
「ケホッ…わからない……吹き飛ばされた後の記憶が無いから、生きてるかどうかも…」
「くっそォッ…!お前らだけは絶対逃がしてやる、だから立てミラ!」
「…ごめんユラシル、無理みたい」
「は、はぁ!?何が無理なん……だ…」
言葉が尻下がりになる。見てしまったからだ、ミラが立てないと言っている理由がわかってしまったからだ。
「私の足……もう無いのよ」
「…………そん、な…」
「アレが目覚めた時の衝撃に当たって消し飛んじゃった…私のことはいいから、あんただけでも逃げなさい…」
「…ふ、ふざけたこと言うな……そんなこと出来るわけねえだろ!?逃げられねえならここで自分を守ってろ、すぐ俺があの野郎をブッ倒してくるから!」
「…あんたでも無理よ、わかるでしょ……アレは、人の力でどうにかなる物じゃない…」
「うるせえ!!いいから『ワールド』集めて壁を作れ!すぐに終わらせる、あいつを仕留めてきてやるから!」
「……ユラシル…」
片腕を無くしたユラシルは剣を構えて立ち上がろうとするがミラが掴んでそれを止めた。
「…ユラシル、聞いてちょうだい」
「……離せ。最後の言葉とか抜かすならひっ叩くぞ」
「違うわよ……あんたが見つけたあの『石』、今が使う時なんじゃないの?」
「…どういうことだ」
「この世界はもうダメよ……あいつが目覚めてしまった以上どうにもならない、この時代ではあいつを倒せない…なら、"倒せる時代に行くしかない"」
「…………お前、まさか」
「そう」
ミラは生気の乏しい虚ろな眼差しを向けて、ユラシルに提案する。
「―――ここじゃない過去の時代、そこでならまだアレの力も今ほどじゃないはずよ。だから、あんたはそこでやり直すの」
やり直す…その言葉の意味は、単にユラシルの人生をやり直すためだけじゃない。遠い過去の時代、アレがまだ今よりも弱い時代に行ってユラシルに倒してこいという意味だった。
理解してもユラシルは頷くことは出来なかった。
「…この世界を、捨てろって言うのか?お前やシービスがまだ生きてるかもしれないのに、他の人間たちだって生き残ってるかもしれないこの世界を捨てて、俺だけ生き延びろってのか…?」
「どの道アレがいる以上未来は無いわ…この時代は終わっても、もしあんたが過去でアレを倒せば未来は…この時代は変わる。約束された破滅の未来から解放出来るのよ」
「……なら、この世界に意味は無かったのかよ。俺たちが頑張ってきたのは無意味だったのか…?あんな奴がいるから、全部ゴミ同然なのかよ…?」
「そんなわけないでしょ…あんたは紛れもなく人類最強、歴代最高の『開拓者』じゃない……そんなあんたが過去に行くから意味があるのよ…」
「………………。わかった」
事態を把握出来ていないわけじゃない、ユラシルだってちゃんとわかっている。この世界はもうダメだ。ユラシルが勝てないのはユラシル自身が一番わかっている、この世界を捨てることになるけれど、破滅の未来を変えられるならそれしか手は無い。
「ただしお前も一緒にだ。ここにお前を残せない、終わっていく世界にお前を残してはいけない」
それが、ユラシルの精一杯の譲歩だった。
「……ぁ…ハハ、何…?子供の頃からずっと一緒だったのに、また一緒にやり直したいわけ…?」
「当たり前だろうが」
「っ──。…嬉しいこと言ってくれるわねユラシル……この世界より私が大事なのかしら…」
「終わっていく世界とまだ助かるお前なら、俺はお前を選ぶ。シービスだってそうだ、あいつも一緒に連れていきたい、だけどそれが叶わないんなら、せめてお前だけでも……ミラ・ステイハインとならまたやり直せる気がするから」
「そう………、でも、それは出来ないみたい」
「えっ──?」
掴まれていた腕が引っ張られ、ユラシルの体が放り投げられた。唖然としたままミラを見つめ、彼女の微笑みを見て無意識に手を伸ばして───眼前を埋め尽くす巨大な光の束が真横から駆け抜けた。
「……み」
それが最後に見たミラの姿だった。
「ミラァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」
転がりながらも叫びは途切れることがなかった。地面を深々と抉って消えた光、残ったのは黒々とした不気味な煙りだけだった。
「……あ…ああああああッ…!!」
唯一救えたはずの彼女に救われてしまった、その事実がユラシルの精神を凄まじい勢いで削り落としていき踞ってしまう。
やり直すと決めたのに、全てを捨て、ミラだけは助かると決めた直後にこの仕打ちはあまりにも残酷過ぎてユラシルでも堪え難い負荷に体の力が抜け落ちる。剣すら握る力も無くなって踞ったまま振り絞るように声を漏らすしか出来なくなってしまったユラシル。
「なんだよ……これ…もう、どうにもなんねえじゃねえかよォ…!!」
嘆く。嘆く。嘆く。
邪魔をしたのはユラシルの心を折る絶望を与えた張本人。
巨大な手がユラシルに向かって真上から落ち、地面もろとも掴み上げる。骨が砕け内臓が悲鳴を上げてもユラシルは声すら出さず、掴まれたままゆっくりと顔を上げた。
正面にある顔。石像のような光の無い目はユラシルを真っ直ぐ見ていた。
「………俺を、殺すならさっさとやれや」
破滅の化身は何も言わない。喋れるかもわからないが、ユラシルにはどうでもよかった。
「もう『ワールド』もかき集められねえ…根こそぎ奪いやがって……」
何も言わない。
だからユラシルは、憎しみを籠めた凶悪な眼差しで顔を動かして、自身を掴む手に豪快に噛み付いた。歯が砕けようが関係無く力を籠め、ガリガリと削るようにして、残ったありったけの力で噛み砕き破片を口に含む。
そして飲み込んだ。力の結晶とも呼べる欠片を。
「『ワールド』の結晶体…俺からも散々奪ったんだ…なら、お前の力を奪っても文句は言わせねえッ…!!」
血を流す口から言い放ち、ユラシルは手に握り込んでいたとある『石』に力を注ぐ。
偶然この地で見つけた、恐らくはただ一つしか無いであろう奇怪な石。それが光を放ち、忽ちユラシルの全身に広がっていく。
「───必ず殺すッ…!テメェはこの手で、いつか絶対にブチ殺してやるからなァッ!!!」
捨て台詞だけを残して、忽然とユラシルの体が光とともに消えた。握っていた手から消えたのを見てもそれはなんの反応も示さず、やがて足を動かし歩き出した。
この世界を滅ぼすため。
自分が生み出された理由のため。
世界とともに消えてなくなる、ただそれだけのために───。
「…………………、ッ!!」
ハッと目を開けた先に広がっていたのは豊かな自然だった。鳥の鳴き声、優しく吹き抜ける風、美しい青空。
さっきまでの地獄とは雲泥の差。破滅の色など皆無の平和な世界を見て、ユラシルは立ち上がり歩き出す。
近くにあった川を覗き込み自分の姿を確認する。潰された左腕も綺麗にぶら下がっていて、二八歳だった顔は随分と幼くなっていた。
うまくいった。その事実に膝を付き、ユラシルは呟いた。
憎悪に燃える瞳で。
「………やり直す…一から、前の俺よりも強くなって、テメェを殺すために…」
これは世界を救うために戦うと言った綺麗な物では無い。結果的にそうなるだけでユラシルにはそんな気は全く無い。
そう、これは。
復讐を果たすために再び『最強』を目指し『究極』を倒す、ユラシル・リーバックの千年の時を越えた逆襲劇である。
究極リベンジタイム 横山采紅 @sy4405
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