桃源女学園からの招待状
辰巳京介
七通目、エピローグ狭山初子
主な登場人物
狭山初子(42)
桃源グループ理事長
佐藤朱(あか)梨(り)(28)
女性向け週刊誌『令和女性』の記者
山本純子(34)
桃源物産営業一課、近藤肇の元「ワイフ」
1.
女性向け週刊誌『令和女性』記者、佐藤朱梨の元へ一通のメールが届いた。送り主は、桃源物産の女性社員、山本純子34歳であった。
内容を見ると、桃源物産についてお話したいことがあるというものだった。朱梨は山本純子なる人物と会うことにした。
「はじめまして、令和女性の佐藤と申します。」
「山本です。今日は、お会いいただいてありがとうございます。」
「早速ですが、お話を伺ってよろしいですか?」
「はい。実は、わが社のある制度のことです。」
「制度?」
「『ハズバンドワイフ制』ってお聞きになったことあります?」
「いえ」
「うちの男女社員間の、いかがわしい制度なんです。」
純子は吐き捨てるように言った。
「どんな制度ですか?」
「一言で言うと、女子社員は全員、上司と男女の関係を結ばされるんです
「強制的に、ですか?」
「強制的ではありません。でも、私はそれで深く傷つきました。あんな制度早くなくしてください!」
「落ち着いて、詳しく話してください」
目の前のアイスコーヒーを一口飲むと、純子は話し始めた。
× × ×
「それでは、上司とそれを希望した女子社員が夫婦の関係になり日々の業務をするってことですか。」
「そうです」
ありえない、と朱梨は思った。
「これをそちらで記事にしていただいて、何とかこんな制度、ぶっこわしてもらえませんか?」
「やってみます。ところで、山本さんは何でこのことをうちに話そうと思われたんですか?」
「それは・・・ちょっと・・・」
「わかりました。それでは結構です。今日はありがとうございました。」
「よろしくお願いします」
純子はそう言うと席を立った。
2.
社に戻り上司の木村に話すと、木村は面白がった。
「社内の女性社員は上司の愛人か。うらやましい会社だな」
この上司とそういう関係になった自分を想像し、『ハズバンドワイフ制』というものが、ますます汚らしく朱梨には思えた。
できるだけ大げさに記事にしろよと、木村は朱梨に言った。
記事が出ると、世間は、その内容に興味を持った。当然のことながら賛否両論だった。
木村のように、単にうらやましいと言った男性からの賛成意見。ふしだらだという女性からの反対意見。ただ、あまりにも普通過ぎる。
「木村課長!」
「ん?」
「狭山初子にインタビューさせてもらえませんか?」
「インタビュー?
この記事、もう少し掘り下げてみたいんです。」
」いいだろう、ガンガンやってこい」
3.
「狭山さん、本日はインタビューをお受けいただきありがとうございます。早速ですが、うちの記事は読んでいただけましたか?」
「読ませていただきました」
「いかがだったでしょうか。内容的に問題はありませんでしたか?」
「ありませんでしたが、少し不十分、という印象はいだきました」
「では、いくつか質問させていただきます。狭山さんはなぜ、この『ハズバンドワイフ制』を社内に導入されたんですか? 上司との愛人関係を強要されるんですよね」
「違います。希望者のみです」
「なぜ、こんな制度を社内に導入されたんすかか? あまりに突拍子すぎると思いますが・・・」
「男は、本来、弱いもの、というのが私の意見です」
「男性は、弱い?」
「はい」
「世の男性から反論が出そうですが」
初子は真面目な顔で続けた。
「男性とは、女性が手助けをし、女性が癒して初めて仕事をするものです。」「男性を甘やかすことになりませんか? それに、女性の中には、男性と同じように社会でバリバリ仕事をしたいと思う方もいると思います。男性の下につくのは不満足だと」
「女性は、男性の下で働くものでも、仕事で張り合うものではありません。男性を癒すこと、それが、女性の最大の役目だと私は思っています。賛否両論があるでしょうが、私は、男性を癒すことで男性の生産性を上げることが、女性の一番の仕事だと考えます。そして、」
と、初子は続けた。
「女性の肌のぬくもりが、男性の最大の癒しなんです。」
男性経験の少ない朱梨は、聞いていて少しはずかしかった。
「男と女は、肌が触れ合った関係の方が仕事でも上手く行く、ということは事実です。男女の関係になって初めてお互いがわかる。そこで、やっぱりだめだというときは、別の選択肢が女性側に設けてあります。」
「男性の方には?」
「この制度の選択権は全て女性側に設定しています。」
「なるほど・・・」
朱梨は、少し納得し始めた。
「男女関係のある男女は、お互い心が開かれますし、相手への思いやりも増します。男女の関係になるということは、お互いが同意した以上、18歳以上であれば、恋人でなくても夫婦でなくても認められるべきです。」
「正式な妻や夫がいる社員にもハズバンドワイフ制が取られているのでしょうか。」
「はい。合意していただいた社員にだけ採用しています。」
「それは不倫にはならない?」
「なりません。妻や夫への愛情はまた別のものです」
「余談ですが、一般的な不倫はどう思われますか?」
「不倫、ですか? 妻や夫へのうらぎりという点ではよくないことだと思います。ただ、個人的にはこの国では不倫を叩きすぎていると感じています。おそらく、そうしてむやみに叩いている人の心の中には、多少、うらやましいという気持ちが混ざっているんじゃないでしょうか。自分ができないことをしているという。うちの会社では、当然不倫という概念はありませんから、あまりよくはわかりませんが」
「男性にも女性にも相手を独占したいと言う欲求がありますよねえ。それから、嫉妬という感情もあります。その辺り、どのように対処なさっているのですか?」
「今回の山本純子さんは、実は、ハズバンドつまり上司との結婚を望んでいましたが、その上司は別の女性を選んでしまったんです。それで、こちらへの内部告発のようなことになってしまいました」
「そうだったんですね。ただ、今回のようなことがもっと重大なことに発展し、事件が起こる可能性はありませんか?」
「確かにおっしゃる通りです。そのあたりは、私も一番懸念しているところです。特に、私たち女性の独占欲は、理性では抑えられないものです。そのあたりの対処法を考えなければいけません。」
「この制度に批判的な声を多々ありますが、今の制度を存続させるおつもりですか?」
「はい。今回のことは、男女関係のもつれといったどこの会社にもあることが発端です。男と女の一方が相手から自分を選んでもらえなかったからの逆恨み、というだけです。うちの制度の問題ではない、と考えています。」
「わかりました。お話伺わせていただきありがとうございました。」
インタビューを終えて思った。
私には、この制度が正しいのか間違っているのか、あるいは、この制度の下で働くことができるのか、わからない。ただ、あの狭山初子という人の頭の中には何か強い信念があるんだろう。変わった女性だ。
七通目 エピローグ狭山初子 終わり
桃源女学園からの招待状 辰巳京介 @6675Tatsumi
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