桃源女学園からの招待状

辰巳京介

四通目、桃源女学園短期大学

主な登場人物



横手夏帆(24)

桃源物産第二秘書課。


真鍋佳菜子(20)

桃源女学園短期大学2年。短大からの外部生。桃源学園の変わった(・・・・)校則になじめない。


今野詩織(20)

桃源女学園短期大学2年。佳菜子と同じ外部生。


石神井ミホ(20)

桃源女学園短期大学2年。百合子の姉。小学校からの生粋の桃源っ子。


千葉ユミ(20)

桃源女学園短期大学2年。内部生。


1.


桃源女学園短期大学。

今日は、桃源物産第二秘書課の横手夏帆による就職説明会が行われる日である。会場となる講堂では、女子学生たちによって、その準備が進められていた。

就職活動の開始を控えた二年生たちにとっては、この説明会は気になるところであった。

なぜなら、夏帆によるこの就職説明会は一般就職とは別の、「特別就職枠」についてのものであったからだ。

「ねえ、うちの短大って、何か就職枠に特別なものがあるんでしょ?」

「みたいね、何かしら。すっごく就職率いいもん」

真鍋佳菜子、今野詩織、石神井ミホ、千葉ユミの4人が中庭を歩きながら話している。

「何かね、うちのグループの中のおっきな会社への枠があるんだって」

「へえ、すごいね。桃源物産ってハワイに社員寮あるんでしょ」

「そうなの?」

夏菜子と詩織たち短大からの外部生組は桃源のグループの知識に乏しく、生粋の桃源女子である石神井ミホと千葉ユミは、そんな二人の会話がおかしい。

「じゃあたし達これで」

「うん」

そう言い、美穂とユミは夏菜子、詩織たちと別れた。


「いよいよ就職活動かあ、さすがにちょっと緊張する」

ユミが言った。

「緊張?」

「だって、うちの就職活動って、だいぶ『ユニーク』だし」

そう言ってユミは、不安と期待の入り混じった表情を浮かべた。

「大丈夫よ、うちのグループの就職課の上司たちはみんな『やさしい』から」

「うん」

ユミがちょっと不安そうな表情を続けていると、

「お姉ちゃん!」

後ろから声がして、妹の百合子が高校のクラスメイトのナツナとやって来た。

「どうしたの?」

「え? 手伝い、説明会の」

「そっか、ありがと」

すると、正門にタクシーが止まり、中から若い女性が一人降りて来た。

「横手夏帆じゃない?」

「いよいよお出ましか」

2人が声をひそめる。


高価そうなスーツに身を包み、ドアから出てくると、夏帆は大股で闊歩し建物中へ入って行った。

「今の就職課の人でしょ?」

「夏帆さん。グループの企業の就職は実質あの人たちが決めてるんだって」

「すごい。なんかかっこいい。でも女の人が人事課ってめずらしくない?」

「うちのグループ理事長が女性だから」

「でもかっこよかったなあ、今の人」

「あたしたちも、あんなふうになれるわ」

「いけない、そろそろあたしたちも就職説明会の着替えしなくちゃ」

「じゃあね百合子、また後で」

百合子とナツナ、手を振る。

夏帆が就職説明会の会場に向かい、ミホとユミも準備を始めた。


2.


就職説明会の会場となっている講堂には、すでに多くの女子学生たちが集まっている。

ほどなくして、短大の就職課の女性職員が演壇に上がり夏帆を紹介した。

「桃源グループ就職課の横手夏帆さんです、拍手でお迎えください」

女子学生の拍手の中、夏帆が演壇に立った。


キーン。女子学生のマイクセッティングに、お約束のようなハウリングの音が響いた。

「初めまして。早速ですが、みなさんは、どのような企業に就職したいと思ってますか? 企業として安定していてつぶれる心配がなく、定期的な休暇があり、職場での人間関係のストレスに悩まされることない。ただで使える保養施設に充実していて、お給料のいい、そんな会社でしょうか。みなさんはそんな会社で働けて、そこで素敵な恋人と出会い幸せな結婚生活を送りたいですか? 今日は、そんなお話をするために桃源物産から来ました。就職課の横手夏帆です、どうぞよろしく」

今日の夏帆の肩書は就職課だ。

夏帆がマイクを握ったまま会場を見渡すと、盛大な拍手が起こった。


百合子とナツナは学園祭の準備が進む、短大の敷地を歩いていた。

「さっきの人って就職課の人?」

「普段は第二秘書課ってとこに所属してるの」

「第二? ってことは第一もある?」

「第一っていうか普通の秘書課ね、第二秘書課は、まあ、いろんな(・・・・)仕事してるみたい・・・」

ミホの両親は桃源物産勤務で、ミホは父母から色々聞かされて知っていた。


「企業に入るということは、その企業の理念を遂行するということです。その理念とは、国で言えば法律と一緒です。守らなければいけません。異議は唱えられないのです。服従です。そして、その理念は、多くの企業では、男性によって作られているというのがまあ、現状です。女性はその理念、つまり法律に服従しなければならないのです。もし、そうしたくなかったら、みなさんならどうしますか? 我慢しますか? 退職しますか?」

「女性が、その理念とやらを作る地位まで登っていけばいいと思います」

一人の女子学生が勇ましく言う。

「その通りです。でも、考えてみてください。日本は男性社会です。現実には、女性のトップはとかく叩かれ、足を引っ張られ、まとめるのがとても難しいんです」

確かにその通りだと、今質問した女子学生はうなづく。


「男の上に立とうと必死に勉強し、就職して必死に働く女性がいる。でも、そういう女性は多くの男性から白い目で見られる。うわべ尊敬されている風に見えてもそうですよ、本音は。それだけではありません、本来、応援してくれるべき同僚や先輩、後輩の女性社員たちからも、どことなく煙たがれる。今のこの国の中で、表立って、女性が男性の上に立つというポジショニングは、収まりが悪いというのが現実なんです」


「ご承知の通りうちのトップである理事長は女性ですが、傘下の企業の社長たちはみな男性ですね。女性理事長なら、みな女性社長を置くこともできるのに、なぜ、うちのグループの企業の社長はみな男性なのでしょう。実はうちのグループの会社では、女性が男性を動かしているんです。しかも、部下の女子社員が、です。」

会場の女子学生の間に軽いざわつきが起こった。


「能力のある人が、男女や年齢の区別なく重要な地位に就く、というのが理想です。そして、あくまでも理想を追求すべきだと言う人もいますね。でも、そういった理想の追求には、実はたくさんの時間とお金がかかるんです。だから、うちの理事長は別の方法を考えました。私たち女性の言うことを聞いてくれる男性を、しかるべき地位に就けるという方法です。」


聞いている女子学生たちの多くは、話がどの方向へ進むのか未だわからないまま、ただ好奇心だけが刺激され聞いていたが、そろそろ本題の就職の話に入れと思っている女子学生も現れ始めていた。


「男性は、一般的にどんな女性の言うことなら聞くと思いますか? 奥さんでしょうか、それとも恋人? 愛人でしょうか」

「すみません」

退屈しかけていた女子学生の一人が、不機嫌そうに手を挙げた。

「どうぞ」

夏帆が笑顔で手のひらを指した。

「先走って申し訳ないんですが、その話の流れは、つまり、就職したら上司といい関係になって、言うことを聞かせましょうみたいな話ですか?」

女子学生は、ズバズバと質問した。

「直接の答えにはなっていないかもしれませんが、理事長は、夫や恋人がいるのに寂しさのためだけに簡単に寝てしまう女性や、お金のために誰とでも寝てしまう女性を否定しています」

今手を挙げた女子学生は不満そうな顔をした。


「結論を言いますね。桃源部ループの就職は、家へ嫁ぐことと考えてください。つまり、企業は家、上司は夫、先輩の女性社員は姑、女子社員が上司をコントロールして企業という家を盛り立てていきます」

「はあ? 何それ」

さっきの女子学生が馬鹿にした薄笑いを浮かべながら席を立つと、数人の女子学生も席を立ち始めた。

「この図をごらんください」

夏帆は、PCからスクリーンに図を映し出した。(章末の図を参照)


「これは桃源物産のある課の人員構成です。□は男性を○は女性を、大きさは入社年度などを含む社内での順列を表していると思ってください。これを説明した後、具体的な就職活動について説明したいと思います。」

席を立ち後ろのドアの方へ移動していた女子学生たちのうち数人が、スクリーンに映し出された図に興味を示し、ドアの近くの隅の席に再び腰かけた。


ご存知の方もいるとは思いますが、桃源部ループでは『ハズバンド・ワイフ制』を取っています」

物産に努める両親を持つ石神井ミホが小さくうなづく。

「先ほども申しましたように、上司と女性社員の関係は、家でいう夫と妻の関係です。」

女子学生たちが少しざわつき、さっき退席しかけた女子学生もドアにもたれ腕組みをしたまま「ふん」と鼻で笑った。

「まずこの図ですが」

と、夏帆は、PCからスクリーンに映し出されている図をポインタで指し、

「□Aがこの課の課長、□B、Cは主任です。そして□Aには○aと〇b、□Bには○c,□Dには○dのワイフがいます。○a、b、c、dの女性社員たちは入社時にそれぞれの男性社員をハズバンドとして選びました。男性にはワイフを選ぶことは認められていません。□C、D、Eにワイフはいません。つまり」

と、夏帆はまたポインタを動かして、

「この□Bと□Cは同期ですがBの方が仕事ができるということです。そして」

と、夏帆はまたポインタを動かし、A、B、Dをぐるっと囲んで、

「こちらが出世組、こちらは」

□C、D、Fを囲み、

「仕事ができなく、モテない男性社員というわけです」

会場に小さく笑い声が起き、退席しかけてドアに持たれていた女子学生が椅子を引き腰かけた。

『女性は、男性の才能に惚れるものですわ』と、モーツアルトの妻クサンチッペはあの映画の中で言っていました。桃源グループでは女性のその「男性を見極める本能」を社内の査定に取り入れています。


「あのー」

一人の女子学生が中ほどの席から手を挙げ、

「どうぞ」

と夏帆が促した。

「あの、たとえば、その□Bさんと○cさん、□Dさんと○dさんの関係は、つまり社内だけの関係ですか?」

「恋人どうしなのか、ということですね」

女子学生はうなずいた。

「この課の場合ですと、□Dと○dは、私生活でも恋人関係としてつきあっています。というよりこの人事以降、つまり社内でハズバンドとワイフのいわゆる男女の関係になってから私生活でも付き合いだしました。○cには学生時代からの恋人がいましたし、□Bには退職しておりますが元ワイフだった女性が奥さんとしていらっしゃいますので、社内だけのハスバンドワイフの関係ということになります」

質問した女子学生がまたうなずいた。

「ちなみにですが、このA課長、今社内に○aと〇bのワイフがいますが、以前は○dもワイフでした。○aが入社してきたとき○dと折り合いがつかず、○dはシングルに、○dのようにハズバンドやワイフを持たない社員をシングルと言いますが、シングルに戻りました。シングルになった女性社員は、他の部署への移動が認められています。○dは来月三課への移動とハズバンドが決まっています。○aですが、彼女自身は□Aと結婚を望んでいるようですが、社内で○aと○bの相手をしている□Aとしては、私生活ぐらいは一人でいたいと言うところでしょうか」

会場の女子学生から苦笑が漏れた。


「ここまでで何か、質問のある方いますか?」

「あのお・・・」

「どうぞ」

「あの、そもそもなんですけど、これ、どう考えてもおかしくないですか?」

「どのような点ですか?」

「社内で、ハズバンドワイフって、要するに夫婦でも恋人でもないのに、肉体関係があるってことですよね、しかもそれが、普通になってる会社って」

「夫婦でも恋人でもない人と肉体関係を持つことってないですか?」

「そ、そりゃ、あるかもしれないけど、そういうことは、人に言うことじゃないし、とにかく、会社が認めてるって、おかしいでしょ、ふつうに」

その女子学生は顔を赤らめて周りを見回し、同意を求めるようなしぐさをした。

「会社が、企業として、一番重要視していることって何でしょう」

「そりゃやっぱり、利益ですか? 営業的な、儲かることを一番に考えていると思いますけど?」

「そうです。このシステムにしてから、うちのグループの企業は業績があがりました」

女子学生たちはおおというように顔を見合わせた。

「なぜ、このハズバンド・ワイフ制で社内の業績が上がったか、わかりますか?」

女子学生は咄嗟に答えられなかった。

「男性社員は、ワイフに監視されて、仕事をさぼれないからです」

会場が爆笑した。


夏帆は続けた。

「民主主義の歴史を大まかに言えば、フランスはフランス革命以来224年、アメリカは建国以来ですから237年、イギリスは議会制民主主義の発祥国として約700年の歴史があります。日本は、戦後今年で75年目ですか、それ以前の1945年間は、ほぼずーっと封建社会だったわけです。急に欧米型の民主主義をやれと言っても無理があるんですね。その無理が企業内で、どうしても、人間関係の歪になる。封建時代のDNAが抜け切れてないからです。『ハズバンド・ワイフ制』は民主主義と封建主義の中間と言ったいわば、『日本型民主主義』の構築例とも言えると思います。」


「あの」

一呼吸おいて、一人の女子学生が手を挙げた。

「男性社員は、ワイフを持たなくてもいいんですか?」

「女子社員がその男性社員のワイフを希望したら、男性社員に拒否することは認められていません。ついでに言うと、ハズバンドはワイフからの肉体関係を拒むと査定からマイナスされます」

「ワイフは?」

「ハズバンドはワイフに肉体関係を強要することは認められていませんよ。そんなことがあれば、査定どころか解雇の対象になってしまいます」

ああと、女子学生たちはため息を漏らした。

男性社員たちへの軽い同情だろうか。

「新入女子社員は好みの男性を上司にして、ストレスのない職場環境で、希望があればその人と恋人同士のような時間を過ごせるんです」

夏帆は、そうまとめた。


「あたし・・・」

「はい、何でしょう」

「私には、やっぱり、ちょっと無理かな」

その女子学生、大泉富士子は、小柄で、小さな声しか出せなかったが、はっきりとした口調だった。

「その、両想いになれた○cさんでしたっけ? みたいになれればいいですけど、○dみたくドロドロはなりたくないし、かといって、○cさんみたく割り切れるかって言われたら、やっぱり、ちょっと・・・」

「結構ですよ、ご自分の意見を持つことは大切です。一般就職でがんばってください」

発言した女子学生はぺこりと頭を下げ、猫背で小走りに会場を後にした。

「他に、退席されたい方はいらっしゃいませんか?」

さっき退席しかけてドアの近くの席に座っていた女子学生たちは下を向いた。

「では、具体的な面接の受け方、就職活動、これは学園祭でのこととなりますが、そういったことについてお話したいと思います。そちらの方」

と、夏帆はドアの一番近くの女子学生に、

「すみませんが、ドアを、閉めていただけますか、ありがとう」

退席した小柄な女子学生が開け放していったドアが閉められた。



夏帆の説明が終わり、女子学生たちが疲れた表情を浮かべながら会場から通路に出てくると、その中に、ミホとユミの姿もあった。

「今の説明でわかった?」

「まあ、だいたい。ほらうちってパパ桃源物産だし、ママも元ワイフだし? で家庭の中でもワイフw」

ユミが白けた目でミホを見ると、

「だ、だから、つまり、家同士のお見合いに当たるのが学園祭で行われる面接、そこで男性写真の写真を見てハズバンド候補が見つかったら内定と」

「そうじゃなくて入社式が結婚式。入社した女子新入社員、さっきの図だと○e、f、gは研修期間として各部署を研修を受けて、その間にハズバンドを決める、□Bさんがいい! みたいな」

「で、そこの部署への配属希望を出すと、その希望はほぼ100%通り、□A課長は□Bに、『今度の新人の女子Eがお前を上司にしたいそうだ、しっかり面倒見てやれ』みたいな?」

「そのあと、○eは□Bからデートの誘いがあり・・・」

「きゃー」

二人は盛り上がったが、すぐにミホが沈んだ。

「でもねえ、○eさんが選んだ□Bって○Cっていうワイフがいるんだよね」

「○cの存在が○eには知らされないっていうのが、辛いとこだわね」

「うん」

「○eは□Bと一生懸命仕事をして、□Bの妻の座を勝ち取るか、だめだったら社内だけのワイフと割り切って別の人見つけるかだけど」

「あたしは平気」

と、ミホが強気に言う。

「絶対□Bをものにする、○cには負けない」

「ミホなら大丈夫かも、強いしかわいいし」

「仕事ができて、イケメンで、なんて男性に、彼女がいないわけないじゃない。どこの会社だって、みんなこうして女が男を取り合ってるのよ。うちの会社はそれを制度化しただけだわ」

突っ込みを期待したユミは、ミホの以外にも真面目な答えに少し驚いた。


帰りがけ、石神井ミホはさっきの説明会の中で夏帆に鋭く質問したり、最後に席を立って出て行った女子学生たちのことを思い出した。

「でもさ」

「ん?」

「あたしたちって、やっぱ少し変わってるのかな」

「ん? 何が?」

「よくわかんないけど、ああいう説明聞いて、そんな話おかしいって思う人もいるわけじゃない?」

「二、三人しかいなかったけどね」

「やっぱ、高校時代があれだったからかなあ」

「ええ? ああ。確かにあの女子高はちょっと変だった」

そこへ、百合子とナツナやって来た。

「お姉ちゃん、あたし達これで帰るね」

「ありがとう、助かった」

「説明会あったんでしょ? どうだった?」

「うん、色々ね。うちで話すね」

「じゃ」

百合子が手を振ると、ナツナもぺこりとおじぎをして立ち去った。

「あの子たちも、高校生の学園祭かあ」

「18の学園祭なんて、なつかしい」

「積極的に男の人と付き合いなさいって言う女子高ってすごいよね」

「そういえば、百合ちゃん今年?」

「うん。彼氏にしたい人見つかって、こないだ招待状渡したんだってw」

「きゃあ、いよいよデビューか」

「男と女の荒波へ」

「キスとHの嵐」

「やめてよw」

二人は自分たちの「桃源祭」を思い出し、少し胸が熱くなった。




              4通目 桃源女学園短期大学 終わり


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桃源女学園からの招待状 辰巳京介 @6675Tatsumi

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